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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都③

「メイアン、マーキングされてるぞ」

マーキング、か。一初の仕業だな、とにやけたいのか顰めるべきか泣きそうなのか。

「…な…心当たりあるのか⁉︎誰だよっ、なんでそんなのつけられてんの、つけられて平然としてんの!」

「いやその…」

「髪の中までついてるっ。げぇ、これ鳥…水鳥?鷺の類とは違うな。鶴やこうのとりとも違う…」

「鳥が分泌したものがついてんの?」

「えぇ?野生の鳥でも捕まえたの?そういうんじゃなくて…鳥の仙、俺や姉ちゃんみたいなの、そういうのに、なんていうの、こう…物質じゃなくてさ」

「魔法っぽいマーキングされてるって?そう…しょうーもないなーもー」

苦笑いすると、久我は泣きそうになっていた。

「なんでメイアンそんなんなんだよう」

「そんなんって、どんなん?」

「嫌がるわけでもなし、えぇ?寧ろ喜んでる?なんなの?」

喜んでる、か。客観的になってみると意外と単純な己が見えてくる。

「なんで他所の雄に印つけられてんの!あぁあ俺つけとけばよかったのにいぃ!」

悶絶する久我は面白いが、マーキングしておきたかった理由は謎だ。

「いやなんで久我がマーキングすんのさ」

「だってどう考えたって俺の方が先にメイアンと出会ってるだろ。俺凄いメイアンのこと気に入ってんの!酷いことしたのに許してくれちゃうし仲良くしてくれて!なんで横合いから掻っ攫われるの指咥えて見てなきゃなんないの!」

「あのさ、なんで掻っ攫われるとかになんの。久我とは友達続けるけど?」

「友達?友達で終わりなの?」

「いやそれなにが拙いの」

「そんなぁ!メイアン鈍いっ」

「えぇ?水鳥は惚れっぽいの?久我可愛いしできる男なんだからもてるでしよ」

「もてない」

「そうぉ〜?推察するに…久我はこんなの趣味じゃなかろ」

「メイアンを趣味じゃないって?」

「アキがあんな感じだからなぁ。おっとりふわふわ、白いレースの似合う、目がくりくりした小柄な女の子〜って感じ?」

「極端なことを言うなぁ…そういう娘は可愛いとは思うけどお…」

「手近にいるからって妥協するんじゃないよ。或いは物珍しいんじゃないの?」

今頃もて期か?それも水鳥限定とか?そんな阿呆な話があるもんかい、と皮肉に思いながら下を向いて唇を噛んでいる久我を見遣る。

久我は実直だと思う。仙になって三十年以上、人間なら知見も積もって働き盛り、恰好をつけるにしても戯けるにしても分別もついて勢いだけではどうにもならないと知っている頃合いである。外見を若く保っている所為で言動が稍幼いようなところが垣間見えるが。

「物珍しい?そりゃ珍しいよ。メイアン、俺にしたこと思い返してみなよ…いいよいいよって許しちゃってふわっと受け容れて。そんなぽふーって受け止めできる?」

「や、誰でもできるよ。つかなに、ビーズクッションでも買えよ」

「メイアンにされたいんだよう〰︎」

「馬鹿言ってんじゃないよ。嫌なら自分のメット出しな」

ヘルメットを捥ぎ取り奪い返すと魔方陣を開いて投げ入れた。

「ごめん!ごめんメイアン!」

すたすたと玄関に向かうメイアンに追い縋るように久我がついてくる。

「なに謝ってんの。怒ってない。ちょっと自分の不甲斐なさを反省してるだけだ」

「不甲斐ない?どうして、メイアンが?」

「久我に最善を尽くしたか?ちょろんと関わって心を乱しただけじゃん。そんな無責任で久我の心は猛嵐だろ」

「ちょろんとだなんて…俺、そんな駄目?」

「さっき言ったじゃん。可愛くてできる男だって。間近で見てるアキからしたらさ、成長中で物足りなくて発破かけようとするんだろうけどさ。久我は…多分アキが思っているよりも恰好好いものが好きで、判断も速いし、情報の統合力がある。そうやってちゃんと己を培ってきたひとをぞんざいに扱っちゃ駄目だろう?」

