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バカ・ダイアリー・エッセイ  作者: ことのはじめ


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百万円と夢

 百万円あったら何ができるか。もうちょっと額を増やしてほしい。人の欲とは尽きないものである。



 学生の頃なら百万円が大金だった。なんだかすごいお金である。なんでもできそうな金額だ。



 しかし大人になってみると案外大したことのない金額だ。貯金とか年収とかそういったものが簡単に百万円を超えてしまう。なんだか切ない気持ちにもなる。



 百万円に夢を持てる人間でありたい。現実を見るより夢で百万円を使った方が楽しい経験ができそうである。百万円も文房具が買えたらとても素敵だ。



 百万円は買うためのお金だろうか。家の金庫に百万円が入っていたら「でも家に帰ったら百万円あるしな……」と心強くなることがあるかもしれない。生ハムの原木と同じである。



 百万円の札束をテレビで見たことがある。小中学校のころの社会見学で銀行に行ったときも札束を見たことがある。実感としてはあまり大したことはなかった。



 百万円の札束より財布に入っている一万円札の方が心強い気がする。ちょっと背伸びをしていいものが買えるとかおいしいものが食べられる方が想像できる幸せの身近さが違う。身近な幸せは百万円で買えるだろうか。



 帰り道にリッチなアイスを買うだとか、欲しかった文具や手帳を一つ買うだとか。そんな百万円などなくてもできる贅沢の方が百万円をもらうより幸せになれそうだ。でも百万円はほしい。



 お金は使う量が多ければいいというものではない。節約すればいいというものでもない。せっかくならハッピーのために使いたいものである。



 日常の些細な幸せとお金を交換できるのなら、百万円もあるととても幸せになれそうだ。そういう意味では百万円はすごいお金かもしれない。すり減るためにお金を使うより積み上げるためにお金を使いたいものである。



 百万円に夢を馳せるのも健康にいい。希望を持って過ごした方が気分も明るくなる。だが百万円が手に入ると思ってはいけない。



 前向きなもしもは心を明るくする。手に入らないからこそ頑張れる。だが手に入らないことを恨んではいけない。



 手に入るわけないのだいきなり百万円なんて。百万円を手にしなくても百万円に夢を見ることで満たされるものがあるのだ。足るを知るともよくいうだろう。



 足るを知っているならばそこからはみ出た部分をまた違う形で料理もできるだろう。何事も適当な分量が最適なのだ。百万円分欲を持つより余剰として百万円の夢を持った方が気楽である。



 人の欲は尽きないものだ。百万円でも一千万円でも欲しくなるものである。夢を見ながら指を舐めて耐える生活である。

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