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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㊷

少し戻るんだ、とすまなさそうに言った一初を乗せてメイアンは国道345号を南に走らせた。そして三面川の河口に差しかかったたところで側道を示され入る。入っていいのかなと思うような、しかし乗用車の通れる広さの道だ。ゆっくりと坂道を降ってゆくと民家が見えてきた。海縁には集落があるようだ。駐車場のような広場があり、そこに停めるように一初は言った。

「椿がいっぱいだ」

「それ、雪椿っていうんだ。薮椿と違って這い性で雪の重みでも折れ難い。毛があるとか花の開き方とか他にもあるけど、日本海側豪雪地帯に適応した椿」

「綺麗だね…こんなに暖かくなってから咲くの。雪をじっと我慢するんだね。可憐な椿」

「メイアン、女殺しな褒め方するなや」

「そんなぁ。綺麗なものを綺麗と言いたいんだ!」

「女の癖にジゴロなんだから」

斜面と海岸線の間に手摺のついた通路があった。そこを進んでゆくと色々な菫が今度は群生している。

「可愛い小径だなぁ」

「菫の中でもこの菫は村上立坪菫。立坪菫と大立坪菫の交雑種でかなりばらつきもあるし環境要因で姿も安定してない、種としても独立してはいない」

「これも豪雪に耐えるの?ふふ、今日は陽気がいいから皆んな揃って咲いたんだね。皆んなこっちを向いてるみたい。陽射しが透けて不思議な色彩。春が似合うよ」

「またそういうことを撒き散らす…」

「いっちゃんも春が似合うよ。あの庭の主だもんね」

「違う季節も見に来やがれ」

「きっとね」

すると先を歩いていた一初は足を止めくるりと振り返った。

「約束しろ」

「いっちゃん…積極的なのを悪いとは言わないけど、可愛くねだろうよ。その方がオッケー出易いよ?」

一初はむぐむぐと口を動かしたが言葉は紡がず、到頭真っ赤になって俯いて、錆びついた音でもしそうな動きで腕を上げてきた。

「〰︎や…約束して?」

畳まないで残してある小指が震えを通り越して戦慄いている。メイアンはくすっと笑って小指をするりと絡ませた。少しだけ重みをかけられて一初は目を見開き顔を上げると、想像していたよりメイアンの顔が近くて硬直しかける。

「する!グレイシャ計画に邪魔させないから!」

「くっ…ぶりぶりしやがってえ」

「ははっ、愛いやつめ♡」

励ますように一初の背中を軽く叩きながら歩みを進める。左手には湾の穏やかな水面が広がって穏やかな波に光が煌びやかに反射する。右手の崖は窪んで滝があったり枝が張り出したりと野趣深い。

「ここ、源義経が奥州に落ち延びる途中に休憩がてら立ち寄ったと言われてるんだ」

「まじか」

「どうなんだろ。でも、平泉まで北陸道くぬがのみちをずっと北上してきたんだろう、それは史実じゃん」

「今国道7号はもっと内陸にあるけど、彼らはきっと海岸線を歩いてきたんだなあ…」

「逃亡生活だったのだからな、他人目を避けてたんだろ。でもここへ来て弁慶がさてもうるわしき景色かなだなんて言ってここを観潮閣と、な」

「弁慶必死じゃん」

「へ?」

「ずっと歩きで、多分…ここ、新潟だよ?冬だったら、死ぬ」

一初ははっと息を呑んだ。

「…冬だったかもしれない。なにかに二月って書いてあった。旧暦でも、しんどい季節だ」

「休憩ったって、よっこいしょお茶でも、なんて生優しいもんじゃないと思うんだよ。ここ…こんな隠れた場所じゃん?周辺にどのくらい漁師とかいたんだろうか…他人目を憚って軒先を拝借して雪の一夜を遣り過ごす。追手の情報も入ってこない、奥州藤原氏のところは本当に安全なのか、腑に落ちるような落ちないような頼朝の怒り、…もう、悪路だわ天気は悪いわ骨の髄から疲れ切ってたんだと思うな。二月か。そろそろ春の兆しって偶々雲が切れたりした晴れだったのかなあ…晴れるまで待ってたのかも。義経が幾ら幼い頃から寺に預けられたといってもいいとこのお坊ちゃんで、その上若くて、この次々と降りかかる悲運に鬱々としてきてたんじゃん?もうすっかり黙りこくっちゃって、膝抱えて、蹲って。こんな総大将じゃ、ついてきてくれた他の人にも面目が立たない。そんなときの晴れ間は弁慶にとって一世一代の馬鹿になりきるときだったに違いないよ。きらきら綺麗ですぜ大将っ、て」

メイアンはぽん、と社の入り口に構えている狛犬に手を置く。一瞬目を白黒させた一初だったが、体をくの字に折って笑い出した。

「滅茶苦茶だよ、メイアン」

「えー、駄目かな?」

「弁慶はちょっと単細胞で一途なのは残っている逸話からも確かだよな。あまりにありそうな話で、ははは!」

笑い死ぬ、と一初は息を切らせている。

「ここ、多岐都比売命たぎつひめのみことのお社なんだよ。建物は江戸時代に焼失して再建されたものだけど、延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょうの中に磐舟郡八社のひとつと数えられている」

「宗像三女神!そっか、それを誰か知っててきっとここを目指してたんだ」

「言葉で知っているより大変な旅だったんだな。思ってもみなかった」

社に手を合わせて一初はこっち、と鬱蒼としたところを降りてゆく。

「おおっ、滝だ!」

思わず洩れる溜息と共にメイアンは落ちる水を辿るように見上げた。

「だから湍津姫たぎつひめだけなんだな」

「どういう意味」

「宗像三女神というんだから、基本三柱セットで文献にもよるけど、沖津宮・中津宮・辺津宮と三つの宮を構えてひと柱ずつ祀る。どの宮にどの女神か、は区々(まちまち)で一定しないのだが、筑紫の海上貿易の守り神でもあったから海路と陸路を宮が示しているのかも」

「…だからおきつ、なかつ、へつ」

「貿易には国力が要るから、瀛津嶋姫おきつしまひめと呼ばれたり田心姫たごりひめと呼ばれたり… 市杵嶋姫いちきしまひめと田心姫に大体がおちついてるんだが、湍津姫だけがずっと名を維持して他とあまり混同もされなかったようだ。多分滝の女神は水の供給だけを只管守ることを課せられてきたからなのかもしれない。あは、私見」

お宮も沖津宮には祀られてないみたい、と笑う。

「滝と水路と水運の女神なのか」

「三柱は道主貴みちぬしむちといって如何なるルートをも守ってくれる。義経にここを案内した人はどうか無事に奥州へと縋るような思いだったのかもな」

「この滝は、不動滝だけどな」

「おおっ、密教か?本来信仰に対して発揮されるもんなんだけど、揺るぎない盾として守ってほしかったんだろうねぇ」

相当追い詰められていたことが次々と繙かれて、一初は滝にこうべを垂れて手を合わせるメイアンを瞠目した。視線に気づいたのか、メイアンは片目を開いて悪戯っぽく言う。

「神さま仏さまではないかもだけど、誰かが謙虚さをはかっているやもよ?」

不動明王は仏教だから拍手要らないよ、と笑って祈るポーズに戻る。慌ててそれに倣う一初の横で小声で美味しい馬刺しに出会えますようにと念じていたことには、触れないことにした。

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