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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㊳

朝食を片づけ終えてテーブルを拭いていると、一初がつかつかとやってきた。

「これ。位置を発信する例のアプリは抜いた」

携帯を手渡される。

「ありがとう。あー…でも位置情報がいきなり消えたら不審がるんじゃ?」

「そうならないように、日本全国道路か軌道を適当に走らせてる。夜は基本動かないようにはさせてるけど、思いついたように動く日もある」

「芸、細かっ」

「もうひとつの携帯の方は預からせてもらう。なにかわかるような気がする。根拠は特にないけど」

「じゃあ頼むよ。お礼しなきゃな〜」

「要らん。」

言い切った一初だったが、ふと思い出したように言った。

「…馬刺し」

「馬刺し?」

「食べたい。連れてけ」

「えぇえ?朱鷺って馬食べるの?」

「朱鷺は食わんわ。…あ、いや、佐渡の飼育場で餌に使われてたの、馬肉だったっけ。いやいや、でもおれは食べたいのっ馬刺しっ」

「ええー…馬刺しったら熊本が有名だけれども…そこまで行くの?タカさんかクラさんに頼みなよ…連れてくとなると遠いなぁ…飛行機乗る?」

これには逆に一初が怯んだ。まさか本場まで連れてゆく気なのだとは思わなかったのだ。精々近場のスーパーマーケットに置いてあるのを共に買いに行こうくらいの気持ちだったのだが。

「きっ、近隣でいいんだよっ」

「近隣かぁ…わ!うん、よしっ、行こうか。じゃ、上着持ってきて?」

「う、うん…」

室内なのに小走りで部屋に戻る。途中でクラと擦れ違い、出かけるのかと問われる。

「あ…うん、買い物」

「メイアンが連れて行ってくれるのですね?道、ちゃんと案内できますか」

「スーパーまでくらい平気平気」

過保護だなと思うも、これが生きている年数の差からくる懸念というやつなんだよな、といつものように思う。

「迷惑をかけないようね」

クラは洗濯籠を抱えて行ってしまった。ほぅっと息を吐くと肩が下がった。

緊張していたのだろうか、と気を取り直したとき、背後に気配を感じて今度は体が四角く硬直した。

「…デート?」

「タカさま!」

「もーそのさまづけやめない?」

「や、まだ」

「そーおー?で?デート?」

「買い物です」

「ふ〜ん〜?メイアンに迷惑かけちゃ駄目よ〜」

二人して口を揃えて迷惑をかけるなと言う。なんなんだよとぶつくさ呟きながらダイニングに戻ると、メイアンは水遣りをしていた。

「あ、ちょっと乾いてるところがあったから。これイングリッシュラベンダー?」

「ああうん、そっちがエレガンスピンクでこっちがミスキャサリン」

「あははっ、ラベンダーもピンクなんだー!咲くのが楽しみだね〜。他に遣っといた方がいいとこあるー?」

「葉水、わかるよな?」

「薔薇はやったよ〜。あははははっ、苺も花ピンク〜」

やはり植物の欲求をある程度汲み取っているのだなとホースをリールに巻いているメイアンを見ながら思う。水の撒かれた箇所は水の要求の多い植物ばかりだ。好かれるわけだよ、と思いながら出ようと声をかけた。



国道7号沿いの大型店舗が並ぶ方へ行くのだとばかり思っていたら、海側の国道345号へ出て、どんどん北上してゆく。

「おいメイアン!一体どこ連れてく気だよ!」

「馬刺し買いに行くんでしょ?あのねえ、馬刺しなんでマニアックなもの、そこら辺のスーパーになんか置いてないんだよ?」

流石に大型チェーン店に置いてあるとは一初も思ってはいない。しかしスーパーを幾つか回れば精肉コーナーの片隅に紛れて置いてあるのではないかと思っていたのだが。

「へぇ、この辺り、温泉出るんだ…」

「塩っぱい温泉で温度が高いっ。寄るのか?」

「いや、今度にしとく。時間足りるかな」

「とんだけ遠くへ探しに行く気なんだよ!」

信号で停まる以外メイアンは只管バイクを北上させ続ける。海際は海蝕洞なども多い奇岩だらけで、前を見続けているメイアンはそんな風景を堪能しているらしい。

「ちょ、ちょっと休憩っ」

桑川駅の道の駅で一初はバイクを停めさせた。

「メイアンの体力が無尽蔵なのはよくわかったっ。どこまで行くのか知らないけど、このままじゃ拙い」

不可解そうに眉を顰めるメイアンに一初はヘルメットを毟るように取りながら言った。

「あのなぁ!今日平日だろうが!なのに小学生がうろうろしていたら駄目だろ!」

「県外ナンバーつけてるし大丈夫なんじゃん?」

自販機の釦を押しながらメイアンはなんともない様子で言う。

「瓜田に履をれず李下に冠を正さずと言うだろう」

「いっちゃんが!中国の諺!」

自販機に金を入れながら一初はぶすっと膨れる。

「おまえおれのことすんごく馬鹿だと思ってるだろ」

「龍の方々と一緒にいると故事成句はおいそれと使えない気がしない?」

「…発する言葉が色んな意味で正しいのか悩む」

「言葉は意味変わるしね〜」

「おれが正しく理解してなかったら更に恥だ」

釦を恨みを込めるかのように強く押す。

「あははっ、間違ってたら先輩面して懇切丁寧に教えるのも彼らの楽しみだと思うな〜」

周辺には観光客がいるが、よく見ればその殆どが老年ばかりで若い客が見当たらない。

「確かに目立つかも。どうするの」

一初は海岸へ降りる。

「わ、ここの砂、粒が揃って大きいよ!なんか贅沢だ!」

「多分水際で急に深くなってるんだ。遊ぶときは気をつけた方がいい」

「詳しい…うわ、いっちゃん?」

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