4 奴隷の町(3)
フレイヤは魔法をつかえると私に言った。別に魔法を使えることは広く一般的なのだから。宗教上の理由であったり、魔法以外での強さを求めているなどの特別な理由がない限りはほぼすべての人々が魔法を使っている。赤髪の少女のように生まれた時から魔法が使えないというのは世界広しといっても極わずかなのだった
だが、それは一般的に普及した魔法の話だ。魔法の素質が高い者の中には自分しか扱えない特別な魔法を使うことができる者もいる。
そして、フレイヤはその一人だった。
「見てろよ……!」
フレイヤは手元に集中し始める。……たぶん、魔力を集中させているんでしょうけど私には見えない、何も感じ取れない。10秒と待たないうちにフレイヤの手の中に小さな棒のようなものが形作られていく。棒はそのまま姿を変えていき最後には鍵の形になった。
「ほらよ、これで完成っと」
そういってフレイヤは自分の手足を拘束している枷にそのカギを差し込む。少しがたついたものの枷は簡単に外れて床に落ちた。
これがフレイヤの魔法。フレイヤ本人は自分自身の持つ固有魔法がどのように扱われる存在なのか全く知らないが、これは【造金魔法】を呼ばれる特殊な魔法だ。魔力を使って好きな金属を好きな形で出すことができる魔法であり、術者の技量と魔力によってあらゆる金属を好きな形で生み出すことができるためこの魔法を使えるものはその才能一つでなり上がりことも可能とされるほどの魔法だ。
フレイヤの魔法は特別であり、それを使えるフレイヤ自身も特別といえる。それをみた赤髪の少女の心境は穏やかではなかった。
「どうだよ赤いの。すげぇだろ?」
赤髪の少女は妬ましい気持ちを必死に押さえつけ、決して手に入らないものを欲しがっても何もいいことはないと自分に言い聞かせる。フレイヤに気持ちをぶつけるのは筋違いだと。
「……えぇ。羨ましいわ、本当に」
何とか絞り出した言葉にフレイヤは張り合いがないと文句をいいつつ、赤髪の少女の枷を外す。
赤髪の少女は加瀬がついていた手首の感触を確かめるようにして触る。そこまで煩わしいと感じていたわけではないようだが開放感があるのか満足そうに頷いた。
「それで? 2人とも自由の身だ。この後はどうすんだよ」
フレイヤは檻の外の様子を見ながらそうつぶやいた。
外の護衛は未だに2人の様子に気づいていない。
「檻を蹴破って外に出る。そして男たちを倒して馬車を奪うわ」
「赤いの、お前私と考えてること一緒だぞ、大丈夫かよ」
フレイヤは自分が他人からどう思われているのかをある程度理解しているらしく、いまの赤髪の少女に最も辛い言葉を投げかける。
赤髪の少女は黙って目を逸らした。
「おい、なんか言えよ」
「時間が無い。行くわよ」
「ちょ、おまえなぁ!」
フレイヤの言葉を無視して赤髪の少女は檻に思い切り蹴りを入れる。それまで暴力とは縁のない生活を送っていたため型は不格好ではあるものの、手枷を引きちぎるほどの力があればそれでも手入れのされてない檻の錠は簡単に吹き飛んだ。
「なんだ?!」
その音でようやく男たちが気づく。だが檻から漆黒の髪を持つフレイヤが弾丸のように飛び出し、一番近くにいた男の顔面にフレイヤの膝蹴りが突き刺さる。
「やっと出番なんだ、暴れるぜぇ!?」
「っぁ?!」
蹴り飛ばされた男はまともな声を出すことも出来ずに、折られた歯を放り散らしながら倒れふす。
「何事だお前ら! なっ、どうやって外に出た?!」
その騒ぎを聞き付けた商人が馬車をおりて剣を抜く。ようやく護衛として雇われた男たちも状況がわかったのか剣を構える……だがそれはあまりにも遅い。
「おらおらおらぁ!」
フレイヤは武器を持つことも無く次々と男たちを殴り倒していく。
「……私の出番、無いわね」
あまりにも護衛の男たちが簡単にやられていくため、赤髪の少女はぎこちない構えをしたまま固まっている。
