代償~あの笑顔を守りたい~
ーーおぎゃあ、おぎゃあ
とある貴族の屋敷にて、1人の赤子が生まれた。
命の芽吹いた元気な産声を上げると、周りからは鼻をすする音がいくつも聞こえてる。
出産を終えた母親が産婆から赤子を受け取り、愛おしそうに優しく抱きしめた。
ーーバタン
「メアリ!!」
「ふふ、私も赤ちゃんも無事よ」
「良かった……本当に、良かった……」
父親になった男は、赤子と母親を抱き寄せて、母親にキスを落とす。
出産後の幸せな家族の形が、そこにはあった。
父親が赤子に目をやると、表情が堅くなり目元が歪む。
「まさか……」
その呟きは、出産の後片付けをする産婆や、使いの者が拾うことはなかった。
しかし、父親の呟きは寄り添っていた母親に届いている。赤子の母親は普段から柔らかい表情の父親の顔が強張っていることに気が付く。
誘導されるように父親の視線を辿り赤子を見る。
母親の瞳に移ったのは、赤子の溝内に小さな星形の赤黒い痣。
「う、そでしょ」
母親は瞳に涙を浮かべて、赤子を抱く手が震える。
父親は母親の言葉にハッと我に返り、赤子の痣に触れ撫でながら魔法を使う。
父親は赤子を見ながら、妻であるメアリに話しかける。
「メアリ……この事は我々の秘密にする、いいね?」
父親は2人を抱きしめながら、メアリの耳元で小さく言葉を呟く。
メアリは父親から離れて、涙を流し声を震わせながら答える。
「でも、それじゃあ……」
「世界を欺こう、僕たちならそれができる。
それに、例えそれがあっても、絶対にその時が来るわけじゃない。
結婚するときに誓った言葉、あれは嘘じゃない」
「……もし、その時が今回だとしたら?」
父親が赤子から手を離すと、赤子に浮いていた赤黒い痣が消えた。
「世界を敵に回しても、家族は僕が守る……絶対に」
「クリス……愛してるわ」
「僕も愛してるよ、メアリ」
ひとしきり抱きしめ合い唇を重ねてから、2人は赤子に視線を移す。
2人の顔はすでに親の顔をしており、先ほどの強張り抜けていた。
「この子の名前、どうする?
女の子だったら、君がつけるって約束だったからね」
「この子の名前は……」
ここに、ララアシュリー・ドゥオクス・ウィザルドが誕生した。
世界を敵に回す覚悟を持つ両親により彼女の秘密は、貴族や屋敷の人間はおろか、彼女自身すら知られることはなかった。
ララアシュリーは両親の愛情を目一杯に受けながら健やかに育っていく。
ララアシュリーの後に生まれた子供たちも、彼女と同じく愛情深く育てられ、ララアシュリーは家族で幸せな時間を過ごしていた。
しかし、家族の中でララアシュリーだけは、なぜか他の貴族たちから冷たい態度を取られてしまう。
ララアシュリーはそのことが原因で、他人から距離を置くようになった。
家族と自分に関わる人たちを大切にしながらも、同世代のいる社交場では孤独な思いをしてしまう。
ララアシュリーの友人関係だけは、さすがの両親でも口を出せなかった。
孤独な思いをするなら社交場に行かなければいい。
しかしそれは、問題を先延ばしにするだけの苦肉の策だ。
なぜなら、15歳の誕生日を迎える歳には、ララアシュリーは学園に入学しないといけないから。
同世代の子供たちが集まる学園は、ララアシュリーにとって孤独を強いられる地獄のような場所だ。
学園は寮生で、1年に1度しか家に帰ることを許されない。
信頼のおける侍女は1人連れていけるので、寮だけは本来のララアシュリーをでいられる。
とはいえ、学園には3年滞在しなければならない。寮で過ごす時間よりも、教室で過ごす時間のほうが長く感じることは間違いない。思春期の彼女にとって、それがあまりにも辛い経験になることは目に見えていた。
不安と絶望の気持ちを抱えながらも、15歳のララアシュリーは顔を俯かせながら学園の門を潜った。
~学園校門前~
「校門でか」
眠そうな目したやる気のなさそうな青年が、学園前で田舎丸出しの感想を呟く。
学園指定の新品の制服を着崩しながらも、初めて学園の門を見た感想から新入生だということが一目で分かる。
「田舎の底辺貴族と王都じゃ、月とすっぽんだ」
「田舎丸出しのところ悪いが、さっさといくぞ、ザグラ」
「へいへーい」
やる気のない声を出しながら、学園の門を潜った。
これは、貴族に忌み嫌われる孤独な彼女と、常識外れの青年が出会い、孤独な彼女を救うまでの物語
ーーーーーーーーーーーーーー
~Cクラスにて~
ーーガヤガヤ
「ねむ……」
案の定、Cクラス配属になったな。
まあ、調整してここに入ったし何の不満もないからいいけど。
ああ、でもアイツは不満そうだったな。
『お前……手を抜いたな』
『なーんのことでしょうか』
『はぁ……まあいい。
俺の練習相手にはなってもらうからな』
『あいあいさー!』
『……たく、適当な奴め』
あの不満そうな顔は忘れられそうにないわ。
本当に面白いやつだよなーアイツも。あの辺境伯から生まれてきた子供とは……いや、あれは夫人にか。
まあ、それはいっか。
ーーガヤガヤ
ーーガヤガヤ
にしても、懐かしいなー。
学園生活とか何年ぶりだっけか。39歳で死んで、そのあと14年ここで過ごしてるから……。
30年振りか。つか、30年振りの学生生活って言葉意味わからんよな。
まあでも、おじいちゃんで大学入る人とかいるし、珍しいとはいえあるにはあるか。
だとしても、そんな人稀だし、普通は無いか。
ーーあら、そうなんですの
ーー婚約相手見つかるといいな
ーーどこかの家と繋がらないと
……あんまり学園って感じしないけど。
にしても、人生何があるか分からんよな。
こうして違う世界に転生するとは思わねぇよ。
生まれは位が低いとはいえ、男爵貴族の3男でそこそこいい暮らしを経験できたし、堅苦しいけど背中を預けれる友人までできた。
悪くない今世よなー。
まあでも……。
ーーなぜ田舎の男爵がCクラスなんだ
ーー私たちの足を引っ張らなければいいのだけれど
ーー田舎臭い空気が蔓延してしまうわ
「はぁ」
クラス内ヒエラルキーとかは相変わらずだし、嫌な人間も多い。なんなら差別関連はこっちの方が酷いから、人間関係は最悪に近い。産まれで位があったり、いろんな人種がいるからなんだろうな、色々と面倒ごとが多いのは。
「はぁ」
あーあー、帰りてー。
うちの領地、種族関係なくみんなで頑張ろうの精神だから、すんげー居心地いいんだよ。
こっちは前世の都会よりさらに色々とグロいことが目について胸糞悪いんだよな……。
3年は長いよな、3年はさ。
最初の自己紹介で、俺の印象はなぜか最悪だったし。
なんなのこの都市部に住んでる奴が正義みたいな空気、マージ最悪なんですけど。
辺境の男爵3男ってだけで笑われるし、聞こえるくらいの嫌味言われるし、王都の貴族ってクズばっかじゃん。
そりゃ、父さん母さん、兄ちゃん姉ちゃんも、俺に同情の視線を投げかける訳よ。
まあ、どうでもいいか。
最悪、問題起こしても辺境伯が笑って庇ってくれそうだし。
あの家だけだよ、貴族で印象いい家なんて。本当に父さんと辺境伯が仲良くて良かったー。
つか、早くアイツ来てくれないかなー。
お前はすぐ迷子になるから絶対に動くなとか言われちゃったし。
まあ、寮までの道なんて全く覚えてないからありがたいんですけど。
ただなぁ……この空間は苦でしかない。
店の予約で連れが遅れてきて、1人で待ってたときの苦しさに似てる。
「ねえ、ねえ」
「ん?」
外の景色を見ながらボーっと待ってたら、急に可愛らしい声が聞こえてきた。
悪意も敵意も感じないあたり、本当に用がある感じか?
「あなた、辺境の子?」
「そうだよー、君は?」
わお、まさか本当に声をかけてくれる子がいるとは。省かれてる奴に声をかけてくるとは中々勇気のある子だ。
委員長タイプってやつか?
ん?
……あー、なるほど、この子は確か。
「私も似たようなものよ、見ればわかるでしょ?」
「分かる分かる。つっても、俺は好きだけどね、けもみみと尻尾」
ーーピコピコ
ーーゆらゆら
相変わらず、どうやって動かしてるのか不思議だ。
領地でも関わりはあったけど、学園にも獣人がいるとは思わなかった。
「あら、口説いてるの?
ごめんなさい、私にはちゃんとフィアンセがいるの」
頭にピンと生えた耳、ふわふわのこげ茶色い髪の毛、手首周りにもふわふわの毛皮がある。
目の形は大きくてちょいつり目より、瞳は青色で猫っぽいけど、元気っ子みたいな態度は猫より犬だな。
尻尾もフワフワだし、なんか甘い匂いがするし、何よりかわいい。
「さすがに初対面で口説くなんてことしないって」
「ふふ、冗談よ。
自己紹介でも言ったけど、私はミルキー・ベアッド。これでも一応獣人国の貴族よ。
さっきは苛立ってて話を聞いてなかったから……その、名前を教えてもらっていい?
ごめんなさいね、こっちの人って名前が長くて覚えきれないの」
確かに名前が長いし、絶対に一度じゃ覚えられないよな。
「俺も似たようなもんだから、全然気にしないでくれ。
名前は、ザグラアトラス・セントゥム・フェリガル。
俺も一応貴族だけど、男爵の3男暴だからほぼ平民だ。
名前は長いだろうから、ザグラでいいよー」
「私もミルキーって呼んで。
これからよろしくね、ザグラ」
「ああ、よろしく」
手を差し出すと、彼女も笑顔で握手をしてくれた。手は普通の女の子って感じの柔らかさだけど、爪は長い気がする。
「ミルキーは留学で来たんだよな?」
「そうよ、国同士、お互いに交流を持ちましょうって。まあ、生贄みたいなもんね。交換留学というわけでもないし、人族だらけの学園に来たい子なんていないし、獣人族は一部の魔法を除いてからきしだし。
結局、色々あって魔法を使える私が選ばれたってわけ」
本当に来たくなかったんだろうなー。
めっちゃ嫌そうな顔して、腕擦ってるし。
「それは災難だなー。
でも、どうして俺に声を?
