第2話:理想の重み
フェリシアの案内で、ユウマは森の奥にある集落へと足を踏み入れた。そこは、エルフたちが暮らす静かな地──人間にはめったに開かれない場所だった。
フェリシアがユウマを連れてきたのには、理由があった。
彼女には「選響の耳」という特殊な能力がある。その能力は“特定の音に意識を集中し、その音だけを拾う”という力である。遠くの足音、虫の羽音、そして──心臓の鼓動。
出会ったときから、彼女はユウマの心音を聞いていた。ユウマの言葉には「嘘をつくとき特有の乱れ」がなかったからこそ、彼女は、様子を見ることにしたのだった。
「これは、あくまで特例です。あなたの“能力”が、どう作用するのか・・・確かめる必要があると、私が判断しました」
フェリシアの言葉に、ユウマは軽く頷いた。ユウマは、彼女の中で何かが変わったのだと感じた。少なくとも、完全な拒絶からは一歩踏み出していた。
◇
森について、ユウマはさっそく、ひとりの少年に向けられた期待に気づいた。少年は、エルフと人間の混血で、幼い頃から「英傑の再来」と持て囃されてきたが、今では何もできない“期待外れ”として疎まれていた。
彼に触れる間もなく、ユウマの視界に強烈なビジョンが流れ込んできた。
──立派な剣士になってほしい。
──村を守る存在に。
──誇りを取り戻せるように。
数多の“こうなってほしい”が、重なり合い、ユウマの中に入り込んでくる。
そして、発動。
体が熱くなる。筋肉の動きが変わり、思考が鋭くなった。鞘から剣を抜く。剣を握る手が、まるで長年の修練を積んだ者のように自然に構える。
──彼が期待された“理想像”が、ユウマの中に形を持った。
フェリシアは具現化される「英傑の再来」を見て、表情をこわばらせた。
「まるで、別人です・・・」
「でも、これが彼の“期待された姿”」
ユウマは呟いた。
しかしその後、ユウマの言動が少しずつ変わっていく。上から目線の横暴な言い回し、不必要に戦闘的な態度、不自然な笑い方。フェリシアはすぐに気づいた。
「その“期待された姿”に、あなたが飲まれているのではなくて?あなたは、あなたでいられるのですか?」
ユウマは、はっとして自分の手を見つめた。
「たしかに、いまの俺は、“俺じゃない”かもしれない」
「しかも、誰の期待を自分のものとするか、選べない場合もあるのですね・・・」
「強い期待の場合は、あちらに発動の主導権がいってしまうこともある」
その夜、ユウマは、また、自らの精神を深く見つめていた。
期待は力になる──けれど、同時に、自分を蝕む毒にもなる。フェリシアの言葉が、心に静かに染みていく。
フェリシアだけは、期待せずに、ただユウマをまっすぐに見ていた。人の期待を見ることができるユウマには、それがはっきりとわかる。
それが、どれほど大きな救いなのかを、ユウマは理解し始めていた。
●継想の瞳(セリュアン=リシェル)
ユウマ=ノクトールの持つ特殊能力。他者が過去に誰かから向けられた“期待”の記憶を視覚的に読み取り、その理想像に一時的に変質する。身体能力や技術、思考傾向までもが理想像に近づくが、使いすぎれば自己同一性が揺らぐ危険性もある。強い共鳴を得るには、対象との精神的距離や記憶の鮮明さが影響する。
●選響の耳(セレナ=エルヴェ)
フェリシア=ルーヴェリスが持つ、音の感知に特化した能力。周囲のすべての音から、特定の音だけを“選び取って”集中して聞き取ることができる。弓射においては魔獣の呼吸や筋肉の動きすら把握でき、また人間の心音を聞くことで嘘や動揺を見抜くことも可能。冷静な判断力と組み合わさることで高精度の戦闘を実現する。