2023年5月、京都⑥
忠遠の出した本を片っ端から折ってみたが、どうも手応えに薄い。折り上がった姿も与えられたお題だと言われたらそう見えなくもない、その程度だ。
スマホで検索すると折り方の中に薔薇の花があった。花芯を捻る力技をかますのが好みではないのだが、仕上がりは悪くない。しかし、忠遠が虫か鳥にしろと言った根拠は解っている。翼や羽根をもつものなら標的のところへ自力で辿り着き、その目で監視できる。だが薔薇では動くこともなく、目も無い。
…植物の周辺認知力や光感知は計り知れないんだけど、果たして植物の見てる景色が求めるものと合致するかは、謎。でも可愛くできたな、と満足そうに眺めてから改めて再度検索してみる…羽搏く朱鷺なるものが出てきた。成程、トキ保護センターや新潟県などが広報に出しているのか。折り方は所謂羽搏く鶴なのだが、顔を黒く、嘴を赤くなるよう折紙を先染めしておいて折ると途端に朱鷺を折っている実感が湧いてくる。立つ鷺も見つけて折ってみる。鷺というと白いイメージから白い紙しか無かったらイメージに沿い易い。
「でも飽きた…」
折り方のサイトの端に広告が入っていた。一初が嫌がりそうだな、と思ったが、よく見ると植物苗の広告である。ピンクの果樹苗で検索したら出るかな、と思わず検索を始めてしまった。
なかなか起き出してこないメイアンが気になって仕方のない熊には残念ながらタイムリミットがあり、後ろ髪を引かれるような顔で学校へ行ったのち、忠遠は仕方のないことだと溜息を吐きながら襖の前に立つ。
「メイアン、朝だぞ」
返事が無い。
ここで村上から朱鷺が訪ねて来たぞとでも言えば跳ね起きるのだろうが、そのような戯言で掻き乱すのは趣味ではない。開けて入って揺すればよいことであるのだが。
「おはよう、四条さぁん」
玄関から声が届く。腕組みして寄りかかった柱で思案していた忠遠は片目を開いた。
玄関先には皐月の装いの輝媛がいた。
「これまた渡りに船」
「あら酷い言い様ね」
「昨日帰ってきたばかりでな。そこに報せてあったとはいえ二度と見たくもない顔とくれば、些か参ってしまっても仕方あるまい?」
「優しいこと。貴方もメイアンの幸せに当てられた口?」
「当てられても良いと貴女も思うことだろうよ、媛」
「そんなにきらっきらなの?まあ、それは素敵ね。メ〜イア〜ン♡起きて頂戴な〜♡お話聞かせて頂戴な〜♡」
輝媛は遠慮無く襖を開き、俯せに眠りこけているメイアンの傍らに裾を払いながら両膝をつく。
「ふふ、可愛♡きらきらっ♡…あら折紙。そう、頑張ることにしたのねぇ」
薔薇を手に取り、可愛く折れているわね、とくるりと回す。それで鼻の辺りを擽る。
「メ〜イア〜ン♡起きて頂戴よ〜。あら?鷺?まあ♡これは朱鷺ね〜♡」
朱鷺という言葉を浅く浮上してきたメイアンの意識と耳が拾った。
「う…あれぇ?輝さん…?」
「メイアン♡おはよ♡お帰り♡」
鰹縞の鮮やかな着物、杜若の帯には眩しい黄緑の帯締めと八ツ橋を思わせる生壁色の帯揚げ。青楓に流水の羽織は早くも紗袷。衿元には燕がちらりと姿をちらつかせている。
「おはよう…あぁ輝さん今日も綺麗…五月かぁ…」
「メイアンも綺麗よ?」
「輝さん?謙遜はいけないよ」
メイアンはごろりと転がり仰向けになってから身を起こす。輝媛は手に持っていた朱鷺の折紙の嘴の先をちょんと頬に触れさせた。思わずそちら側の目だけ閉じてしまう。
「輝さんも物見高いね。今日もお洒落。縞のお着物、綺麗だよ」
「ふふっこれは鰹縞。初鰹の季節よ」
「燕が尻尾だけ。さっと飛ぶ姿だぁ…帯は尾形光琳?」
「杜若は燕子花とも書くわ。花の季節であり燕なの」
「青い楓も若々しい。流れは杜若とも繋がるね。初物は健康を祈る行事でもあるんだっけ。明るい色合いが初夏を映して、輝さん素敵だね。あぁ、琥珀糖を持たせてくれてありがとう…皆んな喜んでくれたよ。いっちゃんは家宝にするとか言い出しちゃってね。そんなことしないでって頼んだけれど、食べてくれたかなぁ…」
「ふふふ。朱鷺の子?可愛いこと言うのね。また作るわ」
「今度はあんまり忠遠を泣かせないでやって?…ああ、忠遠、おはよう…」
覗かぬよう忠遠は柱にまた背をつけ、腕組みしていた。
「熊が豆ご飯を炊いてぎりぎりまで待っておった」
「それは悪いことしちゃった。まだある?」
「無論。支度して来るとよい」
忠遠はそれだけ言って立ち去る。
「つい夜更かししちゃったな」
「…陰と陽をそれだけ意識して、今までと違って活発に回るようになったから、本当は身体が追いついていかない筈よ?できることなら朱鷺の子と支え合って安定するまで一緒にいさせてあげたかったわ」
女子トークを炸裂させたそうに起こしにきたのかと思いきや、輝媛はしょぼんと俯いた。
「そっか、一緒にいる意味ってあるんだね。物理的な距離の近さ、侮れじ。…ねぇ真面目に訊くけど、身体を繋げるのも、そういう意味合いがある?」
ええ、と輝は頷く。
「男を陽、女を陰というでしょう…この考え方はあまり好ましくないのだけれど、生物として形状がそうなのだから、仕方ないわ。仙に限らず和合は強い安定を齎すし、世代も巡る…体内に受け入れて、距離もなによりも近くなる。大切なことよ」
小さくほっとメイアンは安堵の息を吐く。
「ありがとう、輝さんが女性でよかったよ。訊けば誰もが答えてくれたろうけど、互いに慎みで訊き難いし答え難い内容で、紳士な仙達には迂闊に質問できないでいた。輝さん、雑に訊いてごめんなさい」
「謝らないで。私、貴女に期待していたの」




