13 エピローグ(良識のある国王の采配)
側近のノアさんが冷や汗を流したのを見て、王子もさすがに分が悪いと思ったのか、契約書云々の流れを変えようと、シャーロットさんを悪者に仕立て上げる作戦に出た。
「皆、聞いてくれ! シャーロットは――グレンヴィル公爵令嬢は、ここにいるか弱きヘンリエッタ嬢を害そうとして失敗したのだ!」
何の話ですか?
「私にはまるで身に覚えのない話ですが。殿下がおっしゃりたいのは、私が犯罪を目撃して、その犯人を捕まえようとした時のことでしょうか?」
「そ、そうだ! その話だ!」
あ。馬鹿ですね。何の話か全然知らないくせに。
「その犯罪がグレンヴィル公爵令嬢の仕業だとおっしゃるのですか?」
「そうだ!」
「つまり、八百屋の店先からジャガイモを盗んだ犯人を捕まえようと揉み合いになったのですが、それを命じたのがグレンヴィル公爵令嬢だと?」
「そうだ! ……ん?」
もう反射的に『そうだ!』って言っていますね。
「ちなみに、犯人は平民の五歳の男の子でしたが、その子を派遣したのがグレンヴィル公爵令嬢だとおっしゃるのですか?」
「……な……は? 違う! そ、その件ではない」
「さようですか。そういえば、か弱き貴族女性を襲おうとした不埒な輩がおりましたが――」
「そ、それだ!」
「殿下がご覧になったのですか?」
「ん? あ、いや――」
「断定なさっていましたが。もちろん証言させるよう身柄を確保されていらっしゃいますよね?」
「ジェ、ジェイコブ! どうなのだ?」
ガタイのよい体を縮めるようにジェイコブさんが小さくなっている。
「あ、いえ――私はそのような話を又聞きしただけで……」
「又聞き? そのようないい加減な噂話でグレンヴィル公爵令嬢を辱めるような発言をなさったのですか? 私もなぜ婚約破棄の引き合いに名前を出されたのか理解に苦しみますが、グレンヴィル公爵令嬢が受けた誹謗中傷にはかないません。殿下の世迷言で少なくとも二人の人間が被害を被りました。私とグレンヴィル公爵令嬢と連名で国王陛下に訴えたいくらいです」
これくらい言わなきゃ分かってくれなさそうだからね。
さあ、この辺で許してやるか、と思ったら――。
「その訴え、しかと聞いた」
「ち、父上!」
王子の父――なんと国王陛下が護衛をぞろぞろと従えて進み出て来られた。
あぁぁ。どんどんと大事になっていく。もう嫌。
「いい加減にしないか、ローガン。これ以上恥の上塗りをするのはやめるのだ。そちらの令嬢――オズボーン男爵令嬢だったか。そなたにはローガンが迷惑をかけたようだな」
うぅぅ。国王にそこまで言わせるつもりなどなかったのに。
「私のような者にそこまで――もったいないお言葉です。私もここが学園で、殿下と同じ学生であることに甘えて、身分を顧みず失礼なことを申し上げました。誠に申し訳ございません。反省いたします」
「ふむ。よい心がけだ。宰相」
「はっ。せっかく殿下の側近に引き立てていただいたというのに、我が愚息はその任を全うできなかったようでお詫びのしようもございません」
役に立たなかったと言われたノアは真っ青な顔で何かを言おうとしているけれど、さすがに言葉が見つからないらしい。
「殿下がそちらのご令嬢に執心なさっていることは随分前から噂になっておりました。私はノアにお諌めするよう申し付けていたのですが、この体たらく。いやはや」
宰相が頭を抱えてふるふると横に振っていると、代わりに国王が続けた。
「しかも全く相手にされていないというのに、しつこく言い寄っていたらしいな。王族としてのプライドはどこに捨てたのだ。しかも婚約者がいる身で――はあ、嘆かわしい」
「で、ですから、私は筋を通そうと――」
「黙れ! 一方的に好意を寄せただけで、相手に婚約を迫るなどどうかしておる! それに私に相談しないばかりか、話し合いもせずに一方的に婚約を破棄すると公の場で宣言するとは……はあ。お前は自分で『王太子の資質がない』と表明したようなものなのだぞ?」
王太子の資質がないと言われた王子は、何でそうなるんだと言いたげだが、さすがに国王に反論などできるはずがない。
でも王子の表情を見る限り、たかが婚約破棄だろうという軽い考えに変わりはないらしい。
「父上……私はそのような――」
「黙れと言ったであろう。誰か。ローガンを連れて行け。案ずるな。ひとまず王宮へ戻るだけだ。グレンヴィル公爵令嬢も一緒にな」
王子が糾弾されたことで清々したような顔で見物を決め込んでいたシャーロットさんはギョッとしている。
「そなたにも色々と聞かねばならぬことがあるのでな」
あら? シャーロットさんにも話を聞くんだ。
いやあ、父親世代の為政者たちはまともなんだな。あれよあれよという間に騒ぎが収まっていく。
「それにしても、学園でのことは学園内で穏便に解決してほしかったのだがな。学園長?」
あ。学園長にも釘を刺してくださった。王様グッジョブ!
学園長は「いつでも何でも相談してくれ」と言うだけで、何にもしてくれなかったからね。
もっといえば、学園長も王子並みにやたら絡んできてうざかった。
「騒がせて悪かった。せっかくの卒業パーティーに水を差してしまった。我々は下がるので、皆で楽しんでくれ」
全員が首を垂れて『諾』の意を表した。
国王の側近らしき人たちが、数人の生徒に声をかけて一緒に連れて行った。
可哀想だけど、王子とシャーロットさんが連れて行かれるなら、その側近や取り巻きも連れて行かれるよね。
証言をすり合わさなきゃならないだろうから。
国王たちが退出すると、緊張が解けて卒業生たちがダンスを始めた。
「ヘンリエッター! もう、ヘンリエッタまで連れて行かれるかと思ったよ」
「あ、ルイーザ――って、どこに隠れてたの? ごめんね。つい我慢ができなくて口を挟んじゃった」
「あれだけ貴族とは関わらないって言っていたのにね」
「いや、ほんと、焦った。でも今日で馴れ馴れしい王子はいなくなるから一安心だわ」
「うん。やたら睨んできていた公爵令嬢も一緒に卒業だしね。これでもう誰も絡んでこなくなるね」
ちょっと、ちょっと! その言い方! フラグっていうやつだから。
「あとは、学園長も話しかけてこなくなるといいね」
頼むから、平穏な学生生活を送るために、危険なフラグは立てないで!
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