第3話:共闘の森
翌朝、森の空気が騒がしかった。集落の外れにある見張り塔から、異変を知らせる笛の音が響き渡る。
「魔獣、北の境界線を越えたとの報告です。三体──いずれも斥候ではありません」
集会所に響いた声に、エルフたちの表情が硬くなる。
通常、魔獣はエルフの結界域には踏み込まない。しかし、事実として魔獣はこちらに迫っている。フェリシアはすぐに判断を下した。
「私とユウマさんで迎撃に向かいます。速やかに結界を再調整し、村を防衛態勢に」
その言葉に、一部から疑問の声も上がった。「人間を連れていくのか?」しかしフェリシアは一歩も退かず、淡々と答える。
「そもそも、魔獣が結界域内にいるのは、ユウマさんが言う通り、強すぎる“期待”のせいかもしれないのです。それ以外の可能性があるのなら、ぜひ、お聞かせください。私は、彼を信じます」
ユウマはその横顔を見つめ、静かに頷いた。
森の北境、薄霧の立ち込める丘陵地帯。そこに待ち構えていたのは、三体の“鉤角獣”──鋭利な骨角と黒い甲殻を持つ魔獣だった。
「私が一体を引きつけます。残りの二体を・・・頼めますか?」
フェリシアの瞳がユウマを射抜く。その声は静かで優雅、だが明確に“仲間”としての信頼がこもっていた。まだ、二人は、出会って間もないにも関わらず。
ユウマはうなずくと、目を閉じる。近くにいた村の警備兵が持っていた“理想”に共鳴し「継想の瞳」を発動させた。
槍術に秀で、多くの部下を従える騎士団長の姿が、自分に重なっていく。
「いざ!」
ユウマの突撃と同時に、フェリシアの矢が放たれる。「選響の耳」により魔獣のわずかな呼吸の音を読み取り、急所を正確に射抜く。
呼吸、視線、動作、意図。
それぞれを互いに信じ、補い合う戦い。息を合わせた共闘の末、三体の魔獣は倒れ、森に再び静寂が戻った。
「助かりました、ユウマさん。やはり、あなたは信頼できる方です」
「そっちこそ、見事な射撃だったよ。正直、ちょっと驚いた」
フェリシアは、わずかに頬を染めて視線を逸らした。
「当然のことをしたまでです」
そう言いながらも、その口元にはごく小さな笑みが浮かんでいた。
この一戦が、ふたりの間に確かな信頼の礎を築いたことを──互いに、まだ言葉にはしないまでも、しっかりと感じていた。
●継想の瞳(セリュアン=リシェル)
ユウマ=ノクトールの持つ特殊能力。他者が過去に誰かから向けられた“期待”の記憶を視覚的に読み取り、その理想像に一時的に変質する。身体能力や技術、思考傾向までもが理想像に近づくが、使いすぎれば自己同一性が揺らぐ危険性もある。強い共鳴を得るには、対象との精神的距離や記憶の鮮明さが影響する。
●選響の耳(セレナ=エルヴェ)
フェリシア=ルーヴェリスが持つ、音の感知に特化した能力。周囲のすべての音から、特定の音だけを“選び取って”集中して聞き取ることができる。弓射においては魔獣の呼吸や筋肉の動きすら把握でき、また人間の心音を聞くことで嘘や動揺を見抜くことも可能。冷静な判断力と組み合わさることで高精度の戦闘を実現する。