5 公爵令嬢にからまれました
「この中にヘンリエッタ・オズボーンはいるかしら?」
私の名前をもう覚えたの? いったい誰が?
その答えは噂好きの女子のヒソヒソ声が教えてくれた。
「まあ、ご覧になって。グレンヴィル公爵令嬢よ」
「え? 殿下の婚約者でいらっしゃる?」
グレンヴィル公爵令嬢? あ、入学式で上級生代表だった人だ。
そんな人が私に何の用?
公爵家とか、もうほんとに関わりたくないんだけど。
「ちょっと! ヘンリエッタ・オズボーン! 聞いているの?」
ん? 腰巾着みたいな女子が偉そうに声を張り上げている。
さすがにこのまま名前を連呼されるのは避けたい。
「はい。私がヘンリエッタ・オズボーンです。何かご用でしょうか」
「あなたっ。さっさと名乗り出なさいよ!」
「マーガレッタ」
「はい。シャーロット様」
名前を呼ばれた腰巾着一号がさっと下がった。
もう一人腰巾着二号もいるんだけど、そっちはひたすら私を睨んでいるだけで一言も喋らない。
「そう……あなたなの……」
シャーロットさんは私の全身に視線を這わせた後、扇子をピシッと私に向けて、「申し開きがあるなら聞きましょうか」と言った。
は?
初対面ですよね?
私の存在そのものが気に入らないとか言われても困るんですけど。
「なんで殿下と仲睦まじく学園内を歩いていたのかって聞いているのよ」
マーガレッタと呼ばれた腰巾着一号が説明してくれた。
あ、なるほど。
婚約者が他の女子と一緒に歩いていたのが気に入らないのか。
ああ、もうほんと、あの馴れ馴れしい王子のせいだ。
「そのことでしたら、恐れ多くも在校生を代表して、入学式が行われるホールの場所が分からず困っていた私たちを案内してくださったのです」
私一人ではなく、ルイーザもいたことを強く訴えておく。
「あら、そうなの?」
「はい。突然のことでしたので、殿下の後ろを黙ってついていくことしかできず、ご挨拶もろくにできませんでした」
会話などは一切なかったのだと、これまた切に訴えておく。
ルイーザもブンブンと頭を縦に振ってくれている。多分、公爵令嬢にそれはマナー違反だと思うけれど。
「そう」
……よかった。
シャーロットさんが突き出していた扇子を下ろしてくれた。
「殿下はお優しい方ですものね。ですが……だからといって、殿下に声をかけられたなどと思い上がるのではなくてよ」
いや、そんな心配いりませんから。
「もちろんです。学年も違いますので、もうお目にかかることもないと思います」
「そうね。身の程を知りなさい」
「はい。もちろんでございます」
上級生代表を務めるような公爵令嬢に敵認定はされたくない。
「参りましょう」
シャーロットさんが踵を返したところに、「何をやってるんだ、シャーロット」と、王子が割り込んできた。
もう、今話が終わったところだったのに!
私の平穏無事な学園生活を終わらせにきているの?
私の方であなたを『敵認定』します!
「これは、殿下。ここは一年生の教室の廊下ですのに、どうして殿下がいらっしゃるのでしょう?」
「それはこっちのセリフだ! 入学式が終わると同時にお前が一年生の教室に向かったと聞いたので来てみれば、なるほど、そういうことか」
私たち、そろそろ教室に入りたんですけどね。
痴話喧嘩ならよそでやってくれませんかね。
「ヘンリエッタ嬢に噛みついていたとはな。ただでさえ心細い新入生を入学初日から脅すとは。手本となるべき三年生の姿ではないな」
随分とひどい言い方。「脅す」だなんて。
私、脅されてなんていませんけど?
私とシャーロットさんとの会話を聞いていないくせに頭っから決めつけて……嫌な男。
これ――どうやってこの場を収めたらいいの?
そう思って周囲を見渡したけれど、見事なまでに他の生徒たちに距離を空けられていた。
中心には私たちしかしない。
「こんなところで何をやっているんだい?」
皆が遠巻きに静観しているところに新たな登場人物がやって来た。
学園長だ。
「伯父上――」
「学園内では『学園長』と呼ぶように」
王子の伯父? じゃあ国王の弟?
「君たち。自分のクラスを確認したら教室に入るよう言われなかったか? さあ、早く移動したまえ」
逃げ出していいと言われたので、一目散に教室に逃げ込んだ。
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