2023年4月、新潟㉙
「高田崇史のQED 式の密室で答えを提示してるじゃん。陰陽師が魔法の如き方術の使い手だったとしても、殿上人とそれ以外という線引きがあって、殿上人にはそれ以外の人々を人として認識できないんだ」
「えぇえーっ⁉︎」
「目がおかしいんですか?」
「そこまで差別主義なのっ?」
三様に詰め寄られてメイアンは両掌を胸の前に立てた。
「待て、待てって。もー、QEDを自分で読めよ…別に変なフィルターがかかって見えないとかそういうんじゃなくて、…そうだな、歌舞伎の黒子っているでしょう。あれを見えないものとして舞台を鑑賞することができるよね。そういう感じかな。そして日記だのなんだのに人の行動を記録するけど、人、とは殿上人のことだから、記録しない。だから見えない力が働いた、という風に記録も残ってしまうわけだ」
「力学的な力が働いた、ではなくて、見えないことにされた人の労力が働いた、という意味なのですね?」
メイアンはほっとしたように微笑んだ。
「そうだね。レトリックかもしれないけど、これが文化的基準が違うのに使う言葉は同じというところからくる齟齬なんだよ」
一初は腕を組んで唸った。
「そういうこと…」
「そゆこと」
一初の口真似をしてメイアンにやっと笑う。
「話が逸れたね。いっちゃん、どんなことがわかった?」
いっちゃん言うな、という反駁は忘れない。
「ああ、あの携帯ね。メイアンの方に入っていたのは、買う直前だったみたいだ。多分顔認証で見つけて、手続きの間に入れたっぽい。多分…顔認証が間違っていたとしても、当たっていることを想定して入れた。間違っていたとしてもその位置情報を採用しなければいいだけの体制まで持ち込んだんだろう」
嫌な予感が当たったな、とメイアンは内心苦虫を噛み潰した気分になる。もしかすると、ハーバーの訪問とて、その当て図っ方の確認が主眼だったのかもしれない。クローンとはいえ人間を二体使い捨ててまですることかよ、と心中で唾棄する。
…ハーバーはよく教育が施されてはいたが、普通の人間のクローン体だ。グレイシャ計画がメイアンの身体の性質をどこまで把握したのかは知る由もないが、単に便利な実験体を逃すまいというスターリングの意図以上に、治り易い、或いは老いないという性質を獲得しようと画策しているのかもしれない。
「アプリ製作者を当たってる」
「わかるの?」
「まあ、多分?でも自前のアプリじゃないかも。だから期待しない方がいい」
「追ってきたやつの方は?」
「こっちもそんなに期待しても。やれるだけは、やってみてる。今わかったのはここまでだ」
時間かかってごめん、と一初は俯く。
「謝んないでよ。白か黒か、っていう設問に黒だって答えを出すのは簡単だ。でも黒ではない、白ではない、という解は容易くない。面倒を頼んだのはこっちだ」
顔を上げた一初はなにも言わず顎を一度引く。
「もう少し調べてみる。気になってることがあるんだ」
ここで無理せずともと言うのは一初の矜持を傷つける気がし控えることにした。頼む、とだけ返すと今度は手ぶらで一初はダイニングを出て行った。
陽が傾き、夕焼けが差し込んでいる。タカは灯りを点けて回る。そうだ、とメイアンは掃き出しの窓を開く。部屋に面した庭は花壇ではなかったが、芝生でもない。
「丁度タイムの花が咲いてますね」
ピンクの小花が小さく丸くかたまって咲いて、庭の平らなところを染めている。
「タイムの花って白じゃない?」
「いっちーの執念だよな。これはロンギコリスって園芸用の種なんだ。タイムが終わってもピンクの花が絶えないように岩垂草のピンクも混ぜて植えてある」
「なら、この上で煮炊きするのは嫌だな。このコンクリのとこ使うしかないか」
「IHですけど、焜炉ありますよ?」
「いや、昼の残りじゃん?」
気にしなくてもいいと思いますけどね、とクラは呟きながら九頭龍の焚火台を用意し、タカは米を炊く準備を始めた。二合でいいかな、否三合にしようか。平和な光景だ。
昼の鍋を温め直し塩加減を調整、溶き卵を流し入れて雑炊を仕上げる。蒸らして蓋を開けるといい具合に卵に火が入っている。刻み葱を入れ、炭を掻いて火加減を弱くする。
一初がダイニングに戻ってきて、そんな様子に目を丸くした。
「あ、いっちゃん。雑炊食べる?」
器を用意し、盛りつけ始めると九頭龍も寄ってくる。軒下の三和土にガーデンチェアが用意されている。
「食べる…」
「卵もらっちゃった。冷蔵庫漁ってごめん」
「卵くらい…あああ!値上げとか鳥インフルの防疫措置とか抑鳥だとかそういうのはいいんだかんな!」
一初は窓から出て、チェアにどっかりと身を沈めた。
「わぉ、凄い早口っ」
くすっと笑って器と匙を渡してやる。向かいに座った九頭龍にも。クラとタカは自分で盛って窓の縁に腰かけ食べている。
「…旨っ」
「鰤の出汁が出捲り〜」
「えぇ?鰤?なんで鰤?」




