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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㊵

一初の姿が久我と同じ年頃になっていた。服装は同じなのに、サイズがちゃんと合うところが謎だ。

「え?え?え?そんなことできるの?」

一初は照れ隠しなのか稍険しい表情を自らそれでも潰したような顔で言った。

「他の仙ができるかは知らないけど、おれはできるよ。いつもはタカさまクラさまのなさる姿より歳若くしてるだけ」

「…ほわぁ」

メイアンは腑抜けた溜息を吐いた。

「いっちゃんが成長した姿を見てしまった気持ち」

「いや、まあそれに近いんじゃん?」

「昨晩子供でいてくれてよかったよ」

「なんだよそれ」

むらむらしてしまうのだろうかななどと下卑た想像を口にしないように必死でいた一初にメイアンはそれこそ子供のように言った。

「こんなに大きくなられちゃってたら、ベッドに入り切んなかった。狭いからまじ出てけって間抜けに追い出されてたよ、きっと」

「するかっ」

ごつっと脳天に拳を振り下ろす。…見た目程勢いはついていない。

「にははっ、やっぱいっちゃんいい男〜♪」

砂の上を歩くとざぼっざぼっと音がする。目の揃った小砂利の砂が敷き詰まっていて、枯山水の庭園のようだ。

「仙ってさ、生きてる年齢と外見が一致しないじゃん?だからつい侮る?というか、舐めた態度になりそうになるんだ。でもいっちゃんが今やってくれたの見て、ハードルを下げてくれてたんだなぁって思ったよ」

「ハードル?」

波打際を少しだけ歩いてみる。波の音は重いのに、砂が動く音はしゃらしゃらと軽い。

「歳若い相手の方が気安く話し易いじゃん?クラさんなんか出会ったとき犬だった。中型犬だったけど、席が足らないから小型犬になってくれて、抱っこ移動なんてさせてくれちゃった。こんなの、直ぐ親しみ沸いちゃう」

「クラさまはそういう方だから」

「かも。そしたらその後タカさんまで白い小型犬だった。膝に乗ったり拗ねてみせたり、可愛くて。九頭龍さんも壮年っていうか元気な後期高齢者みたいに作ってくれて、もうがっつんがっつん遊んでやる!って感じでしょう。もう新潟になにしに来たんだっけ、ってくらい楽しくて」

今はメイアンより少しだけ背の高い一初を見上げる形になる。

「…いんじゃね。仙は勤め人じゃねんだし、時間ばっかりあるんだ。楽しげにやってないと、面妖しくなる」

「おっ、含蓄があるね」

「含蓄なもんか。それに、爺さまのあれは…作為だ」

苦々しげに吐き出した一初にメイアンはけろりと答えた。

「だろうね」

「…あっけらかんと答えるなよ」

「いや、だってさぁ。九頭龍さん、頑張ってたんだもの。言い難いこととか目が笑っちゃうこととか、つい隠したくてサングラスちょいちょいかけたり外したり。嘘の吐き切れないひとなんだなあって」

「…甘ちょろいことを」

「ふふ、本気で他人を駒としか見てないような輩が他人を利用するときにはさ、そりゃあもう綺麗にすっぱりスマートにやるもんなんだよ。ねぇ、いっちゃん,ユーリズミックスのSweet Dreams (Are Made of This)って曲知ってる?」

「知らん。どんなん?」

「1983年の曲だから、知らないっか…」

スマホを検索して動画を出す。

「男二人組?」

「いや、こっちの刈り込んである方はアニー・レノックス。女性だよ」

妖しげでダークなシンセポップのイントロに続いてアニーの低音がおどろおどろしく語りかけてくる。二人は暫し足を止めて聞いていた。

「世界中を旅して甘い夢が()()でできていると…これ?」

「ふふ、歌詞の中では具体的にはthisの正体は明かされていない。Who am I〜?は哲学的な問いに使われることも多いけど、まあ異論を唱えられる立場にいるだろうか、いやない、という反語を引っ張ってくる文だというところなんじゃないかな。Everybodyは三人称単数通性と考えて、皆んなではなく人というものは、と訳すとよさそう」

「単語簡単なのに、なかなか穿ってる」

「ユーリズミックスはイギリスのバンドだからね〜ちょっと持って回った感じは否めないね」

「この後は韻を踏んでるんだな?」

「そう、〜したい人がいる、が四種類」

「use you と get used by youは対になってる?」

「お前を利用したい奴がいる、とお前に利用されたい奴がいる、だね」

「getじゃん」

「getはbeと違ってそういう状態になるってニュアンス。一回だけ利用されるんじゃなくて、雇用とかされる状態が継続、を望んでるって感じだね」

「次のはabuse you と be abused。abuseって?」

「useにab-という接頭辞をつけた形。この接頭辞は癖がある。語幹の意味に対して、悪く外れてゆくという意味になる」

「使う利用する、を悪く外れる?」

「悪用するとか、濫りに使う、という風がわかりやすい。そうだなー、ノーマルに対してアブノーマルって、普通からどんどん脱線する印象のある異常って感じでしょ」

「悪く使うと調子こいてガシガシ悪用するんだ…」

「うん。薬の乱用とかセクハラとかによく使われる言葉だ。悪用したい奴もいるだろうし、そんな被虐を求めてる奴もいるのかもしれない。私達可哀想なんです〜みたいな、ね」

「そういうのがthis?」

「でもこの後前を向いて顔を上げて進め、といきなり応援してくれるんだよ。利用するにしてもされるにしても、俯いていたら状況が見えなくなるもんな。そんなメッセージなのかな、とも思う。でももう一回冒頭のフレーズが繰り返されるから人の本性は変えられない。いっちゃん、別に思惑が重なることは悪いことじゃないと思うんだよ」

「いっちゃん言うな」

それでもこの訂正は怠らない。しかし弱々しい。

「誰かがabuseを望んでいたとしても、嫌なら身に受けなきゃいいだけさ。邪な思惑でも、使われてやったら善かもしんない。最後は顔を上げて、前を見据えて、進むか止まるか決断するのは、自分だ」

一初はだらんと両腕を下げたままメイアンの肩に額を埋めていた。

「糞う」

洟を啜り上げ肩が動く。これは抱き締めたりしたら駄目だな、とメイアンは彼の後頭部を横目で見ながら思う。

「1983年にミュージシャンが答えを出していたっ」

「ふふ、いつの世にも賢人はいるものさぁ。でもその賢人が全てに答えを出せるとは限らない。これは忘れちゃ駄目」

うん、と言うように肩の上で一初の頭が動く。けれども一初はその姿勢のままメイアンから離れようとしなかった。

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