人族とは仲良くしたくなさそうだった感じだけど」
自己紹介の時、すげぇツンツンしてたからな。
おかげで顔を見ただけじゃピンと来なかったぞ。
周りの空気もピリピリしてたし、俺の時は違った感じで嫌な感じだった。
「あなたから獣人の匂いがしたの。
私への視線も嫌な感じがしなかったから、味方だなって」
「おお、さすが獣人、気配に敏感だ。
いるいる、俺の領地にも獣人たち。みんないい人ばっかりだよ」
「ふふ、そういってくれると思った。
でもね、一番の決め手はあなたから嫌な臭いがしないこと。
獣人たちを本当に対等な関係だと思ってくれてる匂いがするの。
人族にも素敵な人がいて安心したわ」
まじかよ、匂いでそういうのも分かるのか。
人間関係には困らないチートスキルじゃね?
領地の獣人たち、誰も教えてくれなかったな。
「そういうのも分かるのか、獣人ってすげーんだな」
「獣人を嫌ったり下に見てたり、物としてみてるのとか、匂いで丸わかり。
ここは臭くてしょうがないけど、あなたの隣は良い匂いがするから、安心したわ」
「そら、ようござんした」
俺の言葉が面白かったのか、ミルキ―はくすくすと小気味よく笑う。
「ええ、ようござんしたよ。
あなたって変わってるけど、面白くて素敵ね」
「そうか?
友達には適当な奴だって呆れられてるぞ」
「根が腐ってる嫌な奴よりマシでしょ。
あなたの友達も今度紹介してよ。あなたの友達なら、私も友達になりたいし」
「もちろん」
「お前ら、あまり喋るなよ。クラスの空気が汚れるだろ?」
ーーくすくす
ーーいい気味
ーーさすが、バーザス様
なにこのテンプレ的な展開。
全く望んでないから静かにして欲しいんだが。
どこでもそうだけど、嫌なら関わらないで放っておいてくれー。
こっちの人間って、上にはぺこぺこで、自分たちより位が下の人間には態度が悪すぎるんだよ……。
陰湿+堂々と嫌がらせしてくるから本当に嫌になっちゃう。
「ミルキ―、放課後空いてる?」
「え、ええ、空いてるわよ」
「じゃあ、どっかでかけようぜー。
せっかく王都に来たんだから、楽しいことも経験しとかないと損だろ?
別に外出しちゃダメなんて言われてなかったし」
「えっと、そう、ね」
ああ、あからさまに無視してるからミルキー驚いてるよ。
そうだよねー、獣人だから聴覚もいいはずだし、俺より格上の貴族だって分かるよな。
「つか、Aクラスの場所知ってる?
友達がそこにいるんだけど案内とか頼めたり……」
「えっと、学内の道は把握してるから大丈夫よ」
「なら、行こうぜ。これ以上こんなところに居たら」
「貴様、無視とはいい度胸だな!!」
「こういう残念なやつが煩く喚くから」
「貴様!!!」
ーーぶん
すぐ暴力に頼る。
人を傷つけちゃだめですよって、ママに教わらなかったらしいな。
まあ、こういう時は……。
そうだな、大恥かいてもらおうか。
「おっと」
「な!」
ーーっど、っが、ずごーん!!
ーーきゃああ、バーザス様!!
ーー大丈夫ですか、バーザス様!!
「え、なにあれ」
「ウワ、ヒトリデコケテルアイダニニゲルゾー」
ミルキーの腕をとって、教室から逃げる!
「あ、ちょっと」
「貴様ああああああああ!!!」
あー、おもろ。
よくもまあ、恥ずかしげもなく大声出せるよなー。
「道案内頼んだ!」
「あ、えっと、Aクラスはこっちよ」
「さんきゅー、いこうぜー」
追ってこられても困るから、追加しとこ。
ーーお前ら、まてって、うわああ!
ーーなにして、ああああ!
はは、めっちゃ滑るじゃん。
君たち、ちゃんと体も動かさないと怪我しちゃうぞと。
俺はミルキーの案内の元、急いでAクラスに向かう。
「ねえ、さっきの魔法?」
「え、そうだよ」
「校内では魔法が使えないはずじゃ」
「まあ、出し難いけど魔法なら使えるよ。ちょっと多めに魔力使うし、バレないように隠蔽するのは面倒だけど、できないことはない。よし、ここまでくれば問題ないか」
ミルキーの腕を離して、ゆっくりと歩く。
「あなた、なんでCクラスなんかに」
クラス以上の実力があるとお見通しですか?
まあ、ミルキーになら言ってもいいか。
「手を抜いたからね。EとDクラスだと座額の授業とか多いし拘束時間も長いから面倒だし、かといってBクラス以上になると自由は多いけど貴族の人間関係に巻き込まれてしんどいらしい。そうなると、Cクラスが一番融通が効くって姉ちゃんに教わったんだよ。まあ、クラスの雰囲気は最悪だけど、一人くらいなら友達も見つかるかもだし、最悪見つからなくても俺なら平気って姉ちゃんが言ってたから」
「あなたって……本当に面白いわね!」
「ははは、満足そうで何より」
こんな青春してるのに、恋に発展しないのがマジで悲しいけど、楽しいからいいか。
俺の運命の相手はどこにいるかなー。
まあ、こんな闇の巣窟で見つけなくてもいっか。
俺は貴族より平民の心の綺麗な子と結婚したいし。
もうね、この世界の人たちって顔面偏差値高すぎて、すごいんですわ。
まあ、そんな話はいいか。
隣にいる子が笑ってるんだし、それでよし。
「あー、笑った笑った。
あ、Aクラスはあそこだよ」
「おー、ついたか」
さて、アイツはいるかなー。
廊下ですれ違ってないってことは、クラスにいるんだろう。
「あんまりいい空気じゃないかも」
「え、マジ?」
聴覚いいな、さすが獣人。
すぐそことはいえ、俺は何も聞こえん。
「止まって」
「ん、魔力の反応?」
ーードカアアアン!!
ええ……ドアが吹き飛んで、人が吹っ飛んできたんですけど……。
ナニゴトデスカ??
壁に打ち付けられたイケメンは、ぐったりと動かない。
数人がイケメンに集まって、慌てた様子で声をかけている。
「……」
「気絶してる」
「不意打ちだったのかもなー……それよりも」
夥しいくらいの魔力だな……魔力暴走してる。Aクラスだから優秀だと思ってたけど、そうでもないのか?
気になるな……。
他クラスに入るのって、変に勇気いるよな。しかも、上位貴族のクラス編成だろ?
入っただけでとやかく言われそう。
アイツもいることだし、魔力暴走くらい抑えられると思うけど。
「ザグラ、いるな!!」
え、そんなに余裕ない感じ?
「いるぞー」
「手伝え、俺では殺してしまう可能性がある」
「他の奴は……ダメか」
グライド以外は彼女の魔力に怯えても居るが、どちらかと言えば敵意の方が強いな。絶対に助けないという意思を感じる。
はぁ……。
どこのクラスも人間関係は面倒くさそうだと思ってたけど、ここはさらに酷い気がするな。
「とりあえず、何でもいいからこの溢れてる魔力を抑え込んでくれ」
「任せろ」
グライドが無理矢理魔法を使う。
魔力暴走を発生させてる生徒を覆うように岩魔法が創られる。
「っち」
いつもより魔法の使い方が大雑把なのは、学園が結界で魔法の使用を制限させてるからだろう。ある程度、魔力が必要だったり、魔法の扱いがうまくないと出せないようにされてる。
襲撃の大作や、生徒の身を案じての結界なんだろうけど、今みたいな緊急時には向かないよなぁ、この結界。
「すまない、ここは乱れる」
「問題ないよ。刺すような魔力を全身に浴びるよりマシだから。
俺の手が入る大きさでいいから、穴を開けてくれ。あー、穴は反対に斜め方向で頼むぞ。
窓側かつ空に放たないと、溢れた魔力が一気に吹き出てきて廊下の奴と同じことになるから」
「簡単に言ってくれる……ここでのコントロールは難しいというのに」
「お前ならいけるって。
あと、俺があれ発動したら、岩に蓋しろよ」
「はぁ……一気に行くぞ」
「あいよー」
一気に発生源に近づいて、窓を開ける。
「いいぞ」
「ふん!」
岩の魔力に穴が開き、岩の壁に圧縮されていた魔力が放出される。
うへー……これに手を入れるとか本当に嫌なんだよな。痛いのは慣れてるからって、痛みがないわけじゃないんだから。
「いってー」
砂嵐の中に細かい無数の針が混じって刺されてる感じ。
痛いのは変わりないんだから、さっさと終わらせないとな。
さて、発生源の生徒は……いたいた。
これは腕かなって……女? え、これってセクハラとかで訴えられない?
……いや、考えるのはやめよう。
問題が起きてもグライドがいるし、最悪辺境伯が笑って解決してくれる。
よし。
まず、魔力暴走を抑えるには相手の魔力を全て空っぽにするか、無理矢理抑え込むかの2択なんだよな。
でもそれだと、発生源の子に良くない影響が残ることがあるから、できればそれもやりたくない。
はあ……覚悟決めろ、俺。
痛いのは嫌いだけど、人が死ぬのは後味が悪いだろ。
よし、行くぞ。
【身代わり】
お、真っ暗になったか。
なら、位置の交換も成功したな。
「すげー魔力」
今魔法を今にも壊しそうな勢いで暴れている魔力が俺にも入り込んでくる。
すげーな、こんな暴力的な魔力を体に抑え込んでたとか尊敬するわ。
まぁ、自分の魔力なら体は傷つかないから、自分がどんな狂暴な魔力を持ってるかなんて知らんか。
暴走した魔力だけをがっつり奪ったから、外の彼女から魔力が暴走してる様子はなさそうで一安心。
さて、体が壊れる前に抑え込むか。
つか、さっき魔法を使って魔力消費してて良かったな。
思った以上に魔力が多い。調子に乗って身代わりになったけど、想定してたより中の魔力が多かったわ。
危ねえ、一歩間違えば弾け飛んでたわ、俺……え、何それ超怖い。
「ふぅ……集中しろ」
魔力暴走を抑えるのは簡単だけど難しい。
要は、爆発した感情を抑え込んで冷静になればいいって感じだ。
怒ってる時、一呼吸置けば怒りが軽減されるってよく言うだろ。あれの魔力バージョンだな。
ーーどうしてみんな私を避けるの
ーーどうしてみんな、私の悪口を言うの
ーーなんで意地悪するの
ーーなんでそんな酷いことを言うの
ーーなんで、なんで、どうして、どうして!!
