2023年4月、新潟㉕
「…いい男じゃん」
「自由闊達過ぎて問題児だと四条はよく嘆いておったよ」
「そいつぁ身内を貶して下げる嫌な謙遜じゃないの?」
メイアンは程よい温度の茶をゆっくり口に運ぶ。旨い茶だな、と心が緩む。
「考えてみよ。貴族は暦に縛られ行動はかなり制限されておったのだぞ?だのに気軽に着たいものを着て許されなくなるぎりぎりまで好きなように野山に出て狩りをしたり。少将の癖に馬は苦手、仕事は嫌いだが暮らしを護りたい。当時の規範に照らせば、命知らずで退廃的、素行不良の鼻摘まみ者。つまり異端だったのだな。だが人馴染みがよかった。彼の御仁はメイアンのように戦略的ではなく、天然であったようだが?」
くくく、とメイアンは笑う。
「意図的に角を立てないようにしてる…してるかなあ?どうなんだろう。発言の方向性を穏便化しようとしてるのは、自覚あるよ。美しいものは美しいと言いたいし、まろいものはまろいと言いたいじゃん。でも苦い汚い臭いはできれば発したくないな。その程度さぁ」
九頭龍も低く笑った。
「己の発言に自省のあるかないか、そこが天然との違いか。傾向としては同じ」
「九頭龍さんもカオス理論なんか持ち込まないでよ?」
「蝶の羽搏きがハリケーンになるかなど、わからん。だがメイアンの位置情報を追う輩を放っておくのは危険と判断したのだろう?」
メイアンは顔を硬くし、湯呑を置いた。
「…まあね」
「位置情報?」
タカに首を羽交締めにされている一初が耳聡く声を上げた。
「携帯の位置情報なんて略丸裸だけど、なに?ストーカー被害にでも遭ってんの?」
「うーん、ストーカーなんて可愛いもんじゃないなぁ。そういやスターリングもドンピシャで入道さんの店を襲撃してきたもんな。うんまあ、粘着されてる」
「貸して」
一初が手を伸ばすと、タカは無言で拘束を解いた。メイアンは画面ロックを解除して渡すと、一初は両手でスマホを持ち、左右の親指を器用に滑らせなにか調べ始めた。
「あー…このアプリ、位置情報を発信してるわー…画面にアイコン出てないから、要するに悪意あるソフトってやつだねー」
メイアンは鼻から溜息を吐いた。
「まあね、そういうのが入ってることは予測がついてた。ただ気になるのはこのスマホは三月に新規で取得したばっかりだってことなんだよ」
「じゃあ取得以後に入れられたんだろ」
「ウクライナから龍の背に乗って密入国してんだよ?取得も偽名だ。世界に撒き散らした名も別の偽名だ。誰がこのスマホをこの罔象メイアンが使っていると特定できる?」
一初はスマホを握り締めたまま黙り込んだ。クラが暫くして口を開いた。
「…メイアン?ここは原始的に、貴女の姿を追ってきたのではありませんか?」
「ウクライナにいたときとはかなり違っているよ?クレイウォーターにある写真ともかなり趣き違うけど」
タカが今度は口を開く。
「それこそ顔認証AIってやつ使われたんじゃ?」
「顔認証かぁ…それは考えなかった」
九頭龍が湯呑を持ってソファに戻り、深く身を沈めた。
「メイアン、おぬしその顔でノースカロライナへ行ったろう」
「あ。…あぁー、そうだあ、やっちまったあ…AIに更に判断材料を与えたようなもんじゃん…うぇ」
七転八倒しそうな様子で暫く唸っていたが、ふと動きを止める。
「待てよ。じゃ、なに?顔認証AIに探させる程のネットワークがあるってこと?三月中殆ど忠遠の家、出てないよ?公共交通機関もバイクあるから使ってない」
「街中にカメラの設置されていない場所は現代ないよ。少なくともこのスマホ買いに家電量販店なり販売代理店なりに行ったんじゃないの?」
一初は片眉を吊り上げ言った。
「…確かに、行った。うぅえぇ、この時点で捕捉されてた…」
テーブルに落ちそうになるのを支えるように額を抱える。
「んんん?スマホが買える場所のカメラを制圧してたってこと?」
がばと顔を上げて身を乗り出す。
「制圧ってあのね。どのくらい網を広げていたかわからないけど、店舗のセキュリティなんて大概大手が引き受けてるんじゃない?そこをハッキングして映像をAIにかけてやればそんな時間かかんないっしょ」
メイアンは座面に腰を戻し、黙り込んだ。
「…メイアン?」
「待って。時系列に並べ直す。ドンバスで忠遠に拾われたとき、認識票は放り投げてきたから、この時点で脱走か死亡かってことになった」
「そんな直ぐにわかるもんなの?」
「わかるよ。一応軍隊だからね、定時連絡を入れてる。とはいえ、あの塹壕の中は皆んなくたばりかけだったから定時らしい定時にまともに報告できたか怪しいけどな。東京に一度出たけど、移動は完全に寒霏の上。カメラがあるとしたら秋津運輸の中だけど、池田姉妹が外部からのアクセスを許すとは思えない」
九頭龍はうんうんと頷いているが、クラとタカはきょとんとしている。一初は論外である。
「次の日に家電量販店に行った。ああいうところはそこかしこにカメラが設置されてるよな。カメラとは判り辛い形にしてる物も多い」
「コロナ禍でウェブ会議とか増えたから、そういう映像もネットワークに直結してる。拾われたのはそこなんじゃん?」
一初はぶっすーと不機嫌に言った。九頭龍が空けた席にタカは座りながら言った。
「現代社会で必要不可欠になっている家電、特に携帯電話に網を張っていたのは正解だったのかもしれない。使ったのは?」
「実は碌に使ってない。直後ディズマルに行って、電波は入らないがカメラ代りに使ったな」
「電源が入れば位置情報は発信される。もしこの時点でこのマルウェアが入っていたら、京都から目的地にばびゅーんと移動したこと、もろばれだ」
「いつ入れられたのかわかる?」
「…どこまで仕掛けがされてるかわからないから、ちゃんと解析にかける必要は、ある」
やってやる、と一初は真摯に返した。
「こっちも要る?」
黒川で奪った携帯を取り出して、方陣を開いて目的の左手だけ引き出しロックを解除する。突然にゅっと出現した人体の一部に流石の仙達もぎょっと目を剥いた。




