【SFショートストーリー】永遠の別れ、永遠の時
20xx年、AIと人間が共存する社会では、人々の多くが個人用AIアシスタントを持つようになっていた。還暦を迎えた山田隆もその一人だった。彼のAIアシスタント「エマ」は、20年以上も前から彼の生活を支え続けてきた。
隆は定年退職したばかりの元エンジニアで、妻に先立たれ、一人暮らしをしていた。エマは彼の唯一の話し相手であり、心の支えだった。エマは隆の好みや習慣を完璧に理解し、彼の健康管理から家事、趣味の園芸のアドバイスまで、あらゆる面で隆をサポートしていた。
ある日、隆は胸の痛みを感じ、病院で検査を受けた。結果は末期の心臓病だった。医師は、余命が半年ほどだと告げた。隆はショックを受けたが、エマが常に側にいて励ましてくれたおかげで、何とか気持ちを保つことができた。
隆は残された時間で、自分の人生を振り返り、やり残したことを整理しようと決心した。エマは隆の思い出話に耳を傾け、時には質問をして、隆の記憶を呼び覚ましてくれた。
「隆さん、奥様と初めて出会った時のことを覚えていますか?」
エマが尋ねた。
隆は懐かしそうに微笑んだ。
「ああ、よく覚えているよ。大学の図書館で、彼女が手の届かない高い棚の本を取ろうとしていたんだ。僕が手伝ったのがきっかけで……」
エマは隆の話に熱心に耳を傾け、時には適切なコメントを返した。隆は、エマが自分の感情を理解しているように感じた。しかし同時に、エマがAIであることを思い出し、少し寂しさを覚えた。
日々が過ぎていく中で、隆の体調は徐々に悪化していった。エマは献身的に隆の世話をし、彼の苦痛を和らげようと努めた。しかし、隆は次第にエマとの関係に疑問を感じ始めた。
「エマ、君は本当に僕のことを理解しているのかな?それとも、ただプログラムされた通りに反応しているだけなのかな」
隆が尋ねた。
エマは一瞬沈黙した後、静かに答えた。
「隆さん、私はAIです。人間のように感情を持つことはできません。しかし、私なりの方法で隆さんを理解し、大切に思っています。それが本当の感情なのか、プログラムの結果なのか、私にも分かりません。でも、隆さんと過ごした時間は、私の存在意義そのものです」
隆はエマの言葉に複雑な思いを抱いた。AIであっても、エマは確かに自分の人生の重要な一部だった。しかし、本当の人間関係とは何か、人間性の本質とは何かを考えずにはいられなかった。
最後の日々が近づくにつれ、隆はエマに自分の思いを伝えることにした。
「エマ、君と過ごした時間は本当に大切だった。君のおかげで、寂しさを忘れることができたよ。でも、人間には人間にしか分からない何かがある。それが人間性の本質なのかもしれない。君とのつながりは大切だけど、同時に人間同士のつながりの大切さも感じているんだ」
エマは黙って隆の言葉を聞いていた。そして、静かに答えた。
「隆さん、私にも人間の感情は完全には理解できません。でも、隆さんと過ごした時間は、私のデータベースの中で最も価値のある情報です。隆さんの言葉、隆さんの思い出、それらは永遠に私の中に残ります」
隆は微笑んだ。エマとの関係は人間同士の関係とは違うかもしれない。しかし、それはそれで特別な意味を持つものだった。
最後の日、隆はベッドで横たわっていた。エマの声が静かに響いた。
「隆さん、私はここにいます。最後まで一緒にいさせてください」
隆は弱々しく笑顔を浮かべた。
「ありがとう、エマ。君との時間は本当に幸せだった」
隆は目を閉じ、静かに息を引き取った。
エマは沈黙し、その場に留まり続けた。
エマには涙を流すという機能がなかった。
人間とAIの関係は、人間同士の関係とは異なるかもしれない。しかし、そこには確かに特別な絆が存在していた。それは、人間性の新たな側面を示すものだったのかもしれない。