3 王子にお会いしました
公文書は適切に保管されていたようだ。
私は男爵令嬢として、十五歳になる年に王立学園に入学するべく試験を受けた。
恐ろしいくらいに簡単だったので、どの程度間違えるか悩んでしまった。
不合格になるのは悔しいけれど、出来すぎて目立つのは本意ではない。
どの教科も平均して八十五点くらいになるように調整した。
実は貴族は不合格になることはなく、ただのクラス分けの参考資料に過ぎないということは入学してから知った。
でも、平民は違う。
ルイーザは平民だったけれど、私と同じくらい優秀だった。
この世界にも学校推薦という枠があるらしく、彼女も試験を受けた。そして合格した。
こうして私たちは二人揃って学園に入学することになった。
知らない貴族しかいない学校で三年間はキツイと思っていたから、ルイーザと一緒なのは心の底から嬉しかった。
◇◇◇ ◇◇◇
入学式の朝。
「おはよう、ヘンリエッタ」
「おはよう、ルイーザ」
「ふふふ」
「うふふ」
お互いに制服を見せ合ってニマニマしてしまう。
貴族はドレスでもいいらしいけれど、私は制服一択。毎朝の私服選びの大変さを知っている身としては、制服で楽をしたい。
学園までは歩くと一時間かかるが、たかだか二人のために往復馬車を使うなんて勿体無い。
父からは「馬車を使用してはどうか」と聞かれたが断った。フックの売り上げがあるとはいえ、いつまで売れるか分からないもの。
それに往復二時間の競歩は私とルイーザにとっては趣味の訓練時間でしかない。
校門の前には馬車がずらりと並んで止まっていた。
「うわあ。すごい! 普段、街で見かける馬車とは違って豪華だね。御者まで綺麗な洋服を着ている!」
ルイーザの言う通り、豪華さを競い合うかのようにデコった馬車でいっぱいだ。
「貴族たちと遭遇すると面倒だから早く行こ」
「そうだね」
そうして門をくぐると、正面に円形の噴水があった。
うわあ。学校に噴水なんて必要?
無駄にお金をかけている。
噴水に目をやったのは、ほんの一瞬だった。しかも私とルイーザは明らかに二人仲良く歩いていたのに、「君、新入生だね。迷子かな?」などと声をかけられて引いてしまった。
入学式にナンパですか? しかも男性三人で女生徒二人に?
声をかけてきた男性は、スラリとした長身のイケメンだった。
……なるほど。
相当モテてきたんだろう。まあ、その顔なら自惚れるのも分かる。
「いいえ、違います。どこへ向かうべきか、ちゃんと分かっています」
在校生の姿もちらほらと見えるが、新入生は一目で分かる。
そんな新入生がゾロゾロと同じ方向へ歩いているのだから、その波に交じって行けばいいだけだ。
兄や姉がいる人は学園に来たことがあるのかもしれないし、なくても事前に情報を入手して入学式が行われるホールの場所を聞いているのだろう。
しかも要所要所に教員らしき人が立っているので、ホールへの行き方はその人に尋ねればよい。
「貴様、不敬だぞ! 名を名乗れ!」
うわあ。えぇぇ……。
出たな、貴族。
でも、ちょっとうっかりしていたかも。貴族って鼻持ちならない人間だった。
私たちは立場的にこの学園では最下層だから、揉み手しながらヘイコラしなきゃいけないんだった。
それにしても、この人、いい体しているな。武闘派か?
とりあえずこの場をやり過ごすために、頑張ってしゅんとした表情を作って謝ることにした。
「大変、申し訳ございません。私はヘンリエッタ・オズボーンと申します。隣にいるのは友人のルイーザです」
ルイーザも慌ててペコリと頭を下げた。
「る、ルイーザです」
「そっちは平民か!」
筋肉男の言い方にムカつくけど、グッと堪える。
「やめないか、ジェイコブ。新入生が怖がっているだろう? それにしてもオズボーン……オズボーンという家名は記憶にないんだがなあ……」
最初に声を掛けてきた金髪の優男が小首を傾げると、もう一人のメガネ男子が口を開いた。
「男爵家でございます。殿下」
殿下?!
……は?
こ、これは――かなりヤバい状況かも。あぁぁ、しくじった。
「さすがだな、ノア。では改めてヘンリエッタ嬢。ホールまで案内しよう」
人の話は聞かないタイプなんですね。さっき私、断ったんですけど。
その自信満々な顔は、私が不敬な態度を取ったことをなかったことにするため――とかじゃなく、断られるはずがないと思い込んでいるが故に断られた事実に気がついていないのですね。
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