2023年4月、新潟㉟
一初が着替えてダイニングにやってくると、新潟日報を広げた九頭龍しか見当たらなかった。
「クラさまタカさまは?メイアン帰った?」
「味噌が切れてると三人で出かけていったわ」
「またメイアン、クラさまかタカさまの車に乗って行ったのかよ〰︎!」
「いや、メイアンのバイクで行ったぞ」
「えぇ?三人乗り?道交法違反じゃね?」
「タカはヘルメットに化けてクラに被られて行ったようだ」
一初はあんぐりと口を開けた。
「なんか無茶苦茶だよ…」
「新境地〜!とか叫んでおったぞ」
くすくす笑う九頭龍に苛っとしながら一初は紅茶を淹れた。
「一初。仙とはなんだと思うようになったかの?」
なにもかも筒抜けかよ、と一初は舌打ちしたい気分をマグカップで隠す。
「人の思惑を受けて成る、という基本観は変わっていない。でも人、という部分が少し揺らいでいる」
「ふん?」
続けるように促され一初は後頭部を掻いた。
「メイアンは死にたくないとかいう自身の強い意志で仙に成ったんじゃない。多分メイアンを暴漢から護った老人達がメイアンを仙にした。家の存続とか技術継承とかそういうのかな?とか最初は思ったけど、違うなと思えてきた。あいつ軽〜ぅく話すけど、フランスの家に入ったとき、嫌がられないよう相当気を遣った筈だ。暫く離れていた自分の親父に気を遣っていることを気づかれないようにも。そういう努力を明確に勘づいたかは知らないし多分そうじゃないと思うけど、メイアンが攫われていなくなってみていい子だったと実感したり喪失感を痛感したんじゃないかね。対比対象との落差がその感覚を増幅した。そんでもっての襲撃で庇護使命感がマックスになって、輻射熱でも浴びたかのように仙になった。元々仙になり易い体質もあるとは思う、じゃなきゃこの世は仙だらけだ。でも、思いを持つのは、人…人間だけなのか?他人とかいてひとと読む。他者から受けたなにがしかの影響が仙にするんじゃないか?人だけ、なんてどうなんだ?人間そんなに偉い?言語を持ってるから確かに思考や思念、思惑を明確にし易い、強烈になり易いだろうよ。だから原因になる率は高い。けど、多分高いだけなんだ、率が」
一気に言うだけ言って一初は残っていた冷めた紅茶を一気に干した。苦い。
「何故そう至った?」
「…メイアンは薔薇に気に入られてる」
昨日メイアンが到着したときなことが歴々と思い出される。花々は仙達の到着にある程度色めき立つものだが、メイアンにはまるでいそいそと簪を直す女のように、紅の具合を確かめるOLのように浮き立っていたのだ。
特に、薔薇が。
九頭龍は当意とばかりに膝を叩いた。
「気づいていたか」
そしてメイアンはそんな花達に応えたのだ。綺麗な庭、と。
「メイアンが継いだ家は、本家こそ新品種を送り出す園芸会社だそうだけど、現代品種改良なんて最悪バイオテクノロジーでできちゃう、それでも薔薇が見限らないでくれてるのは薔薇の方が気に入ってくれてるからだ。分家にしてメイアンの家を残していたのは、本家の方で血統が途絶えるという表面的なことじゃなくて、薔薇が気に入ってくれる人間を絶やさない為なんだろ、そこんとこ直感的に知ってたんだな、創業家」
そこまで一気に言って一初はじろりと九頭龍を見据えた。
「だから爺さまが出張ってきたんたんだろ」
「クラとタカには言うなよ」
「だったら植物園にでも行けよ」
「ここの花卉樹木は一初に懐いておるからの。それがどういう対応を見せるか、この目で確かめたかったのよ」
全くもう、と一初は背凭れに身を投げた。
「フランスの家が焼失したとき、薔薇園も焼けたと言っていた。仙に成る要因は、薔薇からも受けた筈だ」
「うむ。ふふ、稀有だろう?」
「稀有、ねぇ」
「薔薇に愛される家系を継ぎ、水の女神の名を負う仙。輝さえ誑し込んだ」
「…やっぱり使命的なものが?」
「さてな。だが、グレイシャ計画は我々にも確実に脅威だ」
九頭龍は端から一初を取り込んで協力させるつもりでいたのか。喰えない爺さまだと内心毒吐いていると、九頭龍は珍しく溜息を吐いた。
「…だがな、もっと厄介なのは身内よ」
「身内?」
「古い仙共じゃ。変化を嫌う、致仕方ない。だが脅威に立ち向かわんとする若い仙と定命の者達を阻むのだけは、ならぬことじゃ」
誰を指しているのかよくわからなくて一初は及び腰で尋ねてみる。
「その…輝さまや四条さま、は違いますよね?」
「四条なぞ嬉々として厄介ごとに首を突っ込んでゆくわい」
「…熊野の方々…も、違いますね?」
「鴉共は人間の為ること成すことなんでも面白い。彼らは、若い方だ」
八咫烏が若いなら一初など未だ卵から孵化していないもの同然だ。心の中は真っ青に青褪めて冷や汗が滝になり漫画のようにうひーっと叫んでいたが、一初は鳥類のスキルを最大限に発揮し、完全に表情筋を殺した。
「のう、一初。3.5%ルールを知っておるか」




