第2章:王子は私の最高の「ネタ振り」
アルフォンス王子は、私の突拍子もない提案に、微動だにせず立ち尽くしていた。彼の青い瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように、私をじっと見つめている。彼の脳裏では今、私の言葉が「悪役令嬢による奇妙な挑発」として認識されているのだろう。
「研究……ですか?」
王子は、一つ一つの単語を、まるで精密機械が部品を組み立てるかのように、慎重に紡ぎ出した。その完璧すぎる反応に、私の芸人魂がむず痒くなる。よし、完璧な「フリ」だ。
「ええ、研究ですわ! 人を心から笑わせる、その『術』を究める。それが私の大義。王子もご存知でしょう、この国は魔王討伐後、どこか閉塞感に満ちています。人々に『笑顔』を届けることは、王族の責務でもあるはずですわ」
私は、ここぞとばかりに「高尚な目的」をぶち上げた。まさか、その「術」が漫才や大喜利とは、微塵も思わないだろう。
アルフォンスは、私の言葉を聞きながら、顎に手を当てた。その仕草すら絵になるのだから、流石は乙女ゲームの攻略対象である。だが、彼の表情は、相変わらず冷静沈着。私の「ボケ」が、彼には全く届いていない証拠だ。
「確かに、民の笑顔は、王族にとって最も重要な責務の一つ。しかし、リリアーナ嬢の『研究』が、いかにしてそれに貢献するのか、私にはまだ測りかねます」
ふむ、ここでの彼のツッコミは、「論理的疑問」か。なるほど、面白い。セバスチャンとはまた違った種類の「壁」がある。だが、その壁を乗り越えた時、どんな笑いが生まれるか、想像するだけでワクワクする。
「それは、これからのお楽しみですわ。王子。まずは、ご自身の『完璧さ』を、いかに『崩す』か。それが第一歩となりますわね」
私がにこやかにそう言うと、アルフォンスの眉間に、僅かなシワが寄った。彼にとって「完璧さ」は、生まれついての宿命であり、誇りなのだろう。それを「崩す」という私の言葉は、彼にとって理解不能な領域なのだ。
「崩す、とは……私に、わざと失敗せよと?」
アルフォンスは、困惑したように問い返した。まるで、これまで一度も失敗したことがない機械が、初めてバグを経験したかのような純粋な戸惑いだった。
「フフフ……誤解なさらないでくださいませ、王子。失敗など、とんでもない。ただ、より『人間らしい』魅力、とでも申しましょうか。それをお引き出ししたいだけですの」
私は、まるで彼を誘惑するかのように、優雅に身を寄せた。アルフォンスの顔が、ほんの少し、赤く染まったような気がした。よし、良い反応だ。この隙に、もう一つ「ネタ」を仕込む。
「例えば、今のように。王子は、困惑すると、ご自身の左目の下のホクロを、無意識に触る癖がおありですわね?」
私は彼の顔に指を向けた。そこには、確かに小さなホクロがある。それは彼の完璧な顔立ちの中で、唯一、人間味を感じさせるチャームポイントだった。
アルフォンスは、ハッと自分の左目の下を触った。そして、驚いたように私を見た。彼の瞳が、動揺で大きく見開かれている。その完璧な表情が崩れる瞬間を、私は見逃さなかった。これよ、これ!このギャップこそが、笑いの神髄!
「な、なぜ、それを……」
アルフォンスは、たじろいだように一歩後ずさった。私は満面の笑みで、彼に近づく。
「フフフ……それが、私の『研究』の成果ですわ。人は、無意識の行動や癖にこそ、その本質が隠されているものですの。王子も、ご自身の『本質』を、私と共に『掘り下げて』みませんか?」
「ほ、掘り下げる、ですか……」
アルフォンスは、完全に私のペースに巻き込まれていた。彼は、まるで自分の秘密を暴かれたかのように、居心地悪そうに視線を泳がせた。その様子が、何とも言えず可愛らしくて、私の胸は高鳴った。これはもう、最高の相方になれる予感しかしない!
「ええ、もちろんですわ! さあ、王子。次の『課題』ですわよ」
私は、彼に背を向け、扇子をくるりと回した。私の頭の中では、既に今日の「練習メニュー」が組み立てられていた。明日は、きっと彼に「ツッコミ」を覚えさせよう。そして、いつか二人で、この世界の舞台に立って、大爆笑を巻き起こすのだ!
「リリアーナ嬢! 私の『課題』とは、一体……」
背後から焦ったような王子の声が聞こえる。フフフ、王子。あなたはまだ知らない。私がこれから、あなたをどれだけ「美味しい」素材に調理するつもりか、ということを。
私の悪役令嬢ライフは、まだまだ始まったばかりだ。そして、その終着点は、破滅ではなく、きっと笑いの渦に包まれる未来なのだから。