ーーコワシテシマイタイ、コンナセカイ
ーースベテヲコワシタイ
魔力が感情で暴走する理由がわかるよな。魔力を通して彼女の心が見えてくるんだから。難しいことは分からないけど、きっと、魔力と感情は2つで1つみたいな扱いなんだろう。
まあ、そりゃ何もしてないのに悪意に晒されるのは誰だって辛い。むしろよくもまぁ、こうなるまで耐えてたもんだよ。
ーーコワセコワセコワセ
ーースベテヲコワセ
「はぁ……」
とはいえ、俺までこの感情に流されたらおなじことの繰り返しだ。
「ふぅー……」
同調で湧いてきた怒りを抑え込んで、周りの魔力を自分の魔力に合わせて体に戻していく。
「いてて……」
他人の魔力を自分のものにするのは、はっきり言って力技だ。型の合わないブロックを無理やり型に通してるもんだからな。
無理やりということは、当然痛みが伴っているわけで……。
正直めちゃくちゃ痛いけど、繊細にゆっくりと徐々に、徐々に自分の魔力にしていけば……よし、抑え込めたな。
「グライドー」
「助かった」
「いいって、それより痛すぎて涙が止まらないんだけど……」
「そんなに……だな」
俺の姿を見て、ものすごく哀れんだ眼をしてくるんだが?
あ、これあんまり見ないほうがいいやつだ。見て、隣のミルキーのものすごく痛そうってチラ見しかしてこないの……怖い。
「医務室に行くぞ、凄いことになっている」
「たのむわー。ミルキー、遊びはまた今度でいいか?」
「いや、その状態でよくそんなこと言えるわね。
ちゃんと治してもらいなさい、私はこの子を運ぶから」
ミルキー、軽々と彼女をお姫様抱っこしてる。
何この子、かっこよすぎ。
「ありがとな、ミルキー。
なあ、グライド、俺もあれで運んでくれ」
「……はぁ」
「うお……いや、俺、米俵じゃないんだけど」
怪我人を肩に乗せないで……イタイ。
うわ、腕から骨見えてるんですけど!?
「あのー」
「文句言うな。
あと、腕は見るな」
「……言うのが遅いっす」
見るのと考えるのやめよ。
それにしても入学早々、大変なことになったなー。つか、先生とかくる様子なかったけど、ここってそういう学園なの?
教師までそういう感じ?
マージで嫌な学園、怖いわー。
「うぅ、痛いよ」
「騒ぐな」
「ぴどい」
「失礼しまーす」
「ほら、着いたぞ」
医務室に行くとめっちゃエロい先生に優しく叱られた。
デレデレしそうなのを我慢してたはずなんだが、なぜかグライドに頭を叩かれましたとさ。
……俺、超怪我人なんですけど。
怪我を治療してもらい、そのまま寮に帰る。
それにしても医療室の先生マジで妖艶って言葉が似合うほどエロティックだった。
心なしか治療の速度が上がった気がするし、怪我するのも悪くないわー。
「……寝るか」
さすがに今日は疲れたし、馬鹿なこと考えないでさっさと寝よ。
明日は学園休んでいいらしいけど、やることもないしな。
「ふぁああ」
明日こそ、ミルキーたちとでかけよう。
~次の日:個室寮にて~
『悪魔の家の一族だ』
『見て、悪魔の色の瞳よ』
『気味の悪い瞳孔ね、本当に人なのかしら』
『近づいたら呪われる』
『一家の中で、アイツだけが呪われたんだ』
『なにあの魔力、物騒ね』
『公爵様も、公爵夫人も大変ね、忌子を産んでしまって』
ーークスクス
ーークスクス
ーークスクス
『人類のためにさっさと死ねよ【悪憑き】』
(ワタシダッテ、コンナ目ナンカキライ!)
(ワタシダッテ、コンナ姿デウマレタクナカッタ!)
(ジブンガキライ)
(デモ、ワタシ二アクイヲフリマクヒトガモットキライ)
(コンナセカイナンテ、コワレテシマエバイイ)
(コワレナイナラ、ワタシガブッコワシテヤル)
「……はぁ、最悪」
寝覚めは最悪。
昨日の子の記憶かな。
魔力を奪った時に、感情も入ってきたから、副作用みたいなもんか。
過去に何があったかは知らんけど、貴族ってやっぱりゴミしかいないのかな?
「……はぁ、やめやめ」
俺も変われたのはここ来てからだし、文句言えるほど立派じゃないんだから。
前世の記憶があるってのも、厄介やよなぁ。
「辞めちゃだめよ、学園」
ん、布団から人の気配。
金髪の髪に、小麦色の肌が見えるって……またか。
「……ギャウラ、主の布団に入り込むのはどうなのよ」
このメイド、顔も雰囲気もクッソエロいから、マジで朝立ちしてる最中に潜り込まないで欲しい……。
襲いたくなるでしょうが!!
「いいじゃな〜い、貴方と私の仲でしょ?」
「いや、そうだけども、そうじゃないのよ!?」
ーージリリリ
「あら、お客様。
意外、入学早々あなたにお友達ができるなんて」
「え、グライドじゃないの?」
「違うわ、彼なら扉を破壊する勢いでノックするでしょ」
「それもそうか」
うーん、ということはミルキーかな?
でも、彼女は真面目そうだし、男子寮には流石に来ないと思うけど。
え、もしかして昨日俺に喧嘩売ってきたやつかな?
……まずい!
「ギャウラ、早まるな!!!」
「なによ、せっかく連れてきてあげたのに」
「へ?」
「……おはようございます」
女性にしてはちょっと低い声だな。
せっかくのいい声なのに、小さくて聞き取りにくいけども。
「え、あ、おはようございます?」
つか、見たことない子だ……。
俺のクラスにもいなかったぞ、こんなかわいい子。
いやまて、実はいたパターンかもしれん。
ーージィィ
髪の色は黒に近い深い青色。髪はウルフっぽい。瞳の色は綺麗な黄色で瞳孔がちょっと横長っぽい気もする。花みたいな目だけど、猫っぽくもある……綺麗だ。でも、獣人ではないよな。つか、まつ毛がなが、口ちっさ、鼻小さ、顔も小顔だ。なんだこの純粋無垢な表情、本当に貴族か?
「知り合いじゃないの?」
「いやー、その、申し訳ないけど見たことないというか」
「あら、あなたストーカーってやつ?」
「ちが」
やだ、この子本当に怖い。
ここ、貴族の学園なんですけど?
俺の家なんかより格上のお家ばっかよ?
見て、あのキチンとした姿勢。
絶対、うちより格上のお家の子だからな!
「……」
ふぁ! ギャウラ見て!
後ろに控えてるメイドさん、俺とお前をめちゃくちゃ冷めた目で見てくる!
あー、本当に胃がキリキリするぜ。
んでもって確信した……連れてくるメイド間違えたー!!
「やめなさい、ギャウラ。失礼でしょうが。ごめんねー、うちのメイド教育がなってなくて」
「あら、私は主様からたーっぷり教育を受けてるわ」
「話がややこしくなるからヤメテネ?」
「その……昨日魔力暴走を止めてもらった者です」
「あー……昨日の」
最も厄介な相手来ちゃああぁぁぁ!
いやね、オラも分かってたさ!?
んだけども、魔法を使うにはしがだなぐ体を触っただけなんよ……。
あんなの助げてとは言われなかったけんども、助けるしかないでしょうが!
「あの、昨日はありがとうございました。
医療室の先生からお話を聞いて……腕、治ってよかったです」
「え、あー、うん。
それはようござんした」
「……」
「……」
「ぁの「やだー、何この空気、超気まずいんですけど〜」
このギャルメイド、ケタケタ笑うな!
お前は少しでもいいから空気を読めや!
なんで君はこんなに空気が読めないのかな!?
今、ご令嬢が話そうとしてたでしょうが!!
「ギャウ」
「お嬢様、少し口を挟んでも?」
「えっと、うん」
はぁぁぁあああ!
主人より前に出ることのないメイドが堪らず前に出ちゃったああああ!
「そこのメイド」
「えー、なんすか?」
「さっきから黙って聞いてれば、主様に向かってその態度は何ですか?
お嬢様が勇気を出して話そうとしているときに口を挟むとは。先ほどの発言と合わせて我慢できません。
お嬢様をストーカー扱い? お嬢様を助けていただいたことは感謝していますが、口の利き方がいささか雑だと思われます。そこのメイドの態度が悪いのは、貴方様の目上の者に対する態度や、口の利き方がなっていないせいでもあるのです。少しは貴族らしく恥ずかしくない」
「おい」
「態度を……え」
「アタシの主人を悪く言うんじゃねぇよ……殺すぞ、クソアマ」
い、いつのまに!?
動きが全く見えなかったんですけど!?
「うあああああ!
やめてね、ギャウラ! お願いだから、やめて!」
「離してくれる、ザグラちゃん……今、とってもオコなのアタシ!」
Aクラスってことは上位クラスの令嬢だ。
ということは、令嬢について回るメイドもまた、うちより格上のメイドってことになる!
そんな相手を殺したら……流石の辺境伯も許してくれないよ!?
つか、なんちゅうパワーしてるのこの子!
かーなり全力で抑えてるのに、動きを止められないんですけど!!
「なに……今の」
「カウラ、私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、助けた相手を貶してはいけませんよ」
「!! 申し訳ございません、お嬢様」
「私にではなく、ザグラアトラス・セントゥム・フェリガル様と、彼女に」
「……はい、お嬢様」
ああ、ちゃんと喋れるのか、この子。
って、なんて失礼なことを考えてるんだ、俺!!
これじゃあ、人のこと言えたもんじゃない。
って、そんな場合じゃないかも!?
「ザグラアトラス・セントゥム・フェリガル様、それとギャウラ殿……申し訳ございません」
「きゃああああ!
頭を上げてください!
どう考えても、こちらの落ち度ですから!!
