2023年4月、新潟㊺
夕飯は馬刺祭りだった。ブロッコリーと蕪の温野菜サラダを用意してくれてはいたが、クラもタカも馬刺を楽しみにしていてくれたらしく小皿に胡麻油と塩を用意してすっかり万端だった。馬刺は部位がわからなくならぬようにと皿には出さずパックのまま食卓に上げられた。会津の店で買った分についてきた辛味噌も出して昨日に輪をかけて賑やかだった。
「最後の店の味噌とそのひとつ前の味噌、少し味が違う!」
好奇心が旺盛なタカがいの一番に食べ比べて旨いと喜んだが、ふとメイアンを見、一初を見、頓悟したように牛乳を持ってきた。
「飲みながら食べなさい」
横でクラが堪らないと言いたげに横を向いて口許を覆っている。
「タカ兄さま!そういう気の回し方やめてくださいよう」
「いっち、またさまになってる」
「ぶうぅ…はいはい、タカ兄さん」
メイアンは微笑ましい光景に浮き立つ心でコップを受け取ると、一初は膨れっ面になっていた。
「ぅもう…メイアンも否定しろよう」
「えぇ?なにが?」
「いっち?メイアンは気にしないって言ってくれてるけど、やっぱりね、こういうものはデリカシーがものをいうよ?」
「タカ兄さま?メイアン絶対わかってないですこれ」
さまじゃないでしょ、と言うタカの横でクラもものは試しというように箸先に僅かだけ取って肉に載せて口へ運んでみる。
「美味しいですね。でもうん、タカの言う通りにした方がきっと好印象ですよ」
「だぁーかぁーらぁーっ、クラ兄さままでぇっ!」
「一初はいつまで経っても他人行儀ですねぇ。あ、メイアン?先に牛乳で口を潤すことをお勧めしますよ」
「わぁあん!誰もおれの言うことを聞いてくんない!」
どういうことだろうかと疑問を抱きつつもメイアンは勧めに従って牛乳を飲んでから辛味噌を試してみる。
「唐辛子じゃないんだぁ。ん?これ大蒜かぁ。生のままなのかな?淡白な馬肉と合う…ん?」
「ほら。クラ兄さま、メイアンはわかってない」
「おやおや、寛容なのですね」
「んん?」
それでも胡麻油の方も捨て難いらしくそちらに肉を浸していると、一初が身を傾け、口許に衝立のように掌を立てて囁く。
「気づけよ」
「なにが?」
「おれ達夕飯のあとなにしてなにすると完全に誤解されてるぞっ」
「えーっ、おやすみってほっぺにちゅ♡は駄目なの?」
「…それ態とか?」
メイアンにまで揶揄われているのかとうんざり気味に答えた一初だったが、メイアンは至って真面目だった。
「いっちゃんは約束したもの。今日だけ例外、なんて冗談かましてくるわけない」
言葉に詰まり、しゅんと小さくなった。
「おれだけが踊らされてる」
「ねえいっちゃん赤身美味しいよっ。サシのところも諄くない」
「その赤身、最後の店のだろ?部位書いてなかった」
「うん。辛味噌で強い味をつけてもいいし、胡麻油で舌触りをつるっとさせたら別物。フタエゴはどんなかな〜」
メイアンは油に溶け切っていない塩を掬い載せながら笑いを含ませて悪戯っぽく言った。
「でもちゃんと歯磨きはするからね?」
「こんにゃろ」
「脂のとこも美味しいっ。しつこくない。あっそうそう。行者大蒜!タカさん、バター炒め?」
「加熱するとどんどん小さくなってしまうので、融かしたバターの熱だけで、バターを絡めるような感覚で火を入れるのがこつ〜。だからまだ葉が広いでしょ」
「ブルームが取れて緑が艶っ々!食べていい?」
「召し上がれ」
大きな束だった筈なのに嵩が大幅に減っている。一枚を丁寧に摘み上げて口に運ぶ。
