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狐と踊れ  作者: 墺兎
92/321

2023年4月、新潟㊼

伝えるべきか。

否か。

口に出すのはどうにも不器用な感じで、趣のないやつだと思われそうな気もする。だが、ただふらふらと引き寄せられたなどと灯に集る蛾のように思われてもつまらない。

「メイアン」

「ん?なあに?」

「おれ、さ。どうしようもなくおまえに惹かれる理由、わかった気がする」

「聞こうじゃないの」

勝ち気な言い方だったが嬉しそうだ。

「言葉にすると浅くて嘘っぽいけどさ。おまえのそうやって世界をまるく捉えようとする、かどが立っていたら少しだけでもまるく、誰に当たっても痛くないように、っていう…それが堪らないんだ。そりゃメイアンにだって腹が立つことも、周りを押し除けたいこともあるだろうよ…でもマタイ伝の麦播きみたいに岩や道に落ちたら、きっと土に戻そうとするだろう。茨の中には落ちないように茨を囲うだろう。他人は優しいって言うかもしれない。でも多分優しさじゃない。茨を含めて皆んなに機会を提供してる、そんな感じかな。図に乗って勝手し始めたら容赦無くぶった斬るだろ、おまえ」

「手の届く範囲しかしないよ」

「キリストだってそんな守備範囲だったさ。風呂場でおれに言ったの、イル・フォー・ド・トゥー・プール・フェール・アン・モンド、合ってる?」

思い切り片仮名読みにメイアンは苦笑いしたが頷いた。

「おれは初めはおまえを排除しようとした」

「大事なことだよ、いっちゃんは正しい」

「世界は雑多だってことをおれはわかってなかった。あの状況に寛容が必要だったとは言わないけど、心の奥底には持っていなきゃならない。覿面に、効いた」

反論しなくていい、と掌を前に立てる。

「おまえのまるさに触れた。もう他なんか、どうでもよくなった」

一初が手を下ろしたが、メイアンはなにも言葉にしなかった。

「他と比べろって言われたし、おれの見識が狭いのも確かだ。だから約束は守る。でも憶えていてほしい。おれはおまえのまるさが好きなんだ」

「…結構刺々しいよ?」

「構わない。薔薇は棘があってこその魅力だろう?おまえはとても薔薇に似ている」

「薔薇に似てるなんて言われたの初めてだよ」

「本当に、似ている。ピースだっけ、咲きめは黄色が強いのに、徐々に黄色は淡くなってピンクが残ってゆく…おまえはこの薔薇」

「あんな大輪の名花じゃないって…」

「おれにはこの薔薇。Gloria Dei(神の栄光)と呼んでもいい。Gioia(幸福)でもいい。おれの薔薇」

メイアンはへなへなとしゃがみ込む。膝を抱えて顔を埋めてしまった。その中から呟く。

「…強烈…」

薔薇の価値を知るメイアンには一初が思う以上に響いているのだろう。

「重くて、ごめんな」

顔は埋めたままだったが、メイアンは首を振った。

「このまま溺れたい」

「駄目。水底に沈んだままでは藻で汚れる。花は咲いて散ってを繰り返すから美しいんだ。おれの庭は季節を巡る庭。ピースは彩りを変えながら咲く薔薇。変ないしころになるな」

メイアンはまだ立ちあがろうとしない。

「…いっちゃん、…めろめろってどういう意味なのか今以て体感してる…もう動悸は凄いし、脚はがくがくする…顔熱いし…力が入らない」

「担ぐ?」

「いや、このまま、今戻りたくない。殺し文句が過ぎるよ…」

「…そういうつもりで言ってない。でも伝わってよかった」

一初はメイアンの横に腰を降ろした。

「メイアン、爺さまがここのピンク色のことをゆるし色って言ってなかったか?」

「鴇色って言う前に、うん」

「確かにおれ、鴇色を目指して花を植えたんだけど、爺さまに聴色ともいうことを憶えておけってよく言われてたんだ。なんでピンクをこう呼ぶ?それは禁色きんじきの対語だから。紅花で濃く染めるのは身分の高い人だけに許された色で、誰でも使っていい紅花染の色は聴色。紅花は高価な染料だったからね」

メイアンはやっと顔を出して一初の顔を見た。

「なんでゆるす、が許可の許すじゃないのか。多分本来紅花染は全面的に禁止されて濃淡関わらず禁色だったのだろう。でも一反二反染めるのに紅花一(こん)までなら、と聴き容れてゆるした。聴くこととはそういう意味なんだ、と耳に胼胝ができるくらい聞かされたよ。耳胼胝だったけど、軽く忘れてた。でもメイアン、何度も言ってたろ?美しいものは美しいって言いたいって…言葉はどうしても軽くなる。だからちゃんと聴かないとならないんだ。身に沁みた。だから、この庭の色は鴇色で、聴色」

一初はメイアンの肩を優しく掴んで己に向けた。そしてこつっと額同士を合わせる。

「メイアン、おまえ、勘違いしてないか確かめろって時間をくれたよな。言った当初はメイアンだって気持ちが固まってなくて、おれに選択の余地を残すつもりでそう言った筈だ。でも…でも、今は、もう、違うよな?」

一初は祈るように目を閉じていた。

「おれが別の奴に勘違いしないか確かめろって、そう思っていいよな?」

メイアンも倣って目を閉じ、顎を引く。すると唇にほっと安堵の息がかかった。

「…うへ、今日はもうこのままキスしたいシチュ多過ぎだよ。我慢大会かっ」

それでも一初は手は離してくれなかった。

「…してもいいって、言ったよ?」

「誘うなよ。キスして特別になったひととなにもしない別の有象無象を比べたら、絶対比較対象にならないだろ。キスしたいのはおまえだけ。だから今日は我慢」

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