つか、ギャウラ、頼むから落ち着いてもらっていいかな!?」
「やだやだやだ!
うち、絶対コイツ許せない!!」
だった子モードきたあああ!
急に子供っぽくなるのやめてください、お願いだから!!
これ以上、辱めないで!!
ええい、かくなる上は!
「お2人とも、目を瞑るか、後ろを向いてもらっていいですかね!?」
「え、あ」
「はやく!!」
「はい!カウラ」
「はい、お嬢様」
よし、見てないな!
「ギャウラ!」
「はーなーしーてーー!!」
秘儀!
ーーチュ
「ふぇ」
頬にキッス!!
「……へへ、えへへ」
よし、収まったな。
コイツをここに置いておくと話が進まない。
「よっと」
「えへへ、あ~る~じ~」
本当に、子供みたいなやつだよな~。
情緒不安定過ぎて、おじさん心配になっちゃう。
「はいはい、このベッドを使っていい子で待っててね~」
「はーい!」
よし、一個目の問題は解決したな。
さて……もう一つの問題を解決しに行かねば。
「お待たせしました……すみませんね、彼女も色々あるので」
「いえ……突然押し掛けた私が悪いので、気にしないでください。
あと、今更で申し訳ないですが、自己紹介を」
おお、綺麗なカーテシーだ。
さすが、上位貴族って感じがする。
「わたくし、ララアシュリー・ドゥオクス・ウィザルドです。
以後、お見知りおきくださいませ」
うへー、やっぱり上位貴族じゃねぇか……。
しかも、ウィザルド家って、確か公爵家の中でも結構偉い立場だった気がする。
俺が知ってるくらいだし。
「俺はって、知ってたか」
「はい、助けて頂いた恩人の名前は頭に入れております」
「あはは、そりゃどうも」
「いえ、当然のことですので」
……う、まずい。
また、あの気まずい状況が生まれてしまう。
「……えっと、ご用件は昨日のことで?」
「は、はい…」
「だとしたら、本当に気にしないで大丈夫なんで。
お礼の言葉も受け取りましたから」
「いえ、言葉だけではお礼のおの字も入りません……カウラ」
「はい、お嬢様」
メイドのカウラさんが俺の前に出てくる。
「先ほどは本当に申し訳ございません」
「いやー、こっちも悪いので、起きになさらず」
「感謝いたします。
こちらは、先ほどの謝罪ではなく、昨日のお礼でございます」
お、空間付与付きのポーチ持ってるのか。
流石、上位貴族のご令嬢お付きのメイド、支給されるものが別格だ。
つか、お礼の品デカくね?
「は、はあ、では遠慮なく」
うわ、箱を包む布、めっちゃ高級な素材使ってるな。
触り心地がとてもいい。つか、なんかめっちゃ重くね、この箱。
中身はお菓子かな?
お礼にはお菓子が定番って、誰かが言ってたもんな。
お菓子にこんな大それた箱も用意しないといけない上位貴族も大変だ。
今度はウィザルド公爵令嬢が前に出てきた。
今度は何ですか……。
「す、少ないですが、受け取っていただけますと幸いです」
中身が少ないのだろうか?
それは別に気にしなくてもいいのに。
「中身を確認してもらってもいいでしょうか?」
「開けていいんすか?」
「もちろんです。中身を確認していただかないと」
なら、遠慮なく。
うわ、箱も高そう……、吸い込まれそうなほど黒い重箱だ。
とんでもなく高価なお菓子が……。
「父には手紙を出しましたので、追加のお礼も届くかと」
「えっと……これは」
「? 金貨です。手元にあったのがこれしかなかったので、申し訳ないです」
金貨……。
いち、じゅう、ひゃく……。
ふう、気のせいだな。
一回蓋を閉じて……深呼吸しよう。
よし、もう一回。
いち、じゅう、ひゃく……ふぁ!!
「いやいや、受け取れませんって!」
「そういうわけにもいきません。命を助けてもらったからには、お礼をしなければ公爵家の恥というもの」
「いや、でもこんなに」
「いえ、これでも少ないです。
本来なら父に会ってもらい、直接お礼をと考えておりましたが、学園の規則上、それも許されませんので」
……まいったな。
これじゃあ平行線だ。
どうにかしなければ。
「えっと、本当に受け取らないとダメですかね?」
「その、やはり嫌でしょうか……忌子の私から物を受け取るというのは」
「へ?」
いや、それは関係ないけど……ぎゃあああああ!
私服をぎゅって掴みながら、泣きそうになるのやめて!
うわ、メイドさんまで顔を俯いちゃった!
なんだか、俺がいじめてるみたいになってるうううう!
心が、心がイタイでござるうううう!
「い、忌子なんて、そんなこと微塵も思ってないですよ!
ご令嬢は学園内でも1、2を争う美しさなんですから!」
「ふぇ?」
「いやー、嬉しいな! 金欠だし、とっても助かりますよ、はい!」
「で、では、受け取ってもらえますか?」
うう、なんて邪気のない眼差し。
よし、受け取ろう。
金はあって、困るもんじゃないしな!
「もちろんですよ!
ああ、せっかくだし、今日の放課後とか俺の友人と一緒に街ブラとかいかがです?」
「マチブラとは、なんでしょうか?」
そうか、普通の上位貴族は街をぶらつかないのか。
つか、王都に住んでたら、観光もクソもないよな。
「あー、要は観光ですよ。
せっかく王都に来たのに、学園にいるだけじゃつまらないでしょ?」
「わ、私なんかが、本当によろしいので?」
「え、そりゃもちろん」
「……」
えええええ!
結局泣かせちゃったんですけど!?
「お嬢様、こちらを」
「ありがとう、カウラ」
き、きまずい。
ああ、こんな時、ギャウラがいてくれれば!
いや、それは最終手段や。
どうすればいいか分からなかったので、しばらく待つことに。
少しして涙が落ち着いたのか、令嬢は赤くはらした目で前を向いた。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いや、そんなの気にしないでくださいよ。泣きたいときは泣いたほうがいいし」
「ありがとうございます……その、街ブラとやら、私もご一緒させてください」
「もちろんですよ。
えっと、そうだなー。じゃあ、待ち合わせは放課後の校門前で。
クライドと一緒に来てください。あ、グライドゾイ・トレリス・ガーディアン辺境伯令息がアイツの名前なんで。見た目はめっちゃごつくて、赤黒い短髪で、顔がいかついやつなんで、すぐわかるかと。俺はもう一人の友人をとっつかまえにいきますから」
まあ、アイツは目立つし大丈夫だろ。
たぶん、普通の貴族と違って、偏見とかないし。
魔力暴走が起きた時も、何が起きてるのか理解してなかったし、俺らが吹っ飛ばされた人を見てる間に教室に戻ってきたっぽかったし。
「分かりました。
朝から、お邪魔致しました。それでは、また放課後に」
「はい、また」
よし、終わった。
ふう、なんか凄い気疲れしたけど……。
「まあ、嬉しそうでよかった」
最後の表情、すんげー可愛かったなぁ。
笑えない理由があるんだろうけど、やっぱり明るい表情の方がいいよねー。
「さて、アイツは」
「……でへへ、あーるーじー」
「……よし、飯作ろ」
昨日の怪我のおかげで、休んでいいことになってるし、休日を満喫しましょうかね。
~放課後~
「おいすおいすー」
「ザグラ、体調はもういいの?昨日は凄く青白い顔してたけど」
「血を流しすぎただけだし、もう平気ー」
「そう、ならいいわ。
ところで、このお誘いはあなたよね?」
お、うまく手紙を運べたか。
目的の相手に届け物をする郵送魔法、便利だろ。
「そうそう、クラスに行くわけにもいかないし、手紙を送ってみた」
「本当に器用なことするわよね、あなた。
一応、学園では魔法がつかえないはずなんだけど」
「まあ、使えるなら、使っていいでしょ」
「まあ、そうね」
そういえば、昨日の仕返しとかされてないか?
色々と面倒なことにしちまったし、ひとまず聞いてみるか。
「ミルキーは、特に何もなかったか?」
「私はさぼったわよ」
「え、そうなの?」
「ええ、今日は魔法の実技って話だったし、実技は問題ないからいいかなって。
何されるか分かったものではないから」
まあ、正しい判断かもしれない。
学園と言っても、ここは魔法の実技をメインとした魔法学園だしな。
あの様子じゃあ、女にも手を上げるタイプだろ、あのバカーダみたいな名前のやつ。
「それもそっか。じゃあ、部屋に行ったのか、あの手紙」
「そうよ、いきなり手紙が入ってきて驚いたわよ。
あなたの匂いがしたから、開けるのに躊躇はなかったけど」
「え、手紙にまでつくもの?」
「ええ、分かりやすいわよ、あなたの匂い」
「臭くない?」
「良い匂いよ」
「ならいっか」
「気にするところ、そこなのね」
「え、それ以外ある?」
「んー、たしかにないのかな?」
「ザグラ」
「ん?」
「あ、昨日の子」
聞き馴染みの声がすると思えば、来たな。
「これは、どういうことだ?」
「なにが?」
「なぜ、彼女を?」
「今日、わざわざお礼をしてくれたから、誘ってみた」
「そうか」
いつも通り無表情すぎて、何考えてるか分からんなグライドは。
「なに、嫌なの?」
「いや、お前の無礼に目を瞑ってもらえるか心配なだけだ」
「大丈夫、もうギャウラが色々とやらかしてくれた後だから」
ああ、可哀想に、目頭抑えちゃって。
「……殺してないだろうな」
「危なかったけど、大丈夫だった」
「ならいい」
いいんだ。この一族は懐の深いやつしか生まれてこないのだろうか?
良いやつすぎて泣いた。
ん、なんか、突かれてる。
「ねえ、2人で話してないで紹介してくれないかしら?
私たちの共通してる友人って、ザグラしかいないんだから」
「おお、確かに、悪い悪い」
「とはいえ、ここではなんだろう。
どこか店にでも入ろう、自己紹介はそこで問題ないだろうか、ご令嬢?」
ふふ、コイツが丁寧な言葉使ってるのおもろ。
やべ、睨まれた。
「ええ、もちろんよ。そこの子もそれでいいかしら?」
「は、はい。私はどこでも大丈夫です」
「じゃあ、さっさと店選びしましょう。
手紙が来てから、わくわくしてたのよね」
「じゃあ、おすすめを頼む、グライド」
「女性が好む場所を知らないのだが」
……あれ、詰んだくね?
