2023年4月、新潟㊽
「いっちゃんの馬鹿…」
「ええ?罵られるとこ?」
「余計に立てないじゃん…なんだよ、腰抜けさせてどうしたいの。泣かせたいの?」
「それもちょっとしてみたいかも。いやいや、辛くさせたいとかじゃないよ、それは誓って嫌だ。メイアンがおれを想うだけで涙目なんて幸せだなって。朝露が光る薔薇みたいじゃん。…あれ?おれ滅っ茶くさいこと言ってね?」
「ぇえ?自覚なかったの?」
やっと一初は手と額を離した。目を泳がせ顔の下半分を覆う。
「だって。メイアン、聞いてくれるって言った。思った通りに言ったら、おれ…今頃歯ががくがくしてきた…」
メイアンは嬉しそうに頬を染めて、そしてまた空を見上げた。
「なにが見える?」
「情熱が冷めないことを祈ってる」
「おれの?おまえの?」
「双方。燃え上がるものは燃え尽きるのも早い」
「物質の理なんか持ち出すなよ。おれ達は永い。いずれ熾にはなる」
一初も空を見上げる。
「でもメイアンは時が経っても薔薇や庭が好きなんだろ。おれのこともそのなかに入れといて」
「えっ、やだよ、そんな雑なことしない」
「特別すぎて燃え滓にされると困る」
メイアンは目を閉じ一初に身を預けるように寄りかかった。
「…いっちゃん恰好好い。気取らなくても凛としてて、気高い。なのに純情で。これからウィスキーのように醸成されてゆくとどんなになるんだろう…隠しておきたいくらい」
「そうしろと言えばいい」
メイアンは首を横に振った。
「隠したままにすると、忘れて廃れる。切磋琢磨というでしょう」
「…偶々同じ集団になった連中と励まし合えって?」
「それもいいとは思うけどさ。骨を切り出し研くこと、象牙を磋くこと、玉を打って琢くこと、石を磨くこと。骨や象牙は軟らかい素材だから無駄に力まないように大切に、玉や石は硬いからもっと硬いものを使って慎重に仕上げることなんだ。よく繙くと周辺を使って高める意味なの。まあ、互いに高め合っていく結果になるのは、おまけだおまけ」
原石を仕舞っておいても可能性が光るだけ。みがき上げてこい。研いて、磋いて、琢いて、磨いて。一初は顎を引いた。
メイアンが風呂を使っている間一初は紅茶にしようと茶葉を量り湯を注いでいた。
「いっち、折角ふたりきりにさせてあげたのに、どうして甘々ラブラブに仕上げないの」
「…タカ兄さま、覗きですか」
「さまじゃないでしょ」
「態とです」
「裏庭なんて駄々漏れだよ。途中まで薔薇を捧げる騎士のようだったのに、なんで最後はがっしーんっとか手を組み合わせてマッチョに終わるわけ?」
「出歯亀…」
「いっちの癖に生意気」
そう言う割に嬉しそうではある。
「いいじゃないですか。一初がメイアンとそうやって互いを大事にすると決めたのですから。変に一気に盛り上がらなくしたのはとても紳士的ですよ。メイアンもその場限りにするつもりがないと我々に言いました」
「…公開処刑じゃん…」
頭を抱える一初の横合いでタカはポットから自分のマグにさっと注いで口をつける。
「タカさま!」
「戻ってるよ」
「もうっ」
「ゴールデンウィークが明けたら学校に通いましょうか。どうします?一初は小学校?」
「うん。小学校の高学年から始める。学校制度の全部の段階を全部やりたいところだけど、流石に入学から始めると馬鹿臭くて、死ぬ」
「では我々は中学校の三年生くらいにしますか。一初は五年生にしましょう。でないと式典が重なって面倒です。親は海外にでも仕事で赴任ということにすればまあなんとか体裁は保てるでしょう」
一初はぶつくさ文句を言いながら紅茶を淹れ直していると髪を拭きながらメイアンが戻ってきた。
「…なんの悪企み?」
「学校に通おうという計画です。一初は小学校、我々は中学校へ」
「へぇえ、中学校にしたの…大人びた子供にならない?」
「姿はどうとでもなります。卒業式にはメイアンにも来ていただきましょう」
「いいの?ならそれまでに化られるように修行だな。義務教育から始めるのは正解かもね」
一初はメイアンに紅茶を差し出し、自分とクラの分も置く。
「おれは小学生やる。子供からだって、馬鹿にしないの?」
「小学生は馬鹿にされる存在ではないでしよ。身の回りだけは気をつけて」
うん、と一初は頷いた。
「タカさん、クラさん。昔と違って今は超管理社会だ。色々詮索するやつも多いし、記録と記憶は要注意だよ」
「心得ました。メイアン、今日はもうお休みなさい、一日中一初と出歩いて疲れている筈です」
メイアンはカップを干し、頷く。
「そうでもないけど、休もうっかな。いっちゃん、おやすみ♡」
頬に唇をひとつ。リップ音は離れてから。全く、揶揄われる余地を残しておきながらこういうことをする。
メイアンが立ち去ってから、だらしなくテーブルに頬杖を突いていたタカが言った。
「俺達さぁ、メイアンよりずっと前に仙になって時間そのものは先んじてるけどこういうところ、メイアンの方がずっと洒脱っつーか瀟洒な?」
「﨟闌けてるというのでは?」
「胡座で雑だ」
タカやクラにまで妬き始めたらかなりきてるな、と思うも一初はつい口を挟んでしまう。
「本気で所作を守ったら傅く者は多いだろうよ。いっち、こりゃ本気で漢を鍛えないとな?」
どうしろというのだ、と反駁は浮かんだが、確かにそこなんだよ、と一初は小さく項垂れていた。




