第4章:茶会は戦場、王子は獲物。
王宮の庭園で開かれる午後の茶会は、いつだって貴族たちの社交の場であり、腹の探り合いの場だ。そして私にとっては、最高のネタの宝庫であり、観客たちの反応を探る実験場である。私は、いつもの悪役令嬢然とした高飛車な笑みを浮かべ、参加者たちを見渡した。フフフ、今日も「美味しい」獲物がたくさんいるようだ。
今日の「獲物」の筆頭は、もちろんアルフォンス王子だ。彼は、招待客の中心で優雅に紅茶を傾けている。その完璧な横顔を見るたび、私の芸人魂が疼く。あの隙のない完璧さを、いかにして崩し、笑いへと変えるか。それが今日の私の「お題」である。
私は、計算し尽くされたタイミングでアルフォンス王子に近づいた。その完璧な歩みも、私にとっては「舞台への登場」である。
「あら、王子。このような場所で、お一人でいらっしゃるとは。もしや、どなたかとの密会でも?」
私は、悪役令嬢定番の「いちゃもん」をつけた。もちろん、そんな事実はないと分かっている。だが、ここからが私の腕の見せ所だ。
アルフォンス王子は、私の登場に微かに肩を揺らしたが、すぐにいつもの涼やかな表情に戻った。彼の金色の髪が、午後の日差しを受けてキラキラと輝いている。眩しい。いや、眩しすぎて、もう少し「陰」の要素が欲しいところだ。
「リリアーナ嬢。そのような下世話な詮索は、感心できませんな」
王子は、穏やかな口調ながらも、明確な拒絶の意を示した。そう、この「真面目さ」こそが、彼の最高の「ネタ振り」なのだ。
「まあ、そうおっしゃらずに。わたくし、王子の左目の下のホクロが、先ほどからずっと気になっておりまして……」
私は、昨日の「研究」の成果を早速、ここで活かす。彼のチャームポイントであり、動揺すると触る癖があるホクロ。それを敢えて口に出すことで、彼の冷静さを揺さぶるのだ。
アルフォンス王子は、ハッとホクロに触れた。やはり、昨日と同じ反応だ。彼の青い瞳が、僅かに戸惑いに揺れる。よし、良いぞ、王子! その小さな「バグ」が、笑いの扉を開くのだ!
「な、何を馬鹿なことを。そのような些細なことに、貴女が言及するとは……」
王子は、明らかに動揺していた。彼の頬が、うっすらと赤みを帯びている。普段、決して見せないその変化に、周囲の貴婦人たちがざわめき始めた。
「まあ、奥様方、ご覧くださいませ! 王子様が、わたくしの言葉に、まるで『初恋の乙女』のようにお顔を真っ赤にされていらっしゃいますわ!」
私は、さらに畳み掛ける。オーバーなジェスチャーで、周囲の貴婦人たちに呼びかけた。彼女たちの視線が、一斉にアルフォンス王子に集中する。
「なっ……! リリアーナ嬢! そのような戯言を……!」
アルフォンス王子は、完全にパニック状態だ。彼の完璧な表情が、みるみるうちに「困惑」に染まっていく。普段、決して見せないその姿に、周囲の貴婦人たちから「あらあら」「まあまあ」といった楽しげな声が漏れ始めた。
その時だった。
「リリアーナ様、ごきげんよう!」
可愛らしい声が、私の耳に飛び込んできた。振り返れば、そこに立っていたのは、桃色のフリルをふんだんに使ったドレスを身につけた、可憐な少女だった。彼女の蜂蜜色の髪は大きなリボンで飾られ、エメラルドグリーンの瞳は、私を不安そうに見上げている。
ああ、来たわね。この物語の「真のヒロイン」、アメリア・ローズウッド子爵令嬢。
アメリアは、乙女ゲームのシナリオ通り、王子の窮地を救うべく現れたのだろう。彼女は王子の婚約者である私から、王子を奪い取る、いわば「恋のライバル」だ。だが、私にとっては、彼女もまた、私の「お笑い」の舞台に上がる、新たな「共演者」に過ぎない。
「アメリア様……!」
アルフォンス王子が、救いを求めるようにアメリアに視線を向けた。その表情は、私に向けた時とは打って変わって、どこか安心したように見えた。チッ、つまらない「ベタ」な展開だ。
私は、扇子を閉じ、ニヤリと笑った。アメリアの登場で、この茶会はさらに面白くなる。私は、新たな「お笑いネタ」の予感に、胸が高鳴っていた。
「あら、アメリア嬢。あなたもいらしていたのね。ちょうど良いわ。今、わたくしは王子に、『人間らしさ』を引き出すべく、熱心に『研究』しているところなのだけれど……あなたも、ご自身の『完璧さ』を、いかに『崩す』か、試してみないかしら?」
私は、扇子を広げ、優雅に笑った。アメリアの顔が、戸惑いに染まっていくのが分かった。フフフ、さあ、私の舞台にようこそ、アメリア嬢。