「……あの、それでは私の馴染みの店はいかがでしょう」
「おお、いいねー、さすが公爵令嬢」
「お前な……」
「いえ、大丈夫ですよ、ガーディアン辺境伯令息」
「すまないな、ウィザルド公爵令嬢」
「公爵の子なのね、こっちのカッコいい人は辺境伯、名だたる貴族ばっかりね」
「俺を除いてね」
「たしかに、面白い組み合わせね」
「そういえば、ミルキーの国にも位とかあるのか?」
「あるわよ、私はベアッド。って言っても分からないわよね。
上から三番目くらいの家系よ」
ということは、グライドと同じくらいか。
あれ、俺以外、凄い家の出ばっかりでは?
「はは、俺以外みんな上から数えた方が早いの笑える」
「お前さんくらいだろ、笑い話にするのは」
「そこがいいところよね、彼の」
「そ、そう思います」
自己肯定感、バク上がりですわ、このメンツ。
最強かな?
各々好き勝手に話しながら、ウィザルド公爵令嬢の後についていく。
もはや自己紹介もいらなそうなくらい、仲が深まっていってる気がする。
「えっと、ここです」
「うわ、かわいい!」
「うむ」
「へー、いいね」
白を基調とした店だ。
超高級店って感じがしないのもいい。
店選びのチョイスが天才的だ。
早速中に入る。
店主と仲がいいんだろうな。
店はそこそこ繁盛しているが、個室に案内された。
「個室なんて偉くなった気分ね」
「ミルキーは実際偉いだろ」
「私はただ貴族の子供ってだけだから、偉くはないわよ」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
「まあ、堅い話はいいだろう。
ザグラ、お前が回してくれ。今日の主催はお前さんだろ」
「それもそうか。では早速」
げふんげふんと。
「えっと、とりあえず昔から仲のいいグライドから頼む」
「分かった。
グライドゾイ・トレリス・ガーディアン、上から三番目の家系の息子だ。
よろしく頼む」
「堅物って感じの見た目だけど、本当に根はいいやつなんだ。
2人とも、仲良くしてやってくれ」
さっぱりとした深みある赤い短髪、キリっとした眉に、猛禽類を想像させるハンターの目つき、至る所に見える細かい傷跡はアイツの努力の証。
まあ、とにかくカッケー漢だ。
「はあ、お前はもっと他のいい方はないのか」
「なんだよ、誉め言葉だろ」
「まあ、いい。次頼む」
「おけおけ、次はミルキー頼む」
「はーい」
ミルキーはわざわざ立ち上がって、腰に手を当てて胸を張った。
「我はミルキー・ベアッド!
ベアッド家の三女である!上から三番目の家系だ!
皆の者、よろしく頼む!」
「え、どしたの?」
「これが獣人国の正式な挨拶よ」
なにそれ、可愛い。
「堂々として素敵です」
「でしょ、やっぱり獣人は堂々としてないとね!」
「はい!」
女性二人が盛り上がり、男は目のやり場に少し困った。
なんというか、胸のある子がやるのはあまりよろしくない気がする。
「彼女は良いやつとか、悪いやつを臭いで判断できる特技がある。
ここにいるってことは」
「ええ、みんないい子ね!
自信を持っていいわ。獣人の嗅覚はだてじゃないのよ!」
「凄いです!」
「ふふん、でしょ!」
まあ、楽しそうで何より。
「とうことは、クラスは地獄のような臭いだろ」
「そうね、悪臭よ、悪臭。
でも、ザグラは良い匂いだし、彼と行動してれば平気」
「ふん、俺は良い匂いらしいぜ、グライド」
「良かったな」
「グライドも良い匂いよ」
「そ、そうか」
お、ちょっと嬉しそう。
顔には出ないけど、行動に出るからなグライドは。
「えっと、では最後にウィザルド公爵令嬢頼む」
「はい。では、わたくしも」
彼女も席を立って、綺麗なカーテシーを見せる。
「ララアシュリー・ドゥオクス・ウィザルドです。
家の位は上から二番目ですが、あまりに気にせず接してもらえたらと思います。
そ、その、私も皆さんのこと、名前でお呼びしてもいいでしょうか!?」
うお、最後だけ唐突に大きい声。
そんなに緊張することなのか、名前で呼びたいってのは。
「もちろんよ、私たちもララアシュリーって呼ぶわ」
「できれば、ラシュリーとお呼びいただけると……その、親しい者はみなそう呼んでくれるので」
「もちろんよ、ラシュリ―! 私も呼び捨てで呼んでくれると嬉しいわ」
「は、はい、ミルキー!」
なんて、スムーズな会話運び。
コミュ力の塊だぜ、ミルキー。お前がいて、本当に良かった。
「その、お2人も大丈夫でしょうか?」
「もちろん。俺も短くザグラでいいよ」
「ああ、問題ない。俺もグライドでいい」
「はい、ザグラさん、グライドさん!」
「よろしく、ラシュリー」
「よろしく頼む、ラシュリー」
「は、はい、よろしくお願いします!」
なんでちょっと泣きそうなの。
そういえば、人が苦手そうだったもんな。
俺のところに挨拶来た時も震えてたし……過去の記憶が原因だろうけど。
ということは、俺たちが初めての友達ってことか……。
う、彼女の気持ちを考えたら、こっちまで泣けてくる。
「何してる」
「ちょっと涙腺が」
「お前さん、涙が出るのか?」
「失礼な奴だな」
「す、すまん」
なんでそんなに驚いているのかな?
俺だって、人の子だから涙位出ますけど?
つか、過去の記憶が見えたこと、言ったほうがいいよな……。
帰りに少し話してみるか。
朝はあっちが謝罪したが、今回は俺がしないとな。
「じゃあ、いっぱい頼んで、いっぱい楽しみましょう!
これも何かの縁ってやつだし!」
「は、はい、みなさんとたくさんお話したいです!」
「よっしゃー、早速いろいろ頼もうぜー」
「メニューを見ていたが、うまそうなものばかりだ」
「ここは何でもおいしいですよ!」
「それはいいな」
うんうん、なんか青春って感じでいいな。
今は思う存分楽しむことにしよう。
~個室寮前~
帰りは少し遅くなったが、門限には余裕で間に合った。
盛り上がったからっていうのもあるけど、少し遅くなった要因に誰が支払うかで揉めに揉めたことが入ってたりする。
女性2人が払う払うと言いあっていたが、グライドがそれを無視して会計を終えていたというイケメン行動。
かっけーぜ、グライド。
え、俺?
三人の言い争いを傍目で見てました。
財力で男爵が勝てるわけないし、ラシュリーにも止められたんで。
生まれの格差、ここにきて改めて理解させられたって感じでしたわ!
「奢りサンキュー」
「あれくらい気にするな」
「さすが、全てが広い男」
「なんだそれは」
「適当に言った」
「ふ、おかしなやつめ。
では、俺は先に帰らせてもらうぞ」
「へ、一緒に帰るが?」
「ラシュリーと話があるのだろう、視線でバレバレだ」
えー、そんなにわかりやすかったですかね……。
ということは、本人にもバレてる。
いや、なんなら全員にバレているという事か。
「……貴族、怖いよ」
「俺も貴族の端くれということだ。
……無いとは思うが、手は出してくれるなよ」
「誰が出すか!!」
「ふ、それもそうか……ではな」
「ういー、おつかれー」
さて、話に行くか。
ストーカーみたいで嫌だけど、彼女が今いる場所、女子寮じゃないみたいだし。
ということは、やっぱりバレてるっぽい。
はあ、覚悟決めて行きますか。
~中庭~
「お待ちしておりました」
「……」
月明かりに照らされながら、彼女はベンチに座って待っていた。
月の光に照らされているからなのか、黒に近い青色は、まるで星空満点の夜空のように綺麗だ。
瞳の色も、淡い光に照らされて、なんだか神々しい。
にこりと微笑む彼女は、今まで出会ったどんな人よりも美しく見える。
どこかの女神みたいだ。月の女神、みたいな。
「ザグラさん?」
「ッ!……あー、やっぱりバレてた?」
息も忘れるくらいに、見惚れていたのか、俺は。
慌てて返事をしたが、バレてはなさそうだ。
「ふふ、はい。終わり際、何か言いたいことがあるのだろうと察していました」
「よいしょっと、はは、敵わないな」
さりげなく隣に座ったけど、嫌がられてる様子はない、か。
つか、横顔すら綺麗だな、この子。
「ミルキーにも言われたんです。
部屋に入られたくなかったら、外で待ってることをお勧めするって」
「アイツ、俺を何だと……」
「夜中にこっそり来ると、ミルキーは言ってました」
「……いや、寝込みを襲うとかしようとしたわけじゃなく」
「ふふ、分かっていますが、さすがに夜中に部屋へ忍び込むのはダメですよ」
「うす」
一日で随分と柔らかい表情になったな。
いや、もしかしたら、彼女の素はこんな感じなのかもしれない。
「それでお話とは?」
「あー、そのー……ラシュリーの過去、見ちゃったんだよね」
俺が白状すると、ラシュリーの視線が下がる。
「……過去ですか」
「そう、ラシュリーが他の貴族にいろいろ言われてるの。
俺、隠し事とかできなくて、思ったことは言わないと気が済まないタイプなんだ。
……その、空気を読めないのは分かってるんだけど、ごめんな」
「いえ、大丈夫です。私も悪意の有無は分かりますから。
その夢について、お伺いしてもいいですか?」
「うん、断片的にだけど……」
今朝見た夢の内容と、魔力に触れた歳に感じたラシュリーの思っていることについても白状した。
「そう、ですか……」
「あー、その、嫌なこと思い出させてごめんな」
俺の言葉に、ラシュリーは首を横に振る。
「いえ……ここへ来る前からほとんど毎日夢に出てきますから、どうかお気になさらず」
「え、毎日?」
「はい。学園は、同世代の子女ばかりですので……どうしても、夢に出てくるんです」
「それは……大変だよね」
うわー……自分でも引くくらい浅い言葉しか言えないや。
こういう時、ゲームの主人公ならパッとカッコいい子と言えるだろうけど、俺には無理だ。
「……そうですね。
辛くないといえば、嘘になりますが……もう慣れてしまいました」
なら、どうしてそんなふうに笑うのか。
今までの柔らかい笑みから、ぎこちなく固い笑顔に逆戻り。
今日の朝、あった時の人を全く信用していない顔だ。
「この目が人と違うのも分かっています。
気味が悪いと思っていないのは、私の家族だけでしょう。
悪魔の瞳というより、孤独の瞳ですね」
きっと、そこに自分は含まれていない。
孤独を作った原因の瞳を、彼女自身が許せないのだろう。
「ああ、でも、昨日はその夢を見ませんでした」
「え、そうなの?」
「ええ。久しぶりに快眠できた気がして、不安定だった心が少しだけマシになった気がしました」
この子は、いつから快眠できていなかったのだろうか。
俺はこの世界に来てから、夢を見ないくらい熟睡の日々だ。
夢を見たのは、本当に久しぶりだった。
ただの夢ならまだしも、いつもあの悪夢に魘されるとなると、さぞつらい事だろう。
そういうのを見せない所を見ると、我慢強くはあるようだけど……。
まあ、我慢強いだけだよな。
「そりゃよかった。睡眠は人間に必要不可欠な三大欲求だから」
「そうですね……このような日々が続けばいいのですが」
ああ、それくらいなら……できなくはないか。
「まあ、続くんじゃないか?
