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ぶん殴り姫  作者: 地鶏
6/9

6 奴隷の町(5)

後半に文章を追加しました。

「赤姫様よ、こいつはどうしますか?」


「刃の折れた剣を持っていてもしょうがないわ、置いていきなさい。ただその辺に置くのはだめよ、人目のつかない場所に置いておきなさい」


「わかりました!」


「赤姫様! 馬がゆうこと聞きません!」


早々にここを発たなければいけない。だがいきなり名前も知らない奴隷なりかけの子供たちが集まったところでうまくいくわけもない。そう思っていた赤姫であったが、赤姫の言うことに異を唱える様な者はおらず、順調に準備が進んでいた。


 だが、1つ問題があった。それは馬の扱いだ。ほとんど全員が馬に慣れていないため、怖がりながら馬を扱おうとしてしまっている。馬は人間の感情に敏感だから怖がる相手には従おうとしない。


 赤姫本人は馬の扱いに慣れているものの、御者をしながら全員に目をくばって臨機応変に対応するというのは厳しい。それでは何かあった時に困る。


 赤姫がちらりとフレイヤに視線を向ける。フレイヤも他のものと同じように馬を扱おうと試みている所だった。


 フレイヤが面倒を見ている間馬は落ち着いていた。だがそれはフレイヤの扱いが上手いからではなく、ただフレイヤの野性的な内面に脅えているだけだった。フレイヤ本人はそれに気づいていないが。


「赤姫様。すこしいいか」


 悩んでいると後ろから声がかかる。赤姫が振り返ると、視界が壁のようなもので埋まる。それは壁ではなく、背の高い男性の胸元だった。


 檻の中にいる間は全員が座るか立ち膝の状態だったため赤姫は気づいていなかったが、女性の中では高身長である赤姫を、優に頭2つ分は超えるであろう巨躯の男性がいたのだった。顔を見たところそこまで歳をとった印象はなく、赤姫は自分より少し年上だろうかと結論づける。


「ええ。どうしたの?」


「俺に馬を任せてもらえないか。自信はある」


 随分とぶっきらぼうな頼み方だが、赤姫に断る理由はない。


「そう。自信があるのなら任せるわ」


「感謝する」


「感謝されるようなことはしてないわ。それで、あなた名前は?」


「ァ……エイルだ。赤姫様」


 少し言い淀んだ事で赤姫は訝しげな視線を送る。だがそれ以上追求するようなことはなくエイルに馬を任せた。


 その一連の流れを見たフレイヤが近づいていく。


「よかったのかよ、赤いの。あいつ信用できるのか?」


「出会ったばかりで信用も何もないわよ」


 エイルとの関係もフレイヤとの関係も赤姫からすると大した時間の差は無い。だがフレイヤはそんなことを気にする素振りは一切ないのだった。


「信用はないけれど、自信があるというのだからやってもらうしかないわ」


 それほどまでに人手が足りていなかった。特に技術を持った人間が足りていない。フレイヤは人相手でも魔物相手でも自分の身を守るには十分過ぎるほどに戦えるだろう。だが他のものはそうでは無い。自分の身を守ることも出来なければ専門知識があるかどうかもわからない。


「ん、赤いの。準備終わったんじゃないか?」


「馬はエイルに任せて、死体の処理もした。大丈夫ね。それじゃあみんな檻の中に戻って、出発するわよ」


 檻の中に戻れというとみんな少し嫌な顔をしたが、檻に入れば歩く必要もないし魔物にいきなりさらわれるようなこともないと説明をすると自然と檻に入っていった。行動ひとつ起こしてもらうだけでもここまで大変なのかと赤姫は小さくため息をついた。



「赤姫様。向かう先は?」


「魔国に向かうのは避けたいから炎国のほうに向かって。ただ、途中で道を外れたいわね」


「炎国のほうだな。わかった」


 方角を刺したわけでもないのに道がわかることに違和感を覚えたものの、今追求してもどうにもならないと考え赤姫は話を続ける。


「エイル。このまま炎国のほうへ向かうとどの町に着くのかわかる?」


「おそらくだが、フィアストという町に着くと思う」


 フィアスト。赤姫には聞き覚えのない街の名前だった。他国とはいえ大きな街であれば聞いたことくらいはあるだろうと考えていたが、記憶にないということは大きな町ではないと赤姫は判断する。自分たちのように身元もわからない集団をすんなり入れてくれるとは思えず、身分を証明するようなものは誰も持っていないし、武器まで持っている自分たちはよくて門前払い、最悪は捕まって奴隷化であると予想する。


