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狐と踊れ  作者: 墺兎
53/321

2023年4月、新潟㉔

「皆さん落ち着きましょう」

一初の肩に置いていた手を前置きなしにクラは下へと力をかけた。否応無く一初は座らされる。タカがさっと急須を出して湯呑みに湯を張り始める。

かけなさい、と九頭龍に言われ、メイアンも座る。

妙だな、とふと思う。この平屋の家に何故四人もかけられるダイニングテーブルがあるのか。タカが急須の在処を知っていたから、勝手知ったるなんとやらなのだろうか。それとも、もっと親しい?

「昔輝が四条の蒐集品コレクション使つこうて菓子を拵えたのよ。メイアンのように落ち込んでしまったのを気遣って、な」

「そのときも、琥珀糖?」

「否。今のように砂糖が、それもこんなに精製されたものが未だない時代だった。飴を作った」

「その飴が世界を救ったの?」

九頭龍はぽりぽりと顳顬を掻いた。

「偶々…四条と懇意にしておった兄がな、飴を持ち歩いておったのよ」

「…ん?待って。どういうこと?飴を作って慰めたかったのは、誰?」

尚侍ないしのかみ

なんだっけ尚侍。熊が言っていたな。龍鯉が悲しませた、とか?同一人物を指しているなら…この落胆を慰める為に輝は飴を拵えたということになる。

「忠遠は尚侍のお兄さんと仲がよかったんだね?あー…そっか、尚侍は宮中で暮らしているから、届けたのはその彼だったんだ。そうだね、飴は一度にいっぱい作れちゃうから、輝さん、皆んなで分けたんだね。持ち歩きし易い飴だったから、成程、そう。で、持ち歩いて…誰かに更に分けたんだ?」

えっ、と一初は顔を上げた。メイアンを驚いて見詰める。

「左様。先ず鴉共に与え、そして日不見ひみずらに与えた。そうしたら何故か大陸から来そうだった災厄を防いでしまった。輝の飴が物事を円滑に回したのは確かだが、実際奔走したのは四条と兄の三条少将。少将は疲労で眠りこけておったから飴の話だけが独り歩きしたという話なのだ」

そういう話だったのですか、とクラが呟く。

「それで輝さんが作るお菓子には有り難みが膨れ上がっちゃったんだね。確かに伝説のお菓子」

メイアンは緑色のをひとつ口に入れてみる。針葉樹の香りがした。樅の木(サパン)リキュールだろう。

「…どうして」

「ん?」

「どうして飴を持ち歩いた経緯いきさつがわかるの。千年前から生きてるんじゃないのに」

「えぇ?そんなん国語やら社会科の教科書に幾らでも載ってるよ。仙がどうこうという話じゃないじゃん?歴史を知るって、そういう想像と両輪でしょ」

「学校通ってないもん」

「通おうよ。じゃないと漫画読んでも大河ドラマ見ても面白くない」

「そっち?」

「そっちって、だって仙なんだし、敢えて人間社会に影響及ぼそうとか考えてないもんよ。寧ろそっちの娯楽を楽しく享受したいじゃん」

九頭龍は額を抱えくつくつと笑い出す。湯呑の湯を急須に移しながらタカは言った。

「メイアンはときどき突拍子もない」

「そりゃないよタカさん…」

注ぎ分けられた湯呑を受け取りながらクラは大真面目に言った。

「しかし、今そこにある危機かもしれませんよ?」

「トム・クランシー?麻薬カルテルが迫ってるの?」

「あは、そういうことでなく。輝媛さまがお菓子を作られたタイミングは大きな危機を回避する一歩なのかもしれない、と」

タカは全員の前に湯呑を置いて座ると、両肘を突いて軽く握った拳の上に顎を乗せた。珍しく黙っている。

「考え過ぎじゃない?輝さんの動機は変な風に落ち込んでるの見ちゃったからだよ」

「飴を作られたときも、尚侍さまが消沈されておられたからでしょう」

「クラさん、カオス理論なんか持ち込んじゃ駄目。折角忠遠も色んな酒を提供してくれたんだし、食べてみて?」

九頭龍が手を伸ばしひとつ摘む。

「鳩?」

「それはね、白くしたくてカルピスなんだって。兎なんか真っ青なのに」

「どうやって青く?」

それをクラが摘み上げる。

「バタフライピーだって。濃縮した粉を熊が持ってた」

「お味はラム酒ですね」

「ふふ、可笑しいの。それラム酒入ってないんだよ。ラムエッセンス…香りづけしてあるだけ」

「面白いことをなさる」

「わー、これ紫蘇〜」

緑色の細かく刻んだ葉が浮かぶものをタカは選んだ。

紫蘇焼酎(鍛高譚)のも出したっけな?食べ比べてみてねって。もう変な憂鬱なんか素っ飛んでっちゃう」

一初はやはりピンクのものを選んでいた。

「これも不透明」

「食べてみ?目指すところは三角形の有名な飴だって」

口に入れてみるとふわりと苺。それを追い包めるミルク味。

「牛乳じゃ物足りないから練乳だって。なんか琥珀糖の概念が覆されるよね〜」

九頭龍は茶を含みながら低く笑った。

「輝の気持ちが明け透けで驚かされる」

「下向いてないで、笑って?って口に入れる度に聞こえる気がするよねっ。多分ね、いっぱい色んな味のを用意したのだって、じゃーん!って多さで度肝を抜いて、もうこれだけでくよくