2023年4月、新潟㉘
「なにも集団の流れに乗ることはないけどね」
メイアンはふっと息を吐く。
「まだ形成途上。タカさんもクラさんも、振れ幅の大小あれそうやって今に繋がってると思うよ。ごめん、偉そうだった。自分こそ、途上なのに」
苦笑いしたメイアンにクラは静かに首を振った。
「クラ、我々も高校とか行ってみる?」
「構いませんけど、タカは方程式とか化学式とか解けるんですか」
「やっ、やっ、ややややったるわ!」
「あははっ、頑張れー」
「なに言ってるんですメイアン。焚きつけたのは貴女です、面倒見てもらいます」
「えぇえ、そんなぁ。いつまでも村上にいられないよう」
するとクラとタカはすっと寄りかたまってしたりと北叟笑む。
「うっ、クラさんまで悪い顔」
「我々をなんだと思っているのですか。龍ですよ。どこへでもひとっ飛びです」
目を何度か瞬いて、そして目を剥く。
「いっ、いぃいぃ?どんぱちやってる真っ最中だったらどうすんの!」
クラは澄まして言う。
「大事な教師を失うわけにはまいりません。助けて差し上げます」
「その慇懃さが滅っ茶怖い!」
弾けるように笑い出すのを九頭龍は静かに見ていた。が、またしても激しく扉が開く。
「いっちー、蝶番が逝っちゃうから丁寧に開けなさいよ」
気をつける、と言いながら皿を持ったままずいずい真っ直ぐメイアンに寄ってくる。
「も、もっと?」
一初は大きく頷いたが、今じゃなくていい、と言った。
「これ、凄いね!口に入れる度違う味がする」
目がきらきらと輝いている。
「そりゃそうだよ。輝さん手際いいんだってよ。熊と菫はきびきび働くし、アキもちゃきちゃきしてるから。忠遠が凹むくらいリキュールの口を切ったし、熊も庭のハーブやら季節の果物やら丁寧に保存してるから。メリッサは食べた?レモンともミントとも違うでしょう」
「メリッサ?」
「香水薄荷。古来から不老不死薬の材料とも言われている」
きょとんと目を丸くする。
「エリクシール?化粧品?」
「なんでそういう方面に詳しいの?」
「や、ドラッグストアにはよく行くから…違うの?」
「いっちゃんにはエリクサーとかエリキシとかの方が通じるかな。錬金術師が求め続ける、金と並ぶ秘薬だよ」
いっちゃんはやめろ、と小さく呟く。
「…造語じゃなかったんだ」
「RPGはヨーロッパの伝承を素地に使ってるものが多いよね」
「伝承?」
「やだな、ピクシーとかワイバーンとか…聞いたことない?」
「あ、ある」
「ピクシーはコーンウォールの伝承の小人の妖精だ。ワイバーンはイギリスの四足竜。ブルターニュにはイスの伝説があるし、ルサルカはスラヴの水の精霊…というか水に関することがごっちゃになって崇められてる感じかな。水死した女の幽霊ともいうし、豊穣神ともいう。ドイツのコボルト、デンマークのニス、スコットランドのブラウニー、ノルウェーのニッセ、フィンランドのトントゥ、スウェーデンのトムテなんかは皆んな機嫌さえ損ねなければ家の手伝いをしてくれる気のいい小人達。ヨーロッパ全体でこういった小人を指すゴブリンだけど、濁音の多い音感の所為か小物の魔物としてとりあげられることが多いんじゃない?鉱山や遺跡を守っていたりするし」
「どういうこと?」
「伝承だからね、勝ち残った部族が例えた別部族の人々と考えるのが、多分正しいんだよ。だからゴブリン、制圧或いは吸収された他部族民は皆『小さい』」
「劣った存在、として?」
「勝利は偉い。偉いは大きい。そして偉大と呼ぶ。対極にある敗者は矮小で、下劣で、くだらないと表すんだな。幼稚な考え方だ」
クラが心配そうに口を挟む。
「それ、言い切ってしまってよいのですか」
「あは。言われた方は腹を立てるだろうけど、勝ち負けってそういう気分になるものなんだよ。相手を蔑んじゃうのが、人類が文化的に成長していく段階として未熟な部分なんだろうね」
「…どうしてゴブリンは鉱山や遺跡を守るの?」
「ん?だって、地面や山を掘るのはとても大変な作業だから」
「え」
「いっちゃん、現代っ子だな。重機やシーリングマシンが発達してる現代じゃそんな気がするんだろうけど。プロジェクトXは丁度見てない世代か。黒四ダム掘ったとき、山がかける圧力で内部が熱いんだぜ。水脈を断ってしまって水が噴き出す、岩盤が弱くて崩れる。死者を連れ帰ることもできない鉱山をそう易々と攻め込んできた奴らに渡せるかって、意地にもなるだろ。自然の力を畏れ奉った遺跡だって、渡せないだろ。だからスプリガンが出てきて、守るんだ。でも、そんな争いをずっと続けていればどちらにも損害が続く。阻止し続けて勝手に山に入られたら、折角整備した山が荒らされてしまう。だから鉱山を守りながら案内してくれるコブラナイが現れる」
一初の口が閉じられなくなっている。
「いっちゃん?その顔は他所でしちゃ駄目なやつ」
クラが溜息を吐く。
「メイアン、貴女がまたそういう考察を披露してくれるからですよ」
「駄目だった?」
「いいえ?しかし民俗学に哲学と倫理学を持ち込むから」
「そんなことしてないじゃん…」
「スプリガンとコブラナイがゴブリンの一種という記述はよく見かけますが、成程負けた部族がゴブリンで、彼らの信仰や成果を守る為ゴブリンはスプリガンになりコブラナイになるのですね。トムテというと、サンタクロースにも通じます。本来ゴブリンとは敗者として一歩下がった存在だったのですね」
「奴隷とまではいかなくても、召使のように働かされながらも、いないもののように見えない存在として扱われていたのだと思う。…こういうのはね、勝った負けたなんかが無くてもどこにでもあるものだよ。平安時代には顕著だ」
「えっ日本で?」
三者の目が集中する。