 「うん、やっぱり町に入るのは無理だわ。道を外れて森や洞窟なんかに移り住むしかない。簡単なことではないけれど、町に入るよりかは自由に生きていけるでしょう」


 そう赤姫は呟き、エイルもそれに従って馬車を進めていく。


 馬車は30分ほど誰にも会うことなく道を進んでいくことができた。エイルの話ではフィアストまではまだ半日以上かかるらしいが、赤姫としては巡回の兵士や冒険者にあう可能性を考えるとこのあたりで道を外れておきたかった。


「……ん、赤いの。前からなんか来るぞ」


「え? 私には何も見えないわよフレイヤ」


 フレイヤの言う方向をしばらく見ていると、地平線になにやら動くものが見えてくる。とんでもなく遠くなのにも関わらず見えているフレイヤに若干引く赤姫。


「ありゃ兵士じゃないか? 鎧着てるぜ。あと……なんか様子が変だ」


「冗談でしょあなた……よく見えるわね」


 見えているわけないじゃない。豆粒にしか見えないわよあんなの。そう心の中で呟きながら赤姫は次にとる手段を考え始めた。だが、急に黙りこんだフレイヤが気になり顔を見た。


 フレイヤの顔からはいつもの余裕じみた笑みが消え去っていた。ただ静かに、瞳に激怒を宿している。


 赤姫はフレイヤの変わりように息を飲む。慌てて自分もその方向を見るが、やはりぼんやりとしか見えない。


「首」


 フレイヤはただひとこと、そう呟いた。エイルはその一言と、兵士という情報から何が起きているのか検討が付いたのか、厳しい目付きでフレイヤと同じ方向を見つめる。


「何なの?」


「……掲げてるんだよ、首をな」


「……?」


 そう言われても赤髪の少女は何が起きているのか、何故エイルとフレイヤが表情を変えているのか、すぐには思い至らなかった。


 ただ、少し遅れて脳内にフラッシュバックする記憶。鎧を着た兵士たちが、全てを蹂躙する記憶が。


「うっ……?!」


 口元に手を当てて込み上げる吐き気を抑える。赤姫は気づいてしまった。


 兵士が掲げてるもの、フレイヤは首といった。正確に言えば、それは《《人の生首》》だと。


 それだけでも目を背けたくなる光景。だが赤姫にとってはそれ以上の意味があった。


(そんな、そんな訳がないわ。魔国から来た兵士ならまだしもあれは炎国側から来てる兵士。違うはずよ。きっとあれは……知らない、私が知らない、赤の他人よあれは。そう、そうよ、私の家族なわけがない!)


 掲げられている首、それが自分の知っているものであるかもしれない。あらゆる理由を浮かべて必死にその可能性を捨て去ろうとする。


 だが、心臓の鼓動はどんどんはやくなる。それは真実が近づいてきているようでなおさら赤髪を追い詰めた。


「お、おい。大丈夫かよ」


 フレイヤが声をかけても、赤姫は一言も答えない。


「ダメだな。エイル、道をはずれるぞ」


「右か? 左か?」


 右の方角には森があり、左の方角には山岳が見える。フレイヤにはどちらの知識も持ち合わせていない。どちらに進むにせよ運任せになるのは間違いなかった。


「それなら右だなか」


 確信したようにフレイヤが言った。


「左からは嫌な感じがする。行ったら死ぬぞ多分」


「……俺も賛成だ。左は石竜山と呼ばれる山で、その名の通り竜が住み着いていると聞いたことがある」


 竜。魔物のなかでも上位の存在で人類と同等かそれ以上の知能を持つことが多い種族。そんなの住み着いているところに行けば死ぬのは間違いなかった。


 エイルは馬車を右に向かわせる。しばらくの間、赤姫は顔を真っ青にし、俯いたまま一言も喋ることは無かった。

 


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