2023年4月、山形⑤
「残念」
元通りになってしまったことになのか貴重な姿が見られなくなったことを惜しんだのかわからない一初の感想にメイアンは微笑んだ。
「練習しておくよ。いっちゃんと旅をするときは子供の頃も含めて違う姿を見せられるように」
「また先送りかよ」
「ねえねえ、今度はさふたりして三十過ぎのワケアリ?みたいなのになんない?ちょっとあの方達なのなのヒソヒソってやられるような感じの」
「えぇ?」
「いっちゃんはイタリアの優男みたいな感じにさ。フェロモン振り撒いちゃうムンムンした、あんなんになってみてよ!」
「やったことない。メイアンこそ」
「むいーんばちーんはちょっと型通り過ぎるよね。あ、そうだ。アニーみたいなのどう」
「アニー?」
「アニー・レノックス」
男装の麗人を思わせる引き締まった姿なのに、妙な引力を放つ姿を思い出す。ならば変なイタリア男など持ってくる必要は無い。
「ならおれデイブ・スチュワートだろ?」
県道251号を十分走ると次の肉屋に辿り着いた。飯豊と長井って近いんだなと一初は首を捻っている。
「赤身だ。鮪みたい」
「スモークもあるぞ。気になる」
「なるなるなるなる!」
牛や豚には全く目もくれず馬肉だけに執心な客は珍しくないらしく店員も丁寧に説明をくれ、ふたりはご満悦で店を出た。
「もう夕飯は馬しか受けつけない!」
「おれも。白飯炊いといてくれるかな」
「連絡しとけばいいじゃん」
一初はこの姿になってから初めて口を尖らせた。
「クラさまでもタカさまでも滅っ茶玩具にされるのは目に見えてる」
「心配だけはかけないようにな」
「むー…」
「どうした?」
「心配かけるな迷惑かけるなって釘刺されてるのメイアンも見てたろ」
「ふふ、あれか。まあ歳とったら出易い口癖みたいなもんでもあるし…他者の手を煩わせず自分の始末は自分で、ってのはよくある美徳だからなあ」
跨ってエンジンをかけるとメイアンはシートの上で腕組みして首を傾げた。
「おれ危なっかしい?」
「否定はしないけど、気をつけてはいる。努力は実ってると思う」
「即断で否定されたかった」
溜息と共にタンデムシートに跨る。
「多分、誰にそう問われても否定しないけど?」
「どういうこと?」
「危なっかしくない人間なんているもんかい。視野が三百六十度でもなけりゃ音の指向性を完璧に把握できもしない。だから親切な人が助けてくれるし酷薄な人は見殺しにする。他人に迷惑云々っていうのは、事故の引き鉄を引かせてしまったり助け切らなかった後悔を植えつけてくるなってことなんじゃん?」
「…事故は避けられないが、助かるだろうもんな」
「目撃者にあれれ?と思わせない努力が必要だな」
一初のホールドが極まるとメイアンはスタンドを払ってスタートさせる。周辺の田圃はすっかり田植えが済んでいる。桜は散り、箱根空木がちらほら。ジャーマンアイリスが群生している様はとても逞しく見える。道が整備されている所為か、次の店も二十分足らずで到着した。
「み…道が良過ぎる‼︎」
「あははっ、吃驚するくらい人いないしねぇ。往き交う車も少ないから、すっと着いちゃう」
同じくこの店もガラスケースがあり、量り売りもパック詰めも並べられている。
「最初の店こそ北海道産だったけど、さっきの店もここもこの地域で生産された馬なんだな」
「驚きだよな。馬の牧場なんかとんと見かけなかったのに」
ロースやモモが並ぶ中、レバーを見つける。
「タテガミ?ネック?サガリなんてのもある」
「刺し向きだったらいいな」
店を出てきたふたりはほくほくだった。
「山形、馬天国…♡」
「馬には地獄だろ」
不謹慎なことを言いながらもやっと昼食にありついていないことに気づいた。
「喜多方ラーメンと行きたいとこだけど、そこまで我慢すると店が終わりそうだよなぁ…」
「米沢行くのは止め?」
「…米沢!道の駅にならなんかありそうだ!」
「なにがあるかな。米沢…米沢牛?」
「日本酒も期待できそう!」
「果物…ああっ、まだ春だ!」
直ぐ様ふたりはバイクに飛び乗って国道287号を南下する。長井、川西と抜けて米沢までは流石に四十分以上かかる。信号で停まるととメイアンは息を大きく吐いた。
「ここへきてやっと遠いなって実感してきた」
「だからおまえの距離感覚面妖しいんだって言ったろ」
「ごめん…独りでなら、こんな距離なんでもないのに。いっちゃん退屈じゃない?」
「そんな心配して遠いって思うようになったのかよ。馬っ鹿だなあ」
一初は腕を解いて脇から肩へ腕を通す。
「今メットがあることに感謝するといい。こうやって生身のままなら頸筋からキスし放題なんだぜ」
「えっなに、いっちゃんがやらしいっ」
「こんな妄想もできて実に楽しい。あ、安心して?今はしないさぁ。できないからじゃないよん」
「いっちゃん…」
「メイアン、おれ、勘違いなのか確かめない裡に行動には及ばないと決めてある。これは譲らない。メイアンだって許さないだろ。でも考えるんだよ。メイアンとちゃんと気持ちを通い合わせられたら…なに言おうかな。なんて答えるかな。それに答えることを考えておかなきゃきっとなにも言えなくなる。だからメイアンの鼓動を聴いて、ずっと考えてる。幸せな時間だよ」
一初は腕を胴に回し直した。信号が青になる。