「ぞんざいにだなんて思っちゃないよ。乗り遅れた俺がいけないんだ」

「乗り遅れただなんて」

「もし俺がメイアンの新潟行き前に思いを通じ合わせていたら、あっ、メイアンの意志がっ、ちゃんと、ね?メイアンは行った先で色男に出会ってもああ久我が待ってるって見向きもしなかったんじゃないかなって。そのくらいの義理立てはしてくれるだろう?」

「義理立てだなんて、そんな」

「ほらね。きっと俺を一途に想ってくれたよ?あー、だから、新潟に行く前に俺がメイアンとちゃんと、ちゃんとね?恋し合えてたら、の話。現実はスタートすら切ってないし、俺告白すらしてない、や、それ以前に素振りすら出せてなかったじゃん」

久我は己の傍に方陣を描いて自分のヘルメットを取り出した。たっぷり自己主張しているそんなヘルメットは使わないよ、とでも言いたげに。そして玄関に背を向けていたメイアンを肩を掴んで回れ右させた。

「気持ちが覆るのは期待しなくもない。でもメイアンがそんな浮気性だとは思いたくないんだよね。なにこの二律背反ジレンマ

態と掌を開いて久我は小気味よくぽんと触れ、メイアンの肩甲骨の辺りを軽く押す。

「泣くなら今直ぐ泣くか、夜風呂で泣けよ。ここの家のちびこいのさま達が右往左往する」

メイアンはうんと頷いたが、足は止まっていた。

「…メイアン、なんだか可愛くなったなぁ。ほら、来い」

横に立つと頭ごと引き寄せる。

「久我いいやつ…」

思わずTシャツをくしゃっと掴んでしまうと肩に顔が半分(うず)まった。

「あのな、他にはしねえのよ」

「…はっ、ははは。も、もうっ、なに言ったらいいのさ…」

「言うな言うな。黙って泣くだけ泣いとけ。目、擦るなよ。入道さんに揶揄われる」

「いやお見通しだろ…」

「黙ってろって。ねぇ?メイアン?新潟行って出会ったのはそんなにいい男?初めて会った頃より生気がずっとあるよ。漲っている感じ…俺ちょっかいは出さないけど、退く気もないから言う。もしメイアンをそんな風に良くしたのなら、今の俺じゃ敵わない…そこは見習わせてもらう」

メイアンは顎を引く。すっかり涙脆くなってしまった。陰陽が確かに回って久我には生気が漲っていると映り、涙が簡単に溢れてしまうのだろうか。久我が優し過ぎるからだろうか…。

「ごめん、俺ただの横恋慕だな。メイアンがいけないんだぜ」

そう言いつつも久我の声は笑っている。

「誘ってるとかじゃないんだけどね。ほ〜ら言いたいことあるんでしょ、激白しちゃいなカモン♪みたいなんだよ…俺まんまと引っかかった…」

そんなこと言われてもなと思うも、久我は手を離してくれない。涙が止まっていないからだ。

「四条さまはなにも言わなかった?」

言葉なく肯首する。

「そっか。四条さまくらいになれば揺るがないのかなぁ。俺って半端だな」

メイアンは久我の手を外し、身を離した。拳で鼻をぐいと押さえて啜り上げる。

「ありがとう。迂闊でごめん。忠遠は千年以上生きてるからそれでふらふらするようなら五年くらいぶっ通しで滝にでも打たれてこなきゃとっとと仙やめろってんだ。久我は半端なんかじゃないよ。お世辞じゃないからなっ。こんな久我を知っていたら、」

久我はふっと口の端を上げてメイアンの口に揃えた指先を当てた。

「メイアンの今を否定するなよ。大事なんだろ。俺、浮気相手になるのやだよ」

久我は温和で思い遣り深い。こんな彼の本質を見ないまま京都を出たことが悔やまれる。一初に出会って気持ちを添わせたことに悔いは無いが。

「気を遣わせた。惑わせたことは意図してなかったが本当に申し訳ない。お願い、友達やめないで」

目を見て懇願できないメイアンに久我は目を更に細めた。

「安心して、やめないよ。さ、顔を洗ってきなよ。微温湯ぬるまゆじゃ駄目だぞう。きんっきんに冷たいのでばっちり冷やすんだからなー!」

忠遠の家を出たのは十分後だった。

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