「こ、小娘共が……! ふざけるな!」
「!」
出番がないとやる気を損ねていた少女に商人が切り掛る。他人との関わりがほとんどなかった少女に、襲われた経験などあるはずもなく、ほとんど本能に近い動きで赤髪の少女は腕で顔を守ろうとする。
馬鹿が、そう思った商人はまともな思考回路をしている。普通に考えれば、なんの力もないはずの少女の細腕など、それなりに経験のある物の一撃で両断できる。
だが、結果は商人の思っていたものとは大きく外れていた。
「痛いわね……!」
「馬鹿な!」
商人の振るった剣は少女の細腕を両断するどころか、少し皮膚を切った程度で止められていた。
「おかえし……よ!」
若干の痛みに顔を顰めた赤髪の少女は、仕返しとばかりに商人を突き飛ばす。
「ぬぉぉぉぉ?!」
想像を遥かに超えた力に商人は為す術もなく吹き飛んだ。ごろんごろんと土まみれになりながら何とか止まり、突き飛ばされた箇所を抑えながら立ち上がった。
「ありえん……なんだお前は! 私は化け物を拾ってしまったのか!」
「おい、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。どこ見ても普通……ではねぇか。まぁちょっと言いたいことはわかるぜ。ただ、次は私だおっさん!」
フレイヤは護衛を全て倒し、次の相手を見つけたとばかりに商人に向かう。途中で落ちていた剣を拾いあげ、慣れた動きで切りかかった。
「ま、まて!」
フレイヤは慣れた様子で男に向かって剣を振るう。ただでさえ赤髪の少女の一撃で怪我をおった商人は苦し紛れにフレイヤの攻撃を凌ぐことしかできなかった。
「どうしたよぉ、おっさん!」
「くそっ……小娘が! 舐めるなぁ! 【炎型 一式】」
男は魔詞を唱え、手のひらに炎を作り出したフレイヤに向かって投げつけた。至近距離で放たれたその攻撃をフレイヤ軽々とかわす。
「一般攻撃魔法ってやつか! それなら私だって見た事あんだよ!」
攻撃をかわし、フレイヤはさらに男に近づいた。だが、魔法は最初から誘導のつもりだったのか、男はフレイヤに向かって剣を振り上げる。
「小娘がぁ!」
商人の力任せに振るわれた一撃でフレイヤの剣が弾き飛ばされる。フレイヤは比較的体格に恵まれているが、成人男性との腕力の差は大きいようだった。商人は剣を手放したフレイヤを見て笑みを浮かべながら剣を振り下ろす。その様子を見ていた赤髪の少女もまたフレイヤの名前を叫んだ。
「フレイヤ?!」
「もらったぁぁぁ!」
それでもまだレイヤに焦った様子は無い。
「なんだよ、【底】も地上も同じだな。みんな引っかかりやがる」
少し残念そうに、それでいて凶暴な笑みを浮かべてフレイヤは右手に小さなナイフを作り出した。
「【造金魔法 ナイフ】」
作りだしたナイフを、フレイヤはそのまま真横に振るった。そこに一切の躊躇は感じられない様子で。
「がっ……?!」
ナイフは商人の喉を簡単に切り裂いた。大量の血が勢いよく吹き出して、商人の喉からは空気の抜ける音が聞こえてくる。フレイヤはそんな男をじっと見ていた。赤髪の少女にはフレイヤの目に移る感情が分からない、けれど、フレイヤに対して恐怖や嫌悪感を抱くこともなかった。
倒れた後も、男は苦しそうにもがき続けている。もう望みはないというのに、それでも生きようとしている。
赤髪の少女はその様子を見て、一歩間違えば自分もこうなっていたのだろうと考える。そうならなかったのは自らを守ってくれた人々のおかげだと改めて認識した。
赤髪の少女とフレイヤは男が力尽き動かなくなるその瞬間までその場で黙って見ていた。
「大丈夫かよ、赤いの。お前こういうの慣れてねぇだろ」
「大丈夫よ、生きていくためには仕方ないでしょう。それよりも、さっさと行動するわよ」
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