これからはもう、1人じゃないわけだし」
「え?」
「えっ、て。何を意外そうに」
「あのそれって」
え、これ言わないとダメ?
結構恥ずかしいんだよな、こういうの。
「その……俺たちもう……」
ぐわーーー、羞恥だ……こんなの恥ずかしすぎるだろ!
いや、目を見なくてもいい、伝えることが大事なんだから!
「友達なんだし、さ。
1人じゃないってのは、案外心強いもんだと思う、ぞ」
抑えろ、口のニヤつき……抑えろ!!
「とも……だち」
「あー、嫌だったら別に……」
俯いたまま動かないラシュリー。
ああ、またやっちまったか。
人を泣かせると、罪悪感半端ないんだよなぁ。
たぶん、いい方の涙なんだろうけどさ。
「……そんな、わ、わ、わ、私たちは友達です!」
「はは、そんなに慌てんなって」
いや、そうだよな。
ちゃんと言わないと伝わらないこともあるんだよな、やっぱり。
ーーさらさら
「ふぁ」
あ、やべ、これって不敬に当たるのでは?
つい、頭を撫でてしまったのだが……。
「?」
よし、咳払いで誤魔化そう。
「……これからよろしく、アシュリー」
さらに誤魔化しついでに、握手をしておこう。
ほら、握手って友情っぽい何かを感じるじゃん。
「は、はい! こちらこそ、お願いいたします」
あ、そうだ。
ついでに安眠の魔法でもかけておこう。
といっても、俺のやり方は少々適当だけど。
【身代わり】
「?今のは」
まずい、流石にバレたか?
よし、ここはわざとらしいが、切り上げよう。
「えっと、じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るわ。
アシュリー、学園内とはいえ、気を付けて帰れよ」
「え、あ、はい、ザグラさんも」
「ああ、ばいばーい」
「えっと、ばいばい」
ふ、ぎこちなく手を振る感じ、可愛いらしくていいね。
なんというか、慎ましさを感じるというか、初々しくて男の心を擽る仕草だよな。
……やっぱり、最後に伝えないとダメだよな。
「ラシュリー」
「はい?」
「俺はラシュリーの瞳、花みたいで綺麗だと思うぞ」
「え」
ここまで言ったんだ。
もうこれは言ったもん勝ちだろ。
「だから、その、もっと胸張って、前を見て、自信を持って大丈夫だ!
あと、もっと自由に我儘に生きろ! どんなことがあっても、俺たちは味方だから!」
なんで俺が胸張って言ってんだよ……。
はは……黒歴史、確定ですな。
「あ、あの」
「じゃ、恥ずかしいからこの辺で!」
「あ、ちょ」
それはもう、全力で逃げさせていただきました。
「はは、顔あつー」
風呂入りすぎたくらい熱いわ。
いやー、青春謳歌してるって感じっするわ、まったく!
死ぬほど恥ずかしくて思わず逃げちまったけど……許してもらおう。
「これで自分のこと、ちょっとでも好きになってくれたらいいな」
なーんて、余計なお世話だよな。
つか、俺は俺で、今日の夜からのこと考えないとか。
今日から見るのは悪夢三昧だろうし。
呪いがかかってるわけではなかったし、自分で自分を縛り付けてるんだろう。
となると、悪の根源を断つには、彼女の心が回復するのを待つしかないわけで。
……長い時間がかかりそうだが、まあ、いいだろう。
まあ、あの笑顔を守るためなら安いもんか。
とはいえ対処法はいくらでもある。
気絶する勢いで体と脳を疲れ果てさせれば、夢は見ない。
「なら、それが手っ取り早いか」
まあ、彼女を縛りつける記憶が強ければ強いほど、これも意味ないんだけど。
「まあ、なんとかなるか」
部屋に帰ると、クッソ不機嫌なギャウラにお菓子のお土産を要求されたけど……。
「ごめん、忘れた」
「あ~る~じ~!!」
「ごめんってばああああ!」
不機嫌になったギャウラには、翌日デートの取り付けと、甘いものの要求を飲むことで機嫌を直してもらうことに成功した。
ちょっと重めの雰囲気だったし、ギャウラのおかげで少し和んだ。
やっぱり、ギャウラさんは頼りになりますな~。
~次の日~
昨日はやっぱり悪夢を見たが、今朝のやつより大したことはなかった。
というか、途中から俺たちがただ馬鹿やってるだけの夢に変わっていったのが印象に残ってる。
これなら、数日で悪夢とはおさらばできそうだ。
めでたしめでたし、と。
じゃあ、今日からの学園も頑張りますかね~。
「サボれない理由もできたしな」
あの笑顔を守りたい。
なんとなく、そんな想いが強くなったのは、気のせいじゃないだろう。
~ラシュリー~
『私、王子様嫌い』
『あら、どうして?』
『私をいじめてくる人そっくりだから』
『そうね……でも、そういう人だけじゃないのよ?』
『嘘、みんな同じ』
『ララ……』
『王子様なんかいらないから……お友達が欲しい』
『きっとできるわ。運命の出会いはひょっこり顔を出すものよ』
『ああ、いつか良い人に出会うよ。間違いない』
ーーーーーー
ーーー
ー
(きっと、いつか。結局出会うことはなかった。
誰にも出会うことなく、孤独な学園生活が始まる)
ラシュリーは学園の日数が近づくにつれて、悪夢に悩まされる日々が続いた。
学園の入学一か月前には、毎日悪夢を見るほどに。眠るのが怖くなるほど、彼女は睡眠に怯えていたのだ。
眠れない日々、学園への入学、負の感情や言葉をぶつけてくる同世代の貴族。
彼女の心は不安に押しつぶされ、毎晩悪夢を見るせいで眠れない日々が続き、心が乱れていく。
心の乱れは、魔法使いにとって致命的。
魔法の使用は制限され、うまく力が扱えず、コントロールも乱れ、魔力が暴走してしまうことも多々ある。
1人で平穏に暮らせれば良かったラシュリーだったが、周りは放っておいてはくれない。
人間とは、自分が優位に立ちたい生き物である。
そのためならば、他者を踏みにじることなど簡単にやってのける残酷な生き物だ。
言われたい放題で何も言い返さない上位貴族のアシュリーは、日頃から上位貴族を目の敵にしてる貴族たちの恰好の的でもあった。
『同じクラスなんて最悪だな』
『どうして、学園なんかにいるのかしら』
(どうして……私ばっかり)
『気味の悪い目』
『悪付き』
(望んでこんな姿になったわけじゃない)
『早く辞めてくれないかな』
『寮に引き籠っててほしいわ』
(私だって、こんな場所、来たくなかった)
『お前、消えちまえよ』
(コワシタイ……コノスベテヲ、コワシテシマイタイ)
あまりの理不尽に耐え切れずラシュリーの感情が爆発した。
魔力暴走である。
そこからの記憶は、ラシュリーにはない。
ただ、ラシュリーの意識は常にあった。
(暗い、冷たい……でも、落ち着く)
暗闇の中、周りに誰もおらず、1人きりの空間。
(もう、ずっと、ここにいたい)
誰にも邪魔されず、悪意に触れることもない。
(1人は寂しいけど、あの空間にいるよりは断然いい)
そうして、自らの殻にじっと心を潜めようとしたとき。
(温かい?)
腕のあたりが温かな光に包まれていく。
(優しい光……心地がいい)
ラシュリーの暗闇で冷え切った心が、温かで優しい光によって徐々に溶かされていく。
そして……。
「あれ……ここは」
暗闇からの意識が途絶えたラシュリーは、目が覚めたら医務室にいたことを自覚する。
「お嬢様!」
「目が覚めてよかった。
目を覚ましたばかりで悪いけど、状況を説明しても?」
「お願いします」
医務室の先生に状況を説明されたラシュリーは、不思議に思った。
魔力暴走をしていたのなら、もっと平衡感覚が無くて、吐き気が止まらないはずだから。
しかし、今のラシュリーには、疲れは感じているものの、吐き気はない。
それどころか、とても爽快な気分ですらあった。
教室で起きたできごとと、助けてくれた生徒の名前を医療室の先生に聞いた後、
メイドのカウラに連れられて、ラシュリーは寮へと帰宅した。
「まだ疲れてるから、今日はもう寝るわね」
「はい、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
魔力のほとんどを失い疲れ切ったラシュリーは、気絶に近い状態でもう一度眠りについた。
その日、眠りについたラシュリーが見たのは、いつも通りの悪夢。
『お前』
(ああ、また……)
『つかさー』
(なに)
そこへ突然、アシュリーの耳に見知らぬ誰かの声が響いた。
『はじ『やっぱり今日は遊びに行こうぜ』
『あい『おい、今日も鍛錬に付き合えとあれほど』
複数の声が、悪夢の声をかき消していく。
(だれの声?)
