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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㊹

左手にずっと阿賀野川を見ながら走っていると、ふとメイアンは地名に目を留めた。

「草水。もしかしてこの辺りも石油が出たのかな?」

「くさみずと書いてくそうず…臭水ね。だったかもね。今でも新津の辺りは出てる。産業として成り立つ程ではない癖に延々出続けるから、ちょっとした問題になってる」

「問題?」

「原油だぜ。石油ガスが出るのも危険だろ。掘らなくても出るってことは石油層が浅いところにあるから、流れ出るのに任せているとある日突然地盤沈下や陥没が起る」

「それは怖い」

「その山の裏側に観覧車があるよ」

「へ?観覧車?」

前の車のスタートに合わせてスロットルを開く。尾根を回り込むように安田に入ると、確かに山の中腹に観覧車が見えた。メイアンは左車線に移って信号がまた変わるのを待つ。

「潰れそうで潰れないけどずっと潰れそうな遊園地がある」

「こんな山の中に?」

「新潟に最後まで残った遊園地なんだって。昔は鳥屋野潟のところにもあったらしいよ。でもさ、新幹線で一時間半もあれば外資の夢の国に着いちゃうじゃん。そういうところはアトラクションも常に新しいし全天候型だし、どうしたってそっちに流れるでしょ」

「…ん?冬場は雪で休みなの?」

「あんな山の中なんだぜ、アトラクション渡り歩くだけで雪中行軍だ」

「遭難する?」

「する」

メイアンの背中がくつくつと揺れている。一初は少しだけ気晴らしになったかな、とほっと安堵の息を吐く。

国道49号から外れて阿賀野川の堤防へ上がる。阿賀野川の川面は穏やかで、流れなどないようにすら見える。見晴らしがよく、西の空が橙に染まってきていた。

羽越本線の下をくぐり、また49号へと戻った。新横雲橋を渡ると右手に住宅地が一気に広がる。左側には見渡す限り真っ平らな水田が続いている。

「あはっ、今日初めて電車を跨いだよ!」

「信越線。磐越西線と共用だ」

青いネットのかかった棚状に作られている畑が見下ろせる。

「あれなに作ってるの?葡萄?キウイ?」

「あれは梨。花、終わっちゃったかな?ああやって棚にしてやらないと、梨はどんどん上に伸びる」

「梨!産地?」

「阿賀野川の川砂が果樹生産に向いてる。新高とか新興とか、あの新は新潟の、新」

「梨かぁ!」

「洋梨も作ってる。冬になる前に来い」

返事はなくてもいい。今年は居場所を訊いて送ればいいのだ。



49号を降りて信越線に向かってゆくと目的地は直ぐだった。バイクを停めて野菜売り場を進んでゆくと、丸々と瑞々しいえちごひめがまだ残っていた。

「供給過剰なんじゃん?」

「お蔭でお土産が買える♡ああもう、四パック買ってっちゃおう!」

「買い過ぎだろ」

「美味しいもん!食べちゃうもん!」

子供っぽい仕草と言葉でメイアンは運搬用の四パック詰めの箱ごとレジへ運ぶ。

「おい、結構するぞ?」

「お礼にそういう綾をつけないの。それだけ楽しかったの」

支払おうとしてメイアンが財布を開く前に横合いからすっと一初が払ってしまった。

「やめてよう」

「馬刺も順番に払って、多分これでイーブンになってる。楽しかったのはおれもだから、おれだって礼を言わなきゃ」

不承不承頷くかなと思いきや、メイアンは嬉しそうに目を輝かせていた。

「お金の問題じゃない。お礼を言いたくなるような楽しい旅だったよね!」

「時代を巡って、風土を見て」

「いっちゃんとたっぷりいちゃこらしたしね〜」

「あっそれはクラさまとタカさまに言うなよ?」

「へへへっ」

「言う気だな?頼むやめてくれ」

きっとばれるな、と思いながら家路を辿ることにした。



「魔の紫竹山ICは避けるでしょう?竹尾ICはいっちゃんが動かないぞっなんて脅かすから、結局また一日市ひといちから走ってきちゃった。いっちゃんを遅くまで連れ回してごめんなさい」

村上に戻る直前、偶々引っかかった信号のところで胴に回されていた腕が短く幼くなった。ヘルメットの位地も低くなって、全体のバランスが変わる。思わず振り返ると一初は出発時の子供の姿に戻っていて、大真面目な顔でVサインを突き出された。

「なんなんですか大人のふりして、とか追及されるだろ、絶対」

「疚しいの?」

「疚しいね。子供だってことで送り出してくれていたら、おれ裏切ったもん」

「クラさんもタカさんも、いっちゃんのこと子供だなんて言ってないよ。クラさんなんか、法律に照らし合わせてもう成人なんて言ってたから」

「そりゃ生まれて十八年ではあるけどさ。今日は特に中身が子供だって痛感した。時間は埋められないから子供なのは仕方ない。でもメイアン、忘れないで。努力で埋められるところはきっちり埋めとくから」

「いっちゃんの本気が怖い」

笑って最後の一走り。到着してみると九頭龍の姿が無かった。

「九頭龍さまならご用事ができてお帰りになりましたよ」

「お土産買ってきたのに〰︎」

「一初、手を洗ってらっしゃい。夕飯の支度を手伝って」

「はーい」

態よく追い払ったな、と思いながらメイアンは苺と行者大蒜と馬刺を全部取り出した。

「一初は、重荷ではありませんか」

タカは焜炉に向ったきり振り向かない。お見通しだよいっちゃん、と心の中で呟く。

「だったらここには戻らなかったし、逆に弄んで放り出せば済むことだよ。今願うのはいっちゃんの負担にならないことだけ」

そうですかというようにクラは頷くと買ってきたものの外袋を外しながら言った。

「我々は月並みですけど幸せであれば言うことはないのです。貴女に不足を感じませんしね」

タカがくるりと振り返った。

「いっちの方が未だ未だでしょ」

「そんなことないよ。ただ…」

一初が戻ってきたようだ。

「クラさん、タカさん。いっちゃんにお(に〜ぃ)ちゃん♡って呼ばれたい?それとも、兄さんっっ、かな?」

ダイニングの扉が開く。

「意表を突いて兄上〜とかでもいいかも〜兄さま、とか?」

「メメメメメイアン!おまえ話したな!」

「兄さんっっ、頭がっ、頭が痛いよっ」

武田信治の真似をするとタカとクラは弾けるように笑い出したが、一初はきょとんとしたままだった。

「ゔゔゔ〰︎自分で話させろよう」

「ごめんごめん」

ぽん、と肩に手を置き二人がまだ笑っている間に吐息で頑張って、と囁いてメイアンはダイニングを出た。手を洗って戻る短い時間で結論が出るだろうか。ちょっと楽しみだ。

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