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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㊱

「3.5%ルール?」

「2013年TEDトークで講演していたが見なんだか。ハーバード大学の政治学者、エリカ・チェノウェスが発見した法則」

「法則?」

「事実を集計してみたらこうだった、という結果論でしかないがな。データ集計であるから、サンプルとしての回収漏れがあるのではという懸念がある上での結果であることを踏まえて、面白い結果だ」

「なんの…3.5%?」

九頭龍は質問には答えず、別の話を始めた。

「抵抗運動というと、レジスタンスやパルチザンのような手に手に銃器をとって内乱や内戦に発展してゆくものが想像に易いが、あれらは衝撃的な映像として報道されるから印象に残り易いだけであって、他にもやりようは幾らでもある。近年だと2003年のグルジアのバラ革命だな。大統領退任に追い込まれたエドゥアルド・シェワルナゼが事勿れ主義だったからできたことでもあるけれども」

「グルジア…ジョージア?」

「おお、今はそう外名エクソニムは反露感情を考慮してジョージアにしたのだったな。内名エンドニムはサカルトヴェロだから、いずれも正しくはない。そんなことはどうでもいい。議会をバラを手に取り囲み成し遂げた故にバラ革命。結果無血だったと言われることも少なくはないが、銃器を手にしなかった。サボタージュや地下出版などは、無血ではあるが、過激だな」

「…古い仙達を強権的支配者と考えて抵抗しろということですか」

「そう一足飛びに結論に飛びつくでない。デモや署名活動とて有効且つ認められた抵抗運動ではあるが、結局は改革を求める側と現状維持側との二局対立の天秤でしかない。古い仙共にも意識の変化が必要だ。なに、いきなり目覚めさせようなどというのではない。邪魔をしにしゃしゃり出てこなければ充分だ」

一初は九頭龍の言葉を噛み砕いてみた。しゃしゃり出るとは傲岸さを滲ませる。力で抑止するのは九頭龍でも難しいということなのだ。

再び問うてみる。

「3.5%、というのは?」

「百人の裡三〜四人がなんかおかしいなと小さなクラブ活動みたいなことを始めるだけで非暴力的抵抗運動の成功確率が二倍になるというものだ」

「えぇ?」

「武力紛争よりも非暴力的抵抗運動の方が実は成功確率が高い、という」

「また確率か」

「確率とは起こりやすさの指標でしかない。伸るか反るかの決断の際過去の事例から確率が高い方を選べば起こりやすいから上手くいったと自己満足に繋がりやすい、それだけだ。3.5%ルールには二つの含蓄がある。ひとつ、暴力的にことを起こしても大概失敗する。ふたつ、少人数の抗議行動は変化を生みやすい」

「んん?」

「暴力的抵抗運動は七割四分失敗してきている。当然だろう、体制というものは権力だ、税金だなんだで装備が充実しとるのに竹槍一本で刃向かったところで蜂の巣にされて終わり」

えぐっ」

「少人数、というのは母集団の3.5%。そうだの…社員五十人の小さな会社で、二人の事務員がクーラー無くて暑いね、と言い始めたとする。社内にずっといるのはこの二人だけ、だから暑いねと言っても黙殺されやすい。しかしこの二人が暑いから氷の入った飲み物を社内で作って飲むようになる、氷の消費が激しくなり他の社員に行き渡らなくなる、足らないとなれば寧ろ欲しくなる、改善方法を模索する、原因に辿り着く、改善を訴求する、改善される…冷凍庫を増台するなどという間違った解決方法へ逸れなければクーラーが必要だ!という意識に段々と皆染まってゆく」

「抵抗じゃないじゃん」

「そうか?会社側は無駄な出費を抑え我慢によって利潤の一部を生み出していたのだぞ?」

「…あ、そっか。クーラー取りつけるって、募金とかじゃないのか。永続的に電気代もかかるな」

「会社側も飲み物故にトイレの使用頻度が上がりそっちの経費を危惧するようになるやもしれん。暑くなると出社しなくなる役員の所為で滞っていた事案が表面化してるやも。社屋にずっといるのは事務職だけでも、一日に何度かは他の職域も使うだろう。暑いからやりたくないなどという子供じみた怠慢も少なくない筈。クーラー導入について皆が問題意識を持つ。導入による利を模索する。数による要求に経営者は逆らえない」

「経営者も暑いなと思ったら、大勝利じゃん」

九頭龍は口の端を大きく上げた。

「目指すところは、それだ」

「古い仙の意識改革?」

「目覚めさせる程に至らなくともよいと言ったではないか。無論それに越したことはないが。だが大勢が暑い死ぬクーラーと言っているのにストーブを持ち込もうとする敵に加担させたくない。彼らの名誉の為にも」

「名誉なんちゃらは、絶対後づけでしょ」

「最高機密だ」

「要するに…仙全体に暑い死ぬクーラーほしい意識を浸透させるってことだね?」

「おいおい現実クーラーではないぞ」

「わかってるよう」

一初は頬を膨らませた。

「グレイシャ計画という秘密結社が、仙を暴こうとしている。人の世に上手く伏せていた部分を科学という分析にかけ有害な技術に発展させてしまいそう。こうでしょ」

「よく理解しておる。上出来だ。グレイシャ計画は表向き…というか、本来の目的は人間による人間数の低減だ。これはこれで鴉共のようなヒューマニズムを持つ連中には、効く」

だからこの爺さまは侮れないのだよなと一初は内心息を吐く。

「これを両輪でいく。邪魔はさせぬ。若い仙にはグレイシャ計画のような極右意識を身につけさせてはならぬ。メイアンを使え」

ほらこういうことを言い出した。自身だってメイアンを気に入っている癖に。

「なんだ?一夜を共にして情が沸いたか」

「爺さままで下衆いこと言うなよ。使い方を考えただけだよ」

本来なら、仙の基本姿勢は人間のことは人間に、だ。だから人間の秘密結社であるグレイシャ計画は人間自身で対処すればよい。だが、仙という世界の秘密に手出ししようとしている。結論としては人間の仙であるメイアンが対処すべき、簡単だ。

…ふん、だから3.5%ルールなんて言い出したのか。

メイアンが幾ら傭兵出身だからとて独り銃を手にとって攻め込んだところで壊滅に追い込めるわけがない。集団になったところで暴力的抵抗活動の成功率は26%。

グレイシャ計画に非暴力抵抗なんて生易しいことは九頭龍も考えていない。

仙の力を束ねる必要があるだけ。

何年かかるんだか。

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