悪夢の声をかき消してはいるが、姿は見えない。
ラシュリーはしばらくその場で立ち尽くしていると、いつもとは違う笑い声が聞こえてくる。
人を馬鹿にしたような、蔑んだ笑いでもない。
ただただ、和気あいあいな雑談を楽しむ愉快な笑い声。
『ははは、いいじゃん。毎日自分の体をいじめると体が壊れるんだぞ』
『はあ、お前というやつは』
『あら、ザグラの言ってることは本当よ。3日動いて1日休む。
獣人国では良い筋肉をつけるには、休日は取ることを推奨されてるんだから』
『なるほど、そういうことなら休むべきだ』
『なんだよグライド、俺の意見は無視かよ~』
『お前の意見は当てにならん』
『ひでー』
(楽しそう)
ラシュリーは、その様子を羨ましげに眺めている。
自分には絶対できないと諦めていた友好関係。手を伸ばせば届きそうで、声をかけたら振り向いてくれそうな距離。
それでもラシュリーにとってその距離は、絶対に届かないと錯覚するほど遠いものだと思い込んでいる。
(大丈夫……だい、じょうぶ)
孤独には慣れている、家族がいるから大丈夫。
そうして自分を誤魔化し続けてきたラシュリーだが、堪らず涙が溢れてくる。
(……私も、本当はお友達が欲しかった)
なんでもいい。
笑いあい、喜びを共に共有し、信頼できる関係。
一人でもいいから、そういう人が欲しかった。
ラシュリーは喉から手が出るほどにそういう関係を切望していたのだから。
涙が出るのも無理はない。
『そんなところでボーっと突っ立ってないで、早く行こうぜ』
『え……私?』
『ラシュリー以外誰がいんだよ、ほら、行くぞ』
『きゃ』
ラシュリーは取られ、見知らぬ人の輪に入る。
顔は光で見えていないラシュリーだが、今までにない居心地の良さを感じていた。
『ラシュリーは今日どこに行きたい?』
『え』
『王都なら、ラシュリーが最も詳しいからな。
頼ってばかりでいつもすまないと思っている』
『なんだよ、俺たちが悪いみたいに。
ラシュリーが率先して教えてくれるんだからいいじゃん。
それともあれか、クソまずい店でも引き当ててもいいってのかよ』
『そうはいってないだろ』
『適材適所よね。あたしはねー、甘い物かなー』
『いつも甘いもんじゃん』
『えー、だって美味しいじゃない。ラシュリーはどう思う?』
『えっと』
顔の見えないが、悪意を持たない同年代に囲まれる自分。
(これが、ともだち)
ラシュリーは、見えている光景が夢だと理解していた。
なにせ、現実の彼女には友達と言える人は1人もいないのだから。
夢にみていた友達が、目の前にいる。
なにより、その輪に溶け込んでいる自分。
自分のことなのに自分自身に起きたことではない。
(どうして……)
夢で友達に囲まれて幸せな気持ちを浮かべている自分自身に、嫉妬せずにはいられなかった。
夢だと理解はしていたが、どうか夢なら覚めないで欲しいと、ラシュリーはそう思わずにはいられない。
(夢なら、どうか覚めないで)
夢が覚めないようにと願った途端、全てが消え去り、いつもの天井が映りこむ。
「……これは、これで……きついなぁ」
勝手にあふれてきた涙を誤魔化すように、ラシュリーは目の上に腕をおいて涙を隠す。
「お嬢様、失礼いたします」
「おはよう、カウラ」
「……おはようございます、お嬢様」
涙で腫れた目を見たメイドのカウラは、思わず言葉が出るのが遅れてしまう。
しかし、話を聞くこともできないカウラは、ラシュリーに要件を伝える。
聞いたところで、誤魔化されるのが目に見えるから。
「朝食のご準備と、謝礼金のご用意ができました」
「では、朝食を済ませてから、彼の部屋に向かおう」
「寮母には許可をもらっていますが、男子寮では他の目もあります。
学園の授業が始まった直後に向かいます。しかし、学園には遅れてしまいますがよろしいのでしょうか?」
「いいよ。私が行かないほうが、Aクラスも和やかでしょ」
自虐的な回答に、メイドのカウラは苦虫を噛んだ表情でラシュリーを見つめ呟く。
「お嬢様……」
「平気よ、慣れてるもの。
さっさと用事を済ませましょう」
朝食を済ませ、身支度を整える。
カウラは涙の痕が目立たないように、化粧を施した。
「ありがとう、カウラ」
「いえ、滅相もございません」
「そろそろ時間、行こう」
「はい、お嬢様」
学園の授業が始まった直後、2人は男子寮の目的の部屋へと向かう。
~ザグラの部屋の前~
「ふぅ」
「大丈夫ですか、お嬢様」
「平気……お願い」
ーーりりりりりり
メイドのカウラが部屋のチャイムを鳴らす。
「はーい、あれー女の子?
ここって男子寮じゃなかったっけ?」
「昨日の件で、お話に参りました」
「昨日……んー、わかんないけど、とりあえず入って」
適当なギャウラは、ザグラに何があったか聞いていない。
ザグラは特段話すことでもないので、ギャウラには何も伝えていなかったのだ。
ラシュリーが部屋に入ってすぐ、大きな声が聞こえてくる。
「ギャウラ、早まるな!!!」
(この声……夢で聞いた声と似てる)
出てきたのは、寝間着で寝ぐせの付いた深く渋い緑色の寝ぐせ髪の青年。
眠そうな眼がぎりぎりまで見開いていた姿に、ラシュリーは思わず呆然とする。
(貴族っぽくない人なのね)
「なによ、せっかく連れてきてあげたのに」
「へ?」
「……おはようございます」
そこからはラシュリーにとって怒涛の展開だった。
ギャウラがストーカーといいだしたり、慌ててそれに軽く謝罪するザグラ。
カウラが怒って、ギャウラが激怒し、顔を青くさせて平謝りするザグラに、どうにか表情を隠していたはいたが、内心ではあたふたしっぱなしのラシュリー。
(なんだか、すごい……賑やか)
ザグラ達が一瞬姿を消したところで、再度落ち着きを取り戻すラシュリー。
(そういえば……瞳のこと、何も言われなかった)
そんなことを思いながら、ザグラが戻って来たところで、ラシュリーは謝礼金について話を始める。
最初は断っていたザグラだが、ラシュリーの放った忌子という言葉に反応し、慌てて謝礼を受け取った。
「い、忌子なんて、そんなこと微塵も思ってないですよ!
ご令嬢は学園内でも1、2を争う美しさなんですから!」
「ふぇ?」
(忌子なんて思ってない……学園内でも1、2を争う美しさ?)
ラシュリーは表情にこそ出していないつもりだったが、耳は真っ赤に染まっている。
そのことに気づいたのは、メイドのカウラのみ。そして、カウラはすでに泣きそうな表情で、泣くのを我慢するのに必死だった。
何もわかっていないのは、ザグラだけである。
ザグラの言葉が、ラシュリーの頭の中で何度も反芻する。
そのあとの会話は、ラシュリーはほとんど覚えていない。
覚えていることと言えば、遊びに誘われたことと、思わず涙を流してしまったこと。
「分かりました。
朝から、お邪魔致しました。それでは、また放課後に」
「はい、また」
ーーがちゃ
部屋から出たラシュリーは、学園には向かわず、自分の部屋へと急いで向かった。
ーーがちゃ
自室に入った途端、ラシュリーの瞳から涙がぽろぽろと溢れ落ちる。
「か、カウラ……私、遊びに誘われたわ」
「ええ、そうですね……お嬢様」
「初めて……遊びに誘われたの」
「ええ、聞いてました」
「あの2人……どちらも私の目を見ても、なにも、言わなかったの」
「ええ」
「それどころか……綺麗だって褒めてくれたわ」
「はい……カウラも、しかと聞いておりました」
「う、嘘じゃないわよね」
「ええ、あの方は嘘をつけるほど器用ではないですよ」
「そうよね……ねえ、カウラ」
「はい、お嬢様」
「少しだけ、胸を借りても?」
「もちろんでございます」
「うう……カウラ」
今まで我慢してきた分、ラシュリーは泣いた。
貴族らしくなく、他の人の胸の中で、静かに泣き続ける。
カウラもラシュリーに見せないよう、静かに泣いていた。
ラシュリーは涙が落ち着き顔を上げると、カウラの化粧が落ちていたことに思わず笑ってしまう。
(きっと、私も同じ顔をしているのね)
いつもとは違い、心から笑うラシュリーを見て、カウラもまた久しぶりに微笑むのであった。
ひとしきり泣いて、落ちた化粧をもう一度カウラに整えてもらってから、ラシュリーは学園へと向かう。
その顔はいつもと違い、とても清々しい表情をしていた。
~Aクラス~
「すみません。遅れました」
「おお、ララアシュリー君、大丈夫かい?
グライドゾイ君から話は聞いてるよ、よく来れましたね。ささ、席にお座り」
「はい、ありがとうございます」
ーーヒソヒソ
ーーヒソヒソ
ーーヒソヒソ
(不思議……あれだけ聞こえていた悪意の言葉が、雑音にしか聞こえないなんて)
顔を上げて席を見渡すと、昨日ラシュリーが座っていた場所の隣の隣に、グライドが座っている。
(あの方がガーディアン令息……フェリガル令息がおっしゃっていた通りの方だわ)
グライドから不快な様子を感じなかったラシュリーは、グライドの隣に座った。
「昨日はすまなかった」
「え」
「昔から周りのことに興味が無くてな。
教室にいなかったというのもあるが、貴殿が色々と言われてることに気付けなかった」
「私の方こそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「気にするな。やったのは、ザグラ……フェリガル令息だ」
「今朝、謝罪をしに行きましたので、存じております。
それで、その……フェリガル令息より伝言です。
本日の放課後、校門に集まってほしいとフェリガル令息がおっしゃっていました」
「はあ、あの阿呆……アイツは無礼を働かなかったか?」
「ええ、とても面白くて素敵な方でした」
「……だといいのだが」
「えっと……実は私も誘われておりまして」
「そうか。では、一緒に校門まで行くとしよう」
「はい、よろしくお願いいたします」
(ふふ、確かに見た目は怖いけど、いい方ね)
グライドの放つ圧により、昨日の件で文句を言おうとした令息令嬢たちも、ラシュリーに文句を言う事すら叶わなかった。
(魔力暴走なんて貴族の恥だけど……してよかった)
望んでいた平穏が、失敗により手に入るかもしれない。
ラシュリーの心は、今までにないくらいわくわくとドキドキで満たされている。
きっと、メイドのカウラが、今のラシュリーの横顔を見たら言うだろう。
久しぶりに心からの笑顔を拝見できました、と。
~交流会後、夜の中庭~
(今日は楽しかった……とっても幸せな時間だった)
ザグラたちとお出かけを噛みしめているラシュリー。
初めての同世代の子女たちとのお出かけは、この上なく楽しい気持ちで幕を閉じたのだが。
(夢……じゃないよね)
翼が生えたかのような浮遊感を味わい、突如として現実が変わりすぎて、未だに夢でないかとラシュリーは思っていた。ちょっぴり腕を強めに抓るあたり、いまだに信じられない様子である。
(それにしても本当に、来るのかな?)
