2023年4月、山形⑧
国道121号は更に況して山の中だった。米沢市街を出るともう両側は木々しかない。
出発直前に道を調べていると、大峠道路というワードに辿り着いた。国道121号の一部区間なのだが、25.2㎞の区間の間に二十六基の橋が架けられ、十四本ものトンネルが掘られている。特に喜多方側のトンネルと橋が続く区間には遊び心が加えられており、そこからこの道のことを大峠レインボーラインと通称するという。
暫く検索画面を食い入るように見ていたが、一初とメイアンは目を合わせると互いに不敵に笑った。
ただ色が割り振られているだけなのに、とてもわくわくしてきた、言葉にしなくても向かいの目がそう言っている。
うん、とだけ言って頷き合い、バイクに乗る。道は山の中ながら広く整備されている。街場を抜けると緩いカーブが続く。思い出したように集落もある。
二十分程走り、田沢の道の駅に一旦入る。草木塔の前に停めてエンジンを切ったが、バイクから降りないままヘルメットを取って息を吐いた。
「つ…疲れた?」
「ははっ違うよ!メットの中がなんか蒸れてきちゃってさ!臭くなりそう」
一初は貸して、とヘルメットを受け取り中に手を翳すように入れた。
「なにしてんの」
「山と谷の龗直伝、涼しい風」
その手を出してメイアンの髪の中にすっと通すと、微風よりも微かな風が汗を穏やかに飛ばしてゆく。
「便利〜っ!なんでそんな素敵なの習得してるの」
一初は反対側にも手櫛を通してくれる。
「気持ちいい」
「時々爺さまの伝手かなんかで他の仙、特に龍の話をクラさま達が仕入れてくるんだ。寒霏さまを爺さまはかなり長いこと修行させてるみたいなんだけど、些とも理解させられない会得させられないって、…その度になんとなく教え込まれて、ちょいちょいレパートリーがある」
「カンピーか…忠遠は魚の脳だから諦めろってよく言うよ。千年経ってもものにならないのはどうかと思うけど、この前竜巻を起こして、竜巻を消す、なんてやってのけたけどねぇ。…あぁ〜極楽ぅ〜…」
「夏の風呂上がりに毎日やったげるよ」
「うっ、それ熱烈」
「へへ、嫁に来いと同義だったな〜」
「いろんなのすっ飛ばしてるよう…」
「こんなこともしてあげるよ。メイアンのちょっと恍惚顔、可愛く見えた」
「到頭目が腐り始めた」
「素直じゃないな。気抜け顔なんか普通しないだろ」
「扇風機の前であ゙〰︎とかやってる顔だったってことか〜うわ羞っ」
「自然な顔っしょ。おれの前だとそうなれるのかって嬉しいじゃん」
後頭部に指を差し込んで風を送ってくれている。メイアンは首を巡らすように一初を見上げる。
「いっちゃん、実は口説くの上手い?」
「口説いたことなんかないっ。いいと思うことはいいと言いたいって言ったの、メイアンおまえだぞ」
「あー、まあ、そうだけど…」
「おまえ、人種とか目の色髪の色とか言う前に、美醜で散々に言われてないか?」
メイアンの背中がぴりっと動く。
「美醜って…うん、まあ。決してこの世の美ではないし、子供の頃は美の基準は大正の基準で、当時としては褒められた顔立ちではなかったよ。フランスじゃ極東の血が入ってぼやけた顔立ちに見えたのかね。雀斑もあるし?成長が途上で幼形成熟でもない。今韓国人がよく目指してる画一的な貌には程遠い。uglyとは言われたことないけどね」
「それ醜いって意味だろう。確か英語では醜いものって基本禍々しいとか汚らしいとか不快なとか、そういうニュアンスの筈」
「そうだよ。美しいまで至っていないことではなくて、忌避すべきものが英語の醜い、ブスなんだ」
「面と向かって醜いとは言われなかったのは欠損してるわけじゃないからって、…またそういう、最低ラインと照らし合わせるなよ」
「averageもordinaryも言われなかったから、中庸ですらなかったんじゃん?どっか変だと思われたんでしょ」
メイアンは諦観を含んだような淋しい笑みを見せた。
「変ってあのな。…ブスは元々附子、鳥兜のことだ。鳥兜のアコニチンは薬にもなるけどその匙加減を間違えると神経毒として無表情になる。それを附子に当たった、ブスと呼ぶようになったって説がある。確かに忌避すべき状態ではあるけど英語のuglyとは意味が違う。メイアンはくるくる表情も変わる、話せば面白くて惹きつけられる。おれ、初めて会ったときほんの二言三言で魔法をかけられたのかとまじ警戒したもん」
「…あぁ…言ってたねぇ」
「アメリカは人種が雑多だからって美醜の基準が曖昧だとかは言わせないぞ。あんな白人至上主義の強い国」
「あはは、だからだよ。コーカソイド系にモンゴロイドが混ざっちゃったら、残念顔に分類されちゃうの。homelyはよく言われたかな」
「それ、家庭的、じゃないだろう」
「あはばれた。イギリス英語では家庭的だけど、アメリカじゃ素朴なって意味。かなり譲歩してくれてるとは思うよ?」
「他になんて言われた」
「plain。テルマエロマエで日本人を見て、平たい顔族って言うじゃん?あれ言い得て妙だと思うんだよね〜」
「それを外国人に言われると腹が立つなあ」
「as plain as a pikestaffって言われて、暫くPikestaffって名乗ってたことがある」
「矛の柄?」
「あはっ、イディオムにすると、凡庸〜」
また変に笑ってるな、と一初は小さく溜息を吐いた。メイアンはもう既に充分腹を立て、行き場のない鬱憤をなんとか消化してはいる。だからといって地団駄を踏みたくなるような衝動が消え去ったのではないのだろう。思わず静かに吐き出していた。
「…丸々一日どこかに閉じ込めて、泣かせてやりたい」
「えぇ?やだいっちゃんやらしい」
「ばっ馬鹿っ、そういう意味じゃ…っと、その手に乗るか。全く、そうやって混ぜっ返してばっかいるから弱味になって残るんだぞ。全部涙にして流し出せばいいものを」
タンデムシートに横座りして一初は肩を落とした。さっき後頭部の髪に指を入れていた勢いで引き寄せてキスでもしておけばよかった。できることなら濃厚なやつ。メイアンを肯定してやるべきだった。
そんな横顔を暫く見ていたが、メイアンは足を振り上げて計器の上を通すと、一初と横並びになった。
軽く顎をとり、頰に唇を当てる。顔を離してから、リップ音。
「ヴァールの人達は直ぐこうやって慰めたんだよなぁ。変な風に距離が近くて戸惑ったものだけど、半分日本人の筈の父親まで同じようにするものだから、普通なのかな、みたいな感覚もある。あっ!親しい人との間でだけだよっ、村人そのいちなんかとはしないんだからねっ」
「村人そのいちと心の痛みを共有すんなよ」




