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まだ、君に追いつけない 〜神を使役した勇者〜  作者: 八海クエ
第1章:イルナ・リヴィエ(月の守り手)
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第2話:理想の重み

 フェリシアの案内で、ユウマは森の奥にある集落へと足を踏み入れた。そこは、エルフたちが暮らす静かな地──人間にはめったに開かれない場所だった。


 フェリシアがユウマを連れてきたのには、理由があった。


 彼女には「選響の耳(セレナ=エルヴェ)」という特殊な能力がある。その能力は“特定の音に意識を集中し、その音だけを拾う”という力である。遠くの足音、虫の羽音、そして──心臓の鼓動。


 出会ったときから、彼女はユウマの心音を聞いていた。ユウマの言葉には「嘘をつくとき特有の乱れ」がなかったからこそ、彼女は、様子を見ることにしたのだった。


「これは、あくまで特例です。あなたの“能力”が、どう作用するのか・・・確かめる必要があると、私が判断しました」


 フェリシアの言葉に、ユウマは軽く頷いた。ユウマは、彼女の中で何かが変わったのだと感じた。少なくとも、完全な拒絶からは一歩踏み出していた。



 森について、ユウマはさっそく、ひとりの少年に向けられた期待に気づいた。少年は、エルフと人間の混血で、幼い頃から「英傑の再来」と持て囃されてきたが、今では何もできない“期待外れ”として疎まれていた。


 彼に触れる間もなく、ユウマの視界に強烈なビジョンが流れ込んできた。


 ──立派な剣士になってほしい。


 ──村を守る存在に。


 ──誇りを取り戻せるように。


 数多の“こうなってほしい”が、重なり合い、ユウマの中に入り込んでくる。


 そして、発動。


 体が熱くなる。筋肉の動きが変わり、思考が鋭くなった。鞘から剣を抜く。剣を握る手が、まるで長年の修練を積んだ者のように自然に構える。


 ──彼が期待された“理想像”が、ユウマの中に形を持った。


 フェリシアは具現化される「英傑の再来」を見て、表情をこわばらせた。


「まるで、別人です・・・」


「でも、これが彼の“期待された姿”」


 ユウマは呟いた。


 しかしその後、ユウマの言動が少しずつ変わっていく。上から目線の横暴な言い回し、不必要に戦闘的な態度、不自然な笑い方。フェリシアはすぐに気づいた。


「その“期待された姿”に、あなたが飲まれているのではなくて?あなたは、あなたでいられるのですか?」


 ユウマは、はっとして自分の手を見つめた。


「たしかに、いまの俺は、“俺じゃない”かもしれない」


「しかも、誰の期待を自分のものとするか、選べない場合もあるのですね・・・」


「強い期待の場合は、あちらに発動の主導権がいってしまうこともある」


 その夜、ユウマは、また、自らの精神を深く見つめていた。


 期待は力になる──けれど、同時に、自分を蝕む毒にもなる。フェリシアの言葉が、心に静かに染みていく。


 フェリシアだけは、期待せずに、ただユウマをまっすぐに見ていた。人の期待を見ることができるユウマには、それがはっきりとわかる。


 それが、どれほど大きな救いなのかを、ユウマは理解し始めていた。

●継想の瞳(セリュアン=リシェル)

ユウマ=ノクトールの持つ特殊能力。他者が過去に誰かから向けられた“期待”の記憶を視覚的に読み取り、その理想像に一時的に変質する。身体能力や技術、思考傾向までもが理想像に近づくが、使いすぎれば自己同一性が揺らぐ危険性もある。強い共鳴を得るには、対象との精神的距離や記憶の鮮明さが影響する。


●選響の耳(セレナ=エルヴェ)

フェリシア=ルーヴェリスが持つ、音の感知に特化した能力。周囲のすべての音から、特定の音だけを“選び取って”集中して聞き取ることができる。弓射においては魔獣の呼吸や筋肉の動きすら把握でき、また人間の心音を聞くことで嘘や動揺を見抜くことも可能。冷静な判断力と組み合わさることで高精度の戦闘を実現する。

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