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第1章:悪役令嬢、大喜利を始める。

挿絵(By みてみん)



「くっくっく……やはり、この顔よな」


鏡に映る自分を見て、私は満足げに頷いた。深紅の瞳がギラリと光り、唇は不敵な笑みを浮かべている。腰まで伸びる漆黒の髪は、まるで夜の闇を閉じ込めたかのように艶やかで、見る者に畏怖を与えるだろう。そう、これが世に名高い「稀代の悪役令嬢」、伯爵令嬢リリアーナ・フォン・アインスワース、その人である。


しかし、鏡の向こうで悪役令嬢スマイルをキメている私の内面は、まるで違っていた。何しろ、その実態は――前世で底辺お笑い芸人を目指していた、ごく普通の(いや、ちょっとひねくれた)日本人、田中美咲、享年29歳なのだから。


過労死寸前のブラック企業から転生した先が、まさかの乙女ゲーム世界。しかも、よりにもよって破滅ルートまっしぐらの悪役令嬢とは、神様も大概、悪趣味なボケをかましてくれる。普通なら絶望の淵に突き落とされる状況だろう。だが、私の頭に浮かんだのは、ただ一つ。


「……これ、ネタになるんじゃね?」


そう、私の人生は、お笑いだった。


「お嬢様、本日のご予定は?」


背後から、沈着冷静な声がした。振り返れば、私の専属執事、セバスチャンが、まるで絵画から抜け出たかのような完璧な立ち姿で控えている。彼の銀色の髪は整然と流され、切れ長の瞳は常に私の行動を静かに見つめている。まさに執事の中の執事、といった風情だ。


「セバスチャン、来たか。ちょうど良い。今から私と、大喜利の特訓をするぞ」私は、高らかに宣言した。


セバスチャンは、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、眉をピクリとさせた。まるで、微細な地震計がわずかな揺れを捉えたかのような、プロフェッショナルな反応だった。その後の表情は、いつもの無表情に戻る。


「……かしこまりました。お題は、いかがいたしましょうか」


彼の口調は常に丁寧で、感情の起伏は一切ない。それがまた、私の放つ「ボケ」に対する「無のツッコミ」として、抜群の威力を発揮するのだ。最高かよ、セバスチャン。


「フフフ……では、お題だ」


私は、愛用の象牙の扇子を広げ、優雅に口元を隠した。この扇子、高飛車な悪役令嬢の小物として常に携帯しているのだが、実は私の心の中では、ツッコミの小道具として虎視眈々と出番を待っているのである。


「『悪役令嬢が、まさかの転生者でした』。どんな悪役令嬢?」


私は、渾身のお題をセバスチャンに投げかけた。彼の真っ白な顔に、どんな色が乗るか、楽しみで仕方ない。


セバスチャンは、まるで哲学者のように深く考え込んだ。彼の脳内で、私の無茶な要求と、執事としての矜持が激しくぶつかり合っているのが、私には手に取るように分かる。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。


「……毎晩、深夜にこっそり屋敷を抜け出し、路上で謎の『独り言』を叫んでいる令嬢、でしょうか」


「……セバスチャン、それ、私のことじゃねえか!!」


私は思わず素に戻り、扇子で彼の頭をペシッと叩いた。これは私の秘儀、ツッコミの扇子チョップである。


「っ……」


セバスチャンは、僅かに身体を揺らしたが、すぐに姿勢を正した。彼の表情は変わらない。だが、私は知っている。今、彼の心の中では、「主よ、何故この不憫な執事にこれほどの試練を…」と、静かな嘆きが響いていることを。その様子が、また面白い。


この屋敷の日常は、常にこんな調子だ。


私はリリアーナ・フォン・アインスワース。

誰もが恐れる悪役令嬢。

だが、その実態は、異世界で「お笑い」の頂点を目指す、しがない元お笑い芸人志望である。

そして、私の相方は……。


「セバスチャン、次のお題だ。『完璧すぎる王子が、実は〇〇でした』。〇〇に何が入る?」


「……王子」


王子の名前を呼ぶ声に、私は振り返った。そこに立っていたのは、太陽のような金色の髪と、深い青い瞳を持つ、この世界の主人公、アルフォンス・ディ・バルバドール第一王子だった。彼は完璧な容姿の持ち主で、常に寸分の狂いもない姿勢を保っている。彼がそこにいるだけで、周囲の空気が清澄になるようだ。


「リリアーナ、このような場所で、いったい何を遊んでいるのだ?」


彼の声は澄んでいて、涼やかだ。まさに「完璧な王子様」のそれ。だが、私にとっては、彼の真面目すぎる反応こそが、最高の「ボケ」なのである。彼の額に、ほんのわずかだけ、困惑のシワが寄っているのが見えた。くっくっく、狙い通りだ。


私は再び悪役令嬢の顔に戻り、ふわりと微笑んだ。彼の完璧すぎる反応を、私はこれからどれだけ「ネタ」にできるだろうか。楽しみで仕方ない。


「あら、王子。まさか私に、こんな場所で『王子様、お久しぶりですわ!』などと、ありきたりな挨拶を期待していらしたのですか?」


私は扇子を翻し、彼に向かって一礼した。

「私は今、世界の誰もが笑い転げるような、新しい『芸』を模索しているところなのです。王子も、お暇でしたら、ぜひ私の『研究』に協力していただきたいのですが?」


アルフォンスの青い瞳が、僅かに揺れた。彼の完璧な表情に、小さなヒビが入る。私はその瞬間を見逃さなかった。よし、これでフリは完璧だ。


王子と私の、奇妙な関係性が、今、始まった。

それは、お笑い芸人としては最高に「美味しい」状況だったが、恋愛としては、きっと、とてつもなく「難しい」道になるだろう。

なぜなら、私にとって彼は、ただの「最高のネタ振り役」なのだから。

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