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ぶん殴り姫  作者: 地鶏
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5 奴隷の町(4)

「落ち着いて……いい子ね」


 赤髪の少女が告げると、檻を引いていた馬たちは軽く鳴いて応えた。賢い子たちねと少女は優しい笑みを浮かべて馬の頭を撫でた。奴隷商人は馬の目利きはよかったらしく、大人しく賢い馬を2人は手に入れていた。


「おーい、赤いの。使えそうなもんは集めといたぜ」


「ありがとう、フレイヤ」


 馬をなだめている間、フレイヤは赤髪の少女の指示で男たちの所持品の中から使えそうなものを集めていた。死体をあさるという行為をお願いするのは赤髪の少女からするとかなり罪悪感のあることだったが、フレイヤ本人は特に気にした様子はない。育った環境がそうさせるのだろうか、


「いろいろあるぜ、確認するか?」


「いや、今はいいわ。早くここから離れないといけないもの」


 少女は川に流されてここまでたどり着いたものの周りに見える山脈や森の位置から大雑把にだが自分の今いる場所を割り出していた。夜泣鳥の生息地が分かったのもこのためだった。少女の予測では、今いるのは少女が暮らしていた魔国バルダマギヤの隣国である炎国フレアスタークの辺境だと考えている。


 商人たちが特に話題に挙げていなかったから魔国が落ちたことはまだ伝わっていないのだろう赤髪の少女は判断した。それでも、国境付近にとどまるのは危険である。男たちの死体も転がっているし、炎国兵士の巡回に見つかればどのように対処されるのかわからないにしても、いい結果が予想できることはなかった。


「それで、どうすんだよこいつら」


 そういったフレイヤの声に思わず赤髪の少女は眉をひそめてしまう。フレイヤが言ったこいつらというのは私たちと一緒に捕らえられていた奴隷たち、正確に言えば奴隷候補たちである。全員で20人ほど、年のころは10歳から18歳といったところだろうか。


 赤髪の少女は考える。自分の安全だけを考えるのならば、このまま置いていくのが最適な決断だった。檻から出れたことで発狂状態から落ち着いたものが多いものの、自分で自分の身を守れるほどの力がなければ、それはただの足手まといだ。それを赤髪の少女はわかっていた。だが、少女は意外なほどすぐに決断した。


「……はぁ。連れて行くわ。ここに置いていけば良くて野垂れ次ぬ、悪くて魔物の餌だわ」


 それでも、ここで置いていくのは違う。手を伸ばせば届く命を見捨てるのは違うと少女は考えていた。それは自らを救ってくれたものへの裏切りだと。


「私はどっちでもいいけどよ。自分を自分で守れずに死んでも、それはそいつのせいだぜ?」


 フレイヤは少女の決断に異議を唱えることはないが、赤髪の少女がすべての責任を負うことに心配しているのか、すこしぶっきらぼうにそう言った。


「わかってるわよ、フレイヤ」


「わかってんならいいぜ。じゃあとりあえずやることやるか」


 そういうとフレイヤは男たちの持っていた剣を振りかぶって檻にたたきつけた。金属同士がぶつかり合い甲高い音があたりに響く。その音で不安そうな顔をしていた奴隷候補の子たちが一斉に二人のほうに顔を向けた。


「よし、こっち向いたな。いいぜ赤いの」


「全部こっちに投げるのね……」


 フレイヤは前に出てしゃべる気はないらしく、視線だけあつめて一歩下がって座り込む。必然的に一人残った赤髪の少女に奴隷候補たちの目線が集まる。たいていの人間はいきなり大人数の前でしゃべるというのは難しい。それも、何の認識もない人々に人生を変えるほどの決断を促すというのならなおさらだ。


 少女は慎重に、丁寧に言葉紡ぐ。


「小難しいことを言うつもりなんてないわ。私はあなたたちを救おうとしているわけじゃない。助けようとしているわけじゃない。だって、私はただの人間。神ではないわ」


 突き放すような言い方をしたからか、落胆したようなため息の音やふたたびすすり泣くような声が聞こえ始める。


「けれど、ただの人間でしかない私にもできることはあるわ。それは生きる事よ」


 少女はその反応にうろたえることなく、一度言葉をきって、ゆっくり話す。自らの思いがきちんと伝わるように。


「あなたたちがなぜこんな目にあっているのか私は知らない。ひどい目にあったのだと思うし、そんな言葉では言い表せないような地獄を見てきたのかもしれない。人生に絶望している人もいるでしょう。それでも、あなたたちは今、この檻から出ているでしょう?」


 誰が誘導したわけでもないけれど、全員が檻から出てきた。


「檻の中で泣き喚いたのもそう。魔物が出ておびえたのもそう。あなたたちは生きたいのよ。どんないに辛くても生きる事をやめず、生き続けようとしているわ。私も同じよ、生きたいの。あらゆる手を使って、命を賭して私は生き抜くわ。だから、私と一緒に来なさい。私と一緒に、あらゆる手を使ってこの馬鹿みたいな世界を生き抜くわよ」


 語り終えたところで、すぐさま反応が帰ってこなかったことに不安になったのか、赤髪の少女は無意識のうちに一歩下がろうとする。だが、いつの間に背後に移動していたフレイヤがそれを止めた。


「大丈夫だぜ、上手くいった」


 フレイヤの言葉に半信半疑の少女だったが、すぐさま聞こえてきた声に目を見開いた。


「……なんか、王様みたい!」


 驚きすぎて変な顔になっている少女を取り残すようにして、この中で最年少であろう幼女が言った言葉に少しずつざわめきが広がっていく。


「そうだ……私はまだ死にたくない!」


「俺も、まだやってないことがたくさんある!」


「俺はあんたについていくぞ! あんたが俺の王様だ!」


「どっちかっていうとお姫様じゃない? とにかく、私もついていくわ」


「王様じゃなくてお姫様なの? じゃあ【赤姫】様だね!」


「ちょっと!?」


 あれよあれよと少女の立場と名前が決まっていっていく。平民の出がほとんどの彼らにとって、自分を率いてくれる立場がいるというのは不自由なものではなく、むしろ安心するものだった。


 そんな心境を少女、もとい赤姫が知るはずもなくただただ簡単に受け入れられてしまった事実に混乱していた。


「あはははは! 赤姫ねぇ。いいなそれ、私もそう呼ぶぜ」


「あんたはだめよフレイヤ」


 馬鹿にしてやろうって魂胆がはっきりと顔に現れたフレイヤをおしのける赤姫。


「ダメって言われてもなぁ。みんなそう呼ぶつもりだぜ。さぁ赤姫さんよ、これからどうすんだ?」

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