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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㉞

メイアンは細く開いた扉の隙間の一初の後姿に言った。

「Il faut de tout pour faire un monde. あんまり長くここにいるとメイアンに襲いかかったんじゃないかってタカさんが揶揄いに来ちゃうよん」

かちん、とラッチの音を立ててメイアンは内側から扉を閉めた。一初はいるふぉーってなんだなんだようとぶつくさ言いながら立ち去ってゆく。

Il faut de tout pour faire un monde、同じ言葉をグレイシャ計画にも投じたいものだ、とメイアンは身を返して浴槽に再び浸かりながら思う。世界を作るにはグレイシャ計画の行動が不可欠なのだ、などと思い上がった反駁が帰ってきそうだけれども。



自室のあるらしいクラとタカとは別に、九頭龍とメイアンは和室の客室を宛行われたが、メイアンは布団を延べようとせず、枕だけ掴んだ。

寝巻きの浴衣をなかなかに着熟している九頭龍は布団にごろ寝しながら小説を捲っている。又吉直樹の火花だった。

「一初のところか?」

頁に目を落としたまま問う。

「背中、見られた」

「そうか」

九頭龍は傷の経緯を知っているらしかった。話していないのに、どう知ったのか気になるところだ。

「…嫌なことはせんでもよい」

心配してくれるのか。メイアンの心がオレンジ色に染まる。

「辛い記憶じゃあ、ないんだ。楽しませてくるつもりなの」

「短パンは刺激が強過ぎないことだけ、祈ろう」

「ふふふ、作為だったりして〜」

冗談で返してメイアンは部屋を出た。一初の部屋は洋間らしく扉で、朱鷺のチャームが飾られている。

あまり響かないよう控え目にノックする。

「いっちゃん」

椅子の軋みがした。夜中まで頑張らなきゃならない程急ぐものではないよ、とメイアンは思う。

扉が開くと薄暗い中案の定パソコンの画面だけが煌々と光っている。

「えっなんで枕なんか抱えてきてんの」

「いっちゃんの奪うわけにいかないから〜」

入れてよ、と言うと、気圧されたようにパジャマ姿の一初は一歩身を引いた。すっと入り込み、後ろ手に戸を閉めた。モニタを一瞥すると、急がないのに、と肩を聳やかした。一初は不承不承しぶしぶ電源を落とした。

「どこで寝る気だよ」

「いっちゃんの隣〜♡」

「阿呆か!」

「いっちゃんにその気が起きたら仕方ない」

ひひひ、と態と鄙陋に笑うと、一初は忽ち真っ赤になる。

「現実の話をするなら、多分そんな気にならない。いっちゃんが子供の姿を維持してる意味、そこかなって」

「メイアンみたいな男女、誰が」

「そうだよね〜。それでもいいやって奴いるんだよ?性別に見境のない奴もいるしさ。お蔭で反撃には自信がある」

「そんなところにいたのか」

「そんなところにも、いた。立ち話じゃなく、くっついて話ししよう」

「恥じらいは持てよう」

「持ってる持ってる」

ベッドに押し遣り、枕も奥側に押し遣る。空いたところに持ってきた枕を置いて、そこにメイアンは入り込む。枕をクッションのように腰に当て、足を伸ばして子供のように座ると、同じように座っている一初共々腿をすっかり隠すように布団を広げて掛けた。腰を少しずらして一初に寄り添う。

「くっつくなっ」

「ふふ、いっちゃん素直じゃないね」

「なんだとう」

「本当に嫌なら、突き飛ばすか朱鷺に戻るかするでしょう」

「…ううう」

「戦場じゃ、さ。色んな人がいるから絶対とかいつもとかじゃないんだけど、…戦況がどうあれ動かない動けない時間があって、膝を抱えてると気づくと横一列に並んでるんだよ。隣と近くて。眠れるときは暖をとる為なんだけど毛布を共有する。そうしろなんてマニュアル無いのにね」

暫し一初は黙り込んだがぽつりと言った。

「…返す言葉がない」

「いいって」

「…タカさまとクラさま、代わり番こにメイアンみたいに枕持ってきたよ。こうやって、眠ったよ」

「ふふ、あのふたりならそうしたんじゃないかって思ってたよ」

静かに笑うと、一初も同じように笑った。身の硬さが抜けた。

「押しつけがましくして、ごめんね」

「絶対悪いと思ってないだろ」

一初は口を尖らせたが強い反発は無かった。

「嫌いな奴にはしない」

「よよよ喜ばせようったって駄目なんだぞ」

「うふふ、ツンデレ」

「嫌だーっ」

頭を抱えて前後に振った。多分これはポーズでしかない。

「…悔しい」

「どして?」

「懐柔されたみたいだ」

「してないのに」

「それがなんか嬉しくなっちゃうと、弱っちい感じがする」

「連帯感とか仲間意識とか友愛とかを実感すると、孤立していたとき張っていた意地が解かれる。力が抜けるんだ、弱く感じて当然じゃん」

「いちいち尤もで嫌んなる」

メイアンは膝を立て、そこに頬を載せて一初を覗き込んだ。

「そうやって慈愛に満ちた微笑みになるなよ。そういうの、百年単位で生きてる仙がするんだぞっ」

「まだ百年にはならないなぁ」

いや、なったか、と元号と西暦を照らし合わせてみる。

「どんだけ圧縮された人生送ってきたんだよ」

「知らない」

「あんな傷負って」

「それまで結構石投げられたりしてたけど、あれは流石に驚いたよ」

「石ぃ?」

「や、結構投げるんだよ。今でこそ日本人って頭も瞳もカラフルだけど、真っ黒一辺倒だったから、マジ異質でさ。今と栄養状態が違うからかな、栗色に近い髪色もそうそう無かったんだよ」

「メイアン、浮いてたろうな」

「浮いてた浮いてた。だから石投げられた。異分子って、多分不気味なんだろうね」

「不気味?」

「違う外見は違う考えを持ってると推測するだろ。違う考えは、平常を乱すかもしれない」

「そんな理屈で排除するのか」

「いきなりそんな過激になるかな。八つ当たりしていい相手に見えてくるだけだと思うけど?」

「それだって」

「現代的だね。時代の風潮だったんだよ」

「そんな簡単に言うなよ」

「フランスに行ったら行ったで強烈な差別に遭ったよ?」

「なんでいきなりフランス行くんだよ」

「父親が半分フランス人だもんで。死にそうになったからって、呼ばれたんだ」

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