9 階段の踊り場で走ると危ないですよ
教科書騒ぎの後、どうやら王子は国王に、「反体制派を一網打尽にするため、騎士団の精鋭を借りたい」と直訴したらしい。
大丈夫か? 少しくらい自分の頭で考えたらいいのに。
その後、取り立てて学園に変化はないので、却下されたんだろうな。
それからは平和な学園生活を送っている。
「ねえ、ヘンリエッタ。今日は授業が終わったらみんなで甘いものを食べに行こうって誘われたんだけど」
「わー。行く行く」
そろそろ昼休みが終わるので、ルイーザと二人で教室に戻る途中、階段の踊り場に差し掛かった時、見覚えのある女子と鉢合わせた。
確かシャーロットさんの取り巻きのどちらかだと思った刹那、その女子が勢いよく私にぶつかってきた。
私は階段を上っていて、その女子は下りてきたところだった。
マーガレッタさんだったか、アンジェラさんだったか、とにかくその女子は駆け下りてきたのか、勢いがついていた。
ぶつからないように、ひょいと体を躱すことは容易いけれど、そうすると女子は階段を転がり落ちてしまうだろう。
仕方がない。
ここは私が体を張ろう。
ふんっと踏ん張って、女子の体を受け止めた――というか、弾き返してしまった。
間一髪、女子は踊り場に転がった。
「え?」ってつぶやいて私を見ている。
一瞬のことだったから理解が追いついていないのかな。
「大丈夫ですか? 階段の踊り場でバランスを崩すと危ないので、気をつけたほうがいいですよ。もし今私があなたの体を躱していたら、あなたは頭から階段に突っ込んで、今頃下で頭から血を流して絶命していたかもれませんよ?」
少し大袈裟かもしれないけれど、一応注意すると、女子は、「ひぃぃ」と壁の方へ這いずっていき、そのままへたり込んでしまった。
「ヘンリエッタ。私、先生を呼んで来ようか?」
「うん。お願い。私はこの方についててあげるから」
「じゃあ、待ってて」
ルイーザが先生を連れて戻ったので、後のことは全部先生にお任せして私たちは教室に戻った。
「それにしても、貴族のお嬢様はどこでもお淑やかにしずしずと歩くのかと思ったら、そうでもないんだね。あ、ヘンリエッタ以外のお嬢様ね」
「もう。でも本当にね。私たちみたいに体幹を鍛えている人間だから受け止めることができたけれど、そうじゃなかったらぶつかられた拍子に押されて下に落ちていたかもしれないもんね」
◆◆◆ ◆◆◆
「シャーロット様に何て報告すればいいのかしら」
「……アンジェラ。私が口添えしてあげるわ。あなた、頑張ったじゃない」
「マーガレッタ様」
「でも、もう少しであなたが落ちるところだったわね……」
「ひぃぃ。そ、それを思いださせないでくださいませ」
「あら、ごめんなさいね。でも、平民たちが、あんなに頑丈にできているなんて知らなかったわ。私たちじゃ敵わない気がしてきたのだけれど」
「私もそう思います。シャーロット様には正直に申し上げようと思います」
「そうよね。私たちに万一のことがあったらシャーロット様だって悲しまれますわよね」
「ええ!」
「でもマーガレッタ様。私たち大丈夫なのでしょうか? このままシャーロット様から言われた通りにやっていたら、そのうち取り返しのつかないことをさせられてしまうのではないでしょうか?」
「アンジェラ! そ、そんなこと……いいえ。考えては駄目よ。あなたもお父様の言いつけでシャーロット様のお側にいるのでしょう? 私たちはこれまで通りシャーロット様のご命令に従うまでよ」
「そ、そうですね……」




