10 路地裏で暴漢に襲われました
「それにしても、ヘンリエッタの胃袋は底なしだね」
「ルイーザだって人のこと言えないでしょ。多分、私とルイーザは他のみんなより体を動かしているから食べられるんだよ」
「そうかもね」
友人たちと食べ歩きをした直後、腹ごなしにルイーザと歩いていたら、五歳くらいの男の子に声をかけられた。
「お姉ちゃんたち、あの、あのねっ」
「うん? どうしたの? 迷子になっちゃった?」
学園から程近い街には貴族や裕福な平民が暮らしているが、少年の来ている洋服はくたびれていて髪の毛もくしゃくしゃだ。
明らかにこの辺りの子ではない。
「ぼくについてきてほしいの」
男の子はそう言うと駆け出して行った。
さすがに放ってはおけないのでついていくと、男の子は路地裏へと入って行く。
裏道は危ないのに――と思ったら、「へへへ」とニヤついたごろつき二人が待ち伏せていた。
ああ、ほんと嫌になる。
この世界はなんて物騒なんだろう。
「ルイーザ。スカートの下には稽古着のパンツを履いているよね?」
「もちろん。いつだって何があるか分からないからね」
よしよし。
「ルイーザ。多分、あいつら、私たちが反撃するなんて予想していないはず。体格差があるから真っ向勝負は避けたほうがいいと思う。逃げるふりをして、近づいたところで膝蹴りを入れて倒してしまおう。その時、腕を離さずひねれば折れなくても関節は外せると思う。やれるよね?」
「もちろん。やるしかないでしょ」
「じゃ、私は右の男をやるね。近づいて来たら怖がるふりをして」
私とルイーザが小声でそんな会話をしているとは知らない男たちは、「ひひひ。足がすくんで動けねーか?」などと楽しげだ。
「ルイーザ、逃げるよ」
「うん」
「おっと。そうはさせねー」
背を向けながらも男との距離を測り、スピードを緩める。
相手の手が届きそうなところで、隣のルイーザに目配せをする。
二人揃ってくるりと反転し、相手の方へ踏み出して、利き足で膝蹴りを入れる。
「ぐふっ」
「げほっ」
男たちが情けない声を出してよろめいた。
そのまま地面に倒しはしない。
私とルイーザはそれぞれ男の片腕を両手でしっかりと掴んでから寝技に持ち込んだ。
「うぎゃあ!」
「ひぃぃぃ!」
ゴキッ、ボキッ、と骨の折れる音が聞こえた。
汚い地面に転がるのは本当に不快だけれど仕方がない。
「やったね、ヘンリエッタ。もう一発くらい入れとく?」
「そうだね。念の為。起き上がって追いかけて来られても面倒だからね。あ、胸の辺りは肺をやっちゃうと呼吸ができなくて死なせてしまうかもしれないから、肩関節か腹のあたりね」
「分かった」
私とルイーザの会話は、今度は男たちにもしっかり聞こえたようで、うめき声しか上げられない彼らは目をむいて顔を左右に振っている。
「それじゃあ――」
私は一発だけにしておいたけど、ルイーザは二発入れていた。
まあムカついたもんね。
これが普通の令嬢ならどうなっていたことか。
ことなきを得たとしてもトラウマになるはず。制裁あるのみ。
「ふう。まあこんなもんかな。でも小さい頃からヘンリエッタに教えてもらっててよかったよ」
「まさか本当に役に立つ日が来るなんてね……。まあ一応、衛兵に知らせておこうか」
「そうだね。でも、何て言うの? 平民のいざこざなんて取り合ってくれないんじゃない?」
「ま、貴族の馬車を襲おうとして護衛に返り討ちにあったとか、そういう目撃談でいいんじゃない? 怖くて全部は見ていないということにして」
「そうだね」
私とルイーザは衛兵の詰所に行くために、お互いにチェックしながら制服の汚れを落として身だしなみを整えた。
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