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バカ・ダイアリー・エッセイ  作者: ことのはじめ


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中庸というかちょうどいいというか

 何事もほどほどが一番である。過ぎたるは及ばざるがごとしとか中庸とかそういうやつである。割と偏っていることに気付かないことが多い。



 中庸はバランスを取ることになるから、偏っていた方が楽なのは自明である。人間はそもそも楽な方へ傾く生き物である。楽か気持ちいいに左右されるのである。



 真ん中にいるとはなかなかどうして難しい。どちらかの味方をした方が有利にことを運べたり敵対した方が気持ちよく攻撃できたりと偏ることの利益は様々である。



 どちらにもつかない、どちらの考えも支持しない。端から見ると優柔不断である。それで片付けるのも少し乱暴な気もする。



 どちらの考えにも理解を示すがどちらにもつかないというのも真ん中な気がする。こういう真ん中の態度をとるのは自分が当事者ではないことについてなら簡単だろう。無関係だからだ。



 その割にどちらかに肩入れして片方を殴りつけるのだから困ったものである。もしかしたら殴りたい衝動を内に秘めているのかもしれない。シャドーボクシングして発散した方が運動できていいのではないか。



 真ん中に立つとか真ん中の立場を取ることを覚えると色んなことがちょうどいい距離になって楽になる。こういう意味の楽のために真ん中にいるのは悪くない気持ちである。ちょうどいいを求めると健康になれそうだ。



 ちょうどいいが一番楽に過ごせそうである。思想が偏り過ぎると苦しくなる。適度に力を抜いていくのがちょうどいいというやつだろう。



 節約も過度になれば吝嗇になる。適当なところで緩めておくのがいいだろう。消費と浪費も適度に締めておくというやつである。



 そもそも中庸の考え方は古代ギリシア哲学とかそこら辺の話なのだが、昔の人はいろいろと考えているものである。暇だったのかもしれない。少なくとも今より思考に割ける時間は多かったはずである。



 たくさん考えたり議論したからこういったちょうどいいを見つけたのだろう。やり過ぎはよくないし、やらなさすぎもよくない。中庸は個人的にはちょうどいいと言いたいものである。



 個人によってちょうどいいの基準は違う。服のサイズと体型みたいなものである。背の高い人と背の低い人は基本的に服のサイズが違う。ちょうどいいは個人個人に酔って基準があるのだ。



 自分のちょうどいいを測ってみるのもいいかもしれない。ちょうどいいものは気持ちがいい。靴のサイズがピッタリだったときとか。



 精神的にも肉体的にもちょうどいいを見つけると過ごしやすくなる。快適さなら皆経験したことがあるはずだ。自分にとってちょうどいいは快適に生活する鍵である。

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