「おおっ。山菜はほろ苦って概念が崩壊。切り口から大蒜っぽいにおいはしてたけど、この青い感じが春だあ。美味しーっ!いっちゃんが小国で気づいてくんなかったら一生知らないままだったよ」
「ふふ、いっちが役に立ちました」
「苗を買ってきたんでしたね?あれ、花が咲く株がありましたよ」
「本当?わあ、どんな花かな。アリウム属だよね、葱坊主みたいな?」
「白い花が咲きます。原産地は日本を含む東アジアですが亜種が欧州にもあってドイツなどでは近縁種も含めてSiegwurz、勝利の山野草などと呼ぶのです。英名もvictory onionといいますからね」
「onionってことは鱗茎を利用してるの?」
「いいえ、あちらでも葉を食用にするようです。alpine leekともいいますから、鱗茎で殖えることを指しているのでしょう」
「おぉお、わかりやすい。花が咲いて種子は?」
「発芽適温に上限と下限があるそうです。その上一年目は地上部を作らないそうなので、大切に育てなくてはなりません。西日の当たらない、日の当たる斜面を好むので山にこれを狙って入る山菜採りは遭難しやすい。現在流通しているものは殆ど栽培ものです」
流石は谷の龗、面目躍如だ。
「いい?いっち。いっちなら先ず間違えないとは思うけれど、この庭には鈴蘭も犬洎夫藍も植えているでしょう。絶対に混ぜないようにね」
山の龗も黙っていられないか。
「犬洎夫藍?」
「コルチカム、って言えば通じる?」
「ああ。コルヒチン含んでるもんね。植える場所を選ぶなぁ」
「うーん…裏の斜面が空いてるから果物でもやろうかと思ってたけど、ポタジェにするかな」
「jardin potager?」
「そう。家庭菜園じゃなくて、ちょっと装飾的で歩くだけで楽しいやつ」
「いっちゃんが作るとピンクのジャルダン・ポタジェになりそう〜。先ずシブレット植えて〜ピンク系の蕪…パースニップ。ラディッシュ?紅芯大根があるなぁ。ピンクのカリフラワーもいいよね。あ、ブラシカばっかじゃん。ルバーブも綺麗なピンクが出るようにして…スイスチャードにビーツ。ピンク系トマト、ほら、桃太郎とかっ。苺も桃花系の選ぶときっと可愛い。ああもうざっくり桃植えちゃう?」
一初はすっかり箸が止まってしまっていた。
「メイアン、半分くらいなんの植物かわかんねぇよ…あ、いいっ、いい。自分で調べるからっ。おれは最近どこかで見かけたピンクの茄子かな〜とか思ってたけどまだまだあるな、ピンクの野菜。面白いっ」
「バジルとトマトを一緒に植えるのはジャルダン・ポタジェの基本だよ。バジルにもダークオパール系の赤い葉の種類があるから彩りにもいいよね、きっと。豆を植えたら必ずペチュニアだし、虫対策や線虫対策にはマリーゴールド…うっ、ピンクが無いな」
「いや、ある、あるぞ。茶色系の変種なのかオレンジピンクなのは種子を種苗会社が売ってた。ネットフリマでローズピンクって謳ってたのも、見た。これは探し甲斐がある」
「ナスタチウムも虫対策且つ食用になるよ」
「エディブルフラワーか?花食うのは罪悪感があるなぁ」
「葉っぱもぴりっとした味がある。蒸れないように間引き感覚で採ればいいよ。赤葱も赤玉葱もいいねっ、行者大蒜も少し根元が赤いし、収穫に歩くのが楽しいよ、ねぇタカさん」
タカは目を細めた。
「いっち〜メイアンがぐんぐん菜園のレベルを上げてるけど、大丈夫?」
「ゔっ…ま、まぁ、野菜だから一遍にはできないし、時期も限られてる。ゆっくり埋めてゆくよ」




