2 奴隷の町(1)
「今日は元気? 昨日はすっかり落ち込んでいたから心配したのよ」
真っ赤な髪の少女が色とりどりの花に囲まれながら嬉しそうに声を出している。
そばには誰も居ない。誰も寄り付かない。彼女にとってこの庭園が唯一の居場所なんだ。魔法が使えない。ただそれだけで彼女は孤独な人生を過ごしていた。
毎日のようにこの庭園に来ては花を相手に日頃の孤独を誤魔化す。なんて寂しくて、孤独なんだろう……いや、今思えば私が思っているよりも、彼女は孤独じゃなかったのかもしれない。
彼女の周りには、彼女が気づいていないだけでたくさんの人がいたのだと思う。友人と呼べるような存在はいなくとも、大切に思ってくれている家族はいたはず。きっと、そうなのだと思う。
……どうして分かるかって? だってそれは、これが彼女自身の話だから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい……起きろよ赤いの」
ガタゴトと居心地悪く揺れる空間で、だれかが赤髪の少女の体をゆする。彼女が重たいまぶたを開けると、よく日に焼けた健康的な肌の女性が周りをキョロキョロと伺いながら赤髪の少女に話しかけた。
少女を赤いのと呼んだのは髪の色を見てだろう。少女にとっては生まれつきのものだが、この世界では珍しいものなのは間違いない。
対して話しかけた彼女の髪の毛の色は何にも染まらなそうな黒だった。
赤髪の少女と黒髪の少女の間には、少なくとも見た目上の共通点はない。お互いに手錠を掛けられているという点以外は。
「やっと起きたのかよ、お前よく寝れるなこの状況で。奴隷商に見つかったら面倒だぜ?」
「……寝る以外することが無いもの」
赤髪の少女は崖から落ちた後、川に落ちてどこかに流れ着いたようだった。運が良かったのか悪かったのか、たまたま通りかかった奴隷商にそのまま捕まって今に至る。
「……はっ、なんだよお前。綺麗な顔してっけど案外肝座ってんのか?」
赤髪の少女は自分自身でも驚くほど落ち着いていた。自分の住んでいた国が、家が、家族が、すべてなくなってしまったのに。
小さいころから、赤髪の少女は孤独に慣れていた。魔法の使えない彼女は、存在しているだけで回りを不幸にすると信じ込んでいた。彼女の多くの兄弟たちは皆優れた魔法の才能を持っていた。それが彼女の一族が王家として300年もの間君臨し続けた理由であり、国を守るものとしての務めだった。
だが、そんな家系の中で彼女は初めて魔法が一切使えない体質として生まれた。王家の人間としてはありえない事態であり、普通の人間としても極稀にしか生まれない異常体質というものだった。本来ならば、彼女は魔法が使えないと分かった時点で処分されるはずだった。国を守れるだけの力を持つことこそが王家が王家たる所以なのだから。
魔法が使えないような存在が生まれるような血統だと民や周辺国家に知られてしまえば、たちまちに国が傾くような出来事が起きていたのだろう。
それでも彼女は生かされた。王家としては全く向いていないと言わざるを得ないほどに慈悲深く、優しい家族によって。彼女にはたくさんの姉や兄がいるが、弟も妹も存在しない。すべての兄弟たちにとって、彼女は妹であり、守るべき対象として扱われていた。
そんな優しい家族はもうこの世に存在しない。彼女が逃がされたということは彼女以外にこの王家の血を残せるような人物が残っていなかったことの証明に他ならないからだ。
「……生きないといけないのよ、私は。ただそれだけ」
彼女が望もうが望まなかろうが、彼女は彼女を愛し、守ってくれた人たちのために生き続けなければならないと考えていた。
「ふーん……ま、なんだかよくわからないけどよ、おんなじ奴隷仲間なんだ。よろしくな」
「……町に着いたら売り払われるだけでしょう? 仲間って言っても短い時間じゃない」
手錠に鉄格子。おまけに周りには彼女たちが逃げ出さないように見張っている男たちが3人。周りにいる奴隷たちはほとんどの者が生きるのをあきらめたように死んだ目をしているか、狂ったように泣き叫んでいる。協力して逃げ出すような展開は無理だ。
「そうだけどよ、お前はそういう未来になると思ってないだろ?」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって言われても……そう思ったからだよ」
まさかの答えに思わず彼女は言葉を失う。けれど、彼女の目は何の迷いもなくそう本気で信じていることを教えてくれる。その姿を見ていると、何もかもを失って、ただ人の残した思いだけにしがみついて生きようとしている自分が馬鹿みたいに思えてきて、彼女は自虐的にほほ笑んだ。
「あ……あはは。あんた馬鹿でしょ。なんの理由にもなってないじゃない」
「おまっ……! 人のツラを真っすぐ見ていうことじゃねえだろ!」
黒髪の女は身を乗り出して詰め寄る。かなりの大声を出しているけれど、周りの子たちが泣きわめく声にかき消されているのかまわりの男たちは彼女たちの会話に一切気づいていないようだった。
「あなた、名前は?」
「フレイヤだ。ったく、人のことをバカ呼ばわりしやがって」
「悪かったわ。それで私の名前は──」
「赤いのだろ?」
彼女……いやフレイヤはわざとらしく赤髪の少女の言葉をさえぎってくる。口元にはいたずら心がはっきりと見えるニタニタとした笑みを浮かべていた。意趣返しのつもりなのか、フレイヤは彼女に名前を名乗らせる気はないらしい。
「ま、いいわそれで」
「なんだよ、張り合いのないやつ」
張り合ってもしょうがないもの。と赤髪の少女は言う。
「それで? どうするんだ?」
「話が見えない」
「ほんっとにつれない反応するなお前。逃げ出す算段だよ」
フレイヤはさも当然のような顔をしてそう聞いた。赤髪の少女の逃げ出したいという思惑はフレイヤにしっかりばれていた。ただそれも当然だった、こんな所にいつまでも捕まってたいと思う方が圧倒的に不自然なのだから。
けど、なぜ私とフレイヤが一緒に逃げることになってるのか。そこになんの疑問も抱いていないのは何故なのか赤髪の少の頭は疑問でいっぱいだった。
「あ? どうした変な顔して」
「一緒に逃げる気なの?」
「当たり前だろ」
「当たり前なのね」
出会ってまだものの数分だというのに赤髪の少女はわかってしまった。フレイヤの顔を見ればわかる、何をどうやっても彼女の意見を帰るのは無理だと。
……諦めて2人で逃げる方向に作戦を変えるしかないわね。
「いいわ、フレイヤ。ここから逃げる方法を考えましょう」
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