2023年3月、東京②
「どこまで話してあったかの」
霧香は頰に当てた指先をそのままに、思案するように天井に目を泳がせた。
「んーとっ、クレイウォーターが派兵していたそちらをドンバスで拾ってきたって。直後に氷漬けのドローンとか街中で毒ガス漏れとかは、報道。色々総合して、ふふっ、こんな感じ?」
軽やかに、至って気楽なことのように語ったが、内容は不気味だった。言外に相当な情報網があるのを示唆している。
「モスクワで何度か自作自演の政治宣伝があったであろ?」
「あんなの、見え見えよ。漏れたガスがLNGやLPGなのかマスタードやイペリットなのかくらい」
危険を冒してまで糜爛剤を首都で撒く愚かな君主もおるまいね、とメイアンも心中肯首する。
「クレイウォーターは回り回ってワグネルと繋がっているわよ、気をつけて」
メイアンは眉を寄せると、霧香はふわっと笑いかける。多分もうなにも答えてくれまい。
アタッシュケースを手に取ると、ずっと手にしていた紙袋を差し出した。中身は紙箱に入った9mmパラベラム弾で、ずしりと重かった。これだけあれば暫くどうにかなりそうだ。
「ありがとう」
これ以外にメイアンに思いつく言葉がないまま散会となった。