2023年4月、新潟㉚
やいやい言いながら鰤の雑炊を平らげると、一初は切り出した。
「あのアプリそのものはやっぱりどこにでもある位置情報を発信するやつで、情報を地図に反映するアプリもどこにでもあるやつだった。作成者を辿ってみたけど、アプリは無料公開の趣味で作ってる個人だった。けど使うにあたって、多少手を加えている。手を加えたのが作成者名は適当な名前を放り込んである癖に同じ名前だった」
メイアンは小さく息を呑む。
「そいつが誰かってことなんだけど、これを追うと、ちょっと変なんだ」
「変?」
「先ず、国外に出た。リベルランド」
タカが素っ頓狂な声を上げる。
「リ?」
「リベルランド自由共和国」
「聞いたことがない」
メイアンは静かに言った。
「無主地であるゴルニャ・シガにできたミクロネーションだ」
「すみませんなに言ってるか全くわからない」
「国…国家というものは国家の資格要件なる要素があると1933年のモンテビデオ条約で定義されている」
「モンテビデオ条約?」
「国家の権利及び義務に関する条約だね。1933年の条約でアメリカと中南米しか署名してないけど、これが現在の国家とはなんぞやっていう定義を大凡表してる。国家資格要件は四つ。永続的住民、明確な領域、政府、他国と関係を取り結ぶ能力。仮にこの四つを満たしていても、他国が承認してくんなきゃ独立国家たり得ないんだけどね」
「ミクロネーションとはミクロ…極小国家という意味ですか?」
「小さいことは確かなんだけど、国家として認められていないから、自称国家と訳される」
「無主地とは?」
「読んで字の如し。誰も領有していない土地のことだよ。地球上に三箇所ある。その一箇所がセルビアとクロアチアの間にあるゴルニャ・シガとその周辺のポケットといわれる数箇所だね」
「なんでそんな場所が…?」
「ゴルニャ・シガは、国境をドナウ川中間線と主張するセルビアと、オーストリア⹀ハンガリー帝国時代の境界線とみなすクロアチアのどちらも領有権主張や実効支配を行っていなかったんだ。どちらにとってもそうそう魅力的な土地ではなかったものだから、長年放置されてきたのね」
「でもミクロネーション、と」
「そう。先占という考え方がある。国際法での領土取得のあり方だね。無主地先占は先占の法理だから、これを拡大解釈して竹島に韓国人が乗り込んでくる。あは、過激なこと言っちゃった。無主地の先占で新国家樹立が可能と考えたチェコ人の政治家ヴィート・イェドリチカがこの約7㎢の土地をリベルランド自由共和国として2015年4月13日に建国を宣言したんだよ」
「詳しいんですね」
「この辺はいつか派兵される気がしてたから。されなかったけど。結局リベルランドは ソマリランド共和国が相互承認、北スーダン王国、エンクラバ王国、シーランド公国だけが承認してるだけで国連にも認められていない。井上ひさしも吉里吉里人で独立宣言するのは自由どんどんやれと言ってる」
クラは呆れたように言った。
「井上ひさしは社会批判としての反語を求めているだけでしょう。リベルランドなるを承認した国というのも聞いたことがありません」
「スーダンなら聞いたことあるけど?」
「それはスーダン共和国と南スーダン共和国のことでしょ。北スーダン王国はエジプトとの国境にある無主地ビル・タウィールに勝手に建国を宣言したミクロネーションだよ。娘がプリンセスになりたいっていうから王様になることにした、なんていうとてもくだらない建国動機のね。つけ加えておくとエンクラバ王国もゴルニャ・シガのポケット1という無主地に、シーランド公国は北海の南端でイギリス南東部のサフォーク州の10㎞沖合いに浮かぶ海上要塞に勝手に建国を宣言したミクロネーションだよ」
「えっ?海上要塞?」
「うん。自然に形成された陸地ではないから、先ずここから国家と認められてない。うわあ滅っ茶脱線した!リベルランドかぁ。住んでないでしょ」
一初は顎を引く。
「多分そこに置きっぱになってるコンピュータ…拠点としてなんらかの証明する為に稼働させてるものなんだと思うけど、そこで為されたことになってる。もうこの時点で嘘臭い」
「嘘臭いというより、最早嘘です」
「でそこにアクセスしたアカウントを探してみた。そしたらそこの国民とかいう人物の仮想通貨のIDに当たったんだけど、ここからはちょっとセキュリテイが高くてどうやっても入り込めない」
ふむ、とメイアンは鼻から息を吐く。
「国民…っていうのは、建国当初から関わっている七人くらいの実際の人物達ではなくて、独自仮想通貨メリットを購入してなった国民?」
「多分、そう」
ふうん、とメイアンは是とも否とも気のない返事をした。タカは音もなく立って冷蔵庫を漁ると、豆大福を五つ持ってきた。炭を均して網の上に大福を並べる。
黙り込んでしまったメイアンに一初は怒り気味に言った。
「おい。なんか勝手に結論出しただろ」
「…関わるべきじゃ、ないよ」
「馬ー鹿っ!ここまで調べさせといて虚仮にするのも大概にしろよ」
「…侮れないから、言いたくないんだ」
「おれはこの先を調べずにはいられないし、調べたら足がつき易いこともわかってる。それでも黙ってる気?」
メイアンは額を抱えた。