ミルキーに言われたことに、ラシュリーも気づいた。
やけにザグラが自分を見てくること。その視線は、何か申し訳ないと思っているような視線だったことも知っている。
とはいえ、本当にミルキーの言う通りになるか、ラシュリーは疑問だった。
「部屋に入られたくなかったら、外で待ってることをお勧めするって……さすがにそれは」
無いとは言いきれないなと思ったことに、思わず微笑んでしまう。
(本人に直接聞いてみよう)
貴族らしくない考えではあったが、それが許される相手だとラシュリーはすぐにわかった。
あの三人は、貴族のわりに考えることが筒抜けだったから。
貴族らしくない貴族。
まさか、自分が貴族を好きになるとは思っていなかったラシュリーだったが、貴族らしくない貴族なら好きになるわねと、納得するのであった。
少しして、本当に姿を見せたザグラに思わず笑みが零れるラシュリー。
「お待ちしておりました」
「……」
(あれ?)
固まって動かないザグラに、ラシュリーはもう一度声をかけた。
「ザグラさん?」
「ッ!……あー、やっぱりバレてた?」
いつものザグラに戻ったところで、話は進んでいく。
ここにいた理由をザグラに伝えると、本当にミルキーの言う通りだったとラシュリーはまたおかしくなって笑う。
学園に来てというより、貴族の子女と関わり始めてからのラシュリーは日常的に笑う頻度が減っていた。学園に入学する直前には、笑顔のやり方さえ忘れるほどに無表情。
しかし、たった1日で笑顔を見せるようになっていたのである。
もちろん昔のように無邪気な笑顔ではないものの、ラシュリーの両親が見れば泣き崩れるほどには、自然な笑みに戻っていた。
ひとしきり笑った2人。
笑い声が聞こえなくなると、真面目な空気が漂い始める。
切り出したのは、ラシュリーからだ。
「それでお話とは?」
「あー、そのー……ラシュリーの過去、見ちゃったんだよね」
ラシュリーはザグラの言葉に胸がチクチクと痛んだ。
人間、他の人には知られたくない過去の1つや、2つあるものである。
その中でも、ラシュリーはザグラに知られたくない記憶を覗かれてしまったのだ。
ザグラはラシュリーを傷つけるであろう言葉を使うことはなかった。
その気遣いですら、ラシュリーの心を抉っていく。
(本当の所は、どう思っているのだろう)
(やっぱり、気味が悪い?)
(揶揄ってない、この人たちは今までの人たちとは違う)
突然できた親しい人。
友達のようなこともしたのに、それでも心は揺らぐ。
長い時間、他人から拒否され攻撃され続けたラシュリーの心は、簡単には3人を信用できないように身構えている。
「もう慣れてしまいました」
「悪魔の瞳というより、孤独の瞳」
嘘と自虐で誤魔化した。
こんなことを言いたいわけではないだろうに、人に言われる前に自分を傷つけることで平静を保とうとしていたのだ。
(いけない、ザグラさんを困らせてはだめ)
ザグラの反応がどう答えていいか分からないという表情だったため、なるべく明るい話をすべく、瞬時に話題を変えるラシュリー。
「昨日はその夢を見ませんでした」
夢を見なかった原因。
ラシュリーには何となくわかっていた。
昨日助けられたとき、久しぶりに人の温もりに触れた気がしたのだ。
その光こそ、ザグラ達だったのだと。
今日の交流会でラシュリーは確信していた。
(聞けばきっと答えてくれる……。
私たちは友達ですかって。そしたらきっと、笑顔で当たり前だって言ってくれる)
たった一言で人生が変わる。
けれど、そのたった一言が出なかった。
拒否をしてくる相手ではないと分かっていても、今までの経験がブレーキをかけてしまう。
自分を守るために、孤独の道を歩ませようとしてくる。
いまならまだ、友達じゃないと言われても1日泣けば元通りに戻れると。
(臆病な私、私を拒絶した人たちと同じくらい……嫌い)
「そうですね……このような日々が続けばいいのですが」
そう諦めたように呟いた時だ。
「これからはもう、1人じゃないわけだし」
「え」
「えっ、て。何を意外そうに」
「あのそれって」
喉から手が出るほど、欲しかった言葉。
期待せずにはいられない言葉。
ラシュリーは震える指先を無理矢理抑え込んで、固唾を飲んで、恥ずかしがって背を向けたザグラの言葉を待つ。
「友達なんだし、さ。
1人じゃないってのは、案外心強いもんだと思う、ぞ」
「とも……だち」
心が急に軽くなり、全身に血が巡る感覚がラシュリーを襲う。
目頭が熱くなり視界が歪むも、グッと服を掴んで、その言葉を大切に優しく呟く。
「あー、嫌だったら別に」
「……そんな、わ、わ、わ、私たちは友達です!」
涙声にならないように、涙が零れないようにしまい込む。
気付かないふりをしてくれるザグラの気遣いに感謝しようとした時、ザグラの手がラシュリーの髪に優しく触れる。
「ふぁ」
令嬢らしくない言葉が出てしまうラシュリーに対し、完全にやらかしたと焦るザグラ。
頭なでなでを誤魔化すために咳払いと握手を差し出すザグラに、ラシュリーはどうしていいか分からず、握手にこたえることにした。
「……これからよろしく、アシュリー」
「は、はい! こちらこそ、お願いいたします」
傍から見たら、どちらが上位貴族か分からない振る舞いである。
まあ、ラシュリーがそんな小さなことを気にするわけもなく、飛び気に笑顔で答えるのであった。
(あれ?)
ザグラと握手している最中、体に魔力が流れた気がした。
あまりにも薄すぎて気のせいかと思ったが、ザグラの慌てた顔を見て何かを使ったのだと確信するラシュリー。
だが、何をしたかは分からない。
分かることは、暗闇に意識を落としたときに感じた温かな光と同じものだったことだけ。
しかし、ラシュリーにはそれで十分だった。
魔力暴走をした自分を、骨が見えるまで頑張って止めてくれたザグラだ。
何かしら効果のある魔法を付与してくれたのだとラシュリーは確信していた。
しかし、バレてないと思っているザグラの慌てようを見て、どうにか笑わないように堪えながら、ザグラに返事をする。
(ふふ、ばいばいか。
子供の時でもしたことなかったのに)
ザグラの後姿を見つめるラシュリーは、ザグラの姿が見えなくなるまでは中庭に残ろうとした時だ。
突然、ザグラがラシュリーの方を振り向いた。
(どうしたんだろう?)
「ラシュリー」
「はい?」
「俺はラシュリーの瞳、花みたいで綺麗だと思うぞ」
「え」
ラシュリーの時が止まる。
しかし、心臓はこの上なく早く小刻みに強く鼓動していく。
「だから、その、もっと胸張って、前を見て、自信を持って大丈夫だ!
あと、もっと自由に我儘に生きろ! どんなことがあっても、俺たちは味方だから!」
目の前に映っているはずのザグラは、他人から見れば正直言ってとてもダサい。
かっこつけようとして胸を張っているのに、視線は思い切り横にずれており、非常にかっこわるい。
しかし、ラシュリーにとってはとても格好よく見えた。
言葉にして誉めてくれる、言葉にして伝えてくれる、ラシュリーにとってはそれが堪らなく嬉しい事であった。
(もう……ザグラさんは)
先ほど我慢していた涙が、決壊したかのように零れ溢れる。
ザグラが伝えた言葉は、孤独な少女を救った。
(もっとも忌み嫌う瞳……なんだけどな……)
家族に言われても、何も感じなかった。
むしろ、友達を作れない最悪の要因だとしか感じない孤独な瞳。
「へへ……綺麗か」
子供のころ、誰もが憧れる白馬の王子様。
けれど、ラシュリーは子供のころから白馬の王子がとても嫌い。
その容姿が、自分をいじめてくる同年代そっくりだったから。
でも、どこかで自分だけの王子様が来てくれるとラシュリーは信じていた。
物語では、孤独な少女のもとに王子様がやってくるのが定石だったから。
ただ、年齢を重ねれば重ねるほど、それがただの物語だと誰もが理解してしまう。
だからこそ、ラシュリーも諦めていた。
諦めていたのに。
ラシュリーの前に突如として現れたのだ。
「私だけの王子様」
(寝ぐせの付いた深く渋い緑色の寝ぐせ髪、眠そうな茶色の瞳、堅くない柔らかな言葉遣い、自由気ままで、友達想いの優しくて素敵な人)
『きっとできるわ。運命の出会いはひょっこり顔を出すものよ』
『ああ、良い人に出会うよ。間違いない』
「お母様、お父様……ようやく私にも、友達ができたよ」
まだ敬語は抜けないし、素のラシュリーも見せたわけではない。
けれど、ラシュリーは感じていた。
きっと、この出会いによって、何かが大きく動き出すと。
「自由に我儘に、か。……よし」
ラシュリーは覚悟を決める。
元の自分なら絶対にしないであろう行動。
中庭を歩く姿に、迷いはない。
孤独な少女は、孤独ではなくなったのだから。
もうなにも、怖くない。
ラシュリーの歩く後ろ姿が、そう物語っていた。
そして、この日の出会いを境に、ラシュリーが悪夢を見ることは無くなったそうだ。
~数週間後~
「えー、突然だが、クラスメイトが増えることになった……入りなさい」
「ララアシュリー・ドゥオクス・ウィザルド。
Aクラスで魔力暴走をしてしまった自分を恥、もう一度1から学ぶべく、Cクラスに在籍することとなりました。これからよろしくお願いします」
「「……ええええええええええええええ!!!!」」
こうして、彼女はCクラスへ編入し、友人たちと時間を過ごすことを決めたのであった。
~代償2人の出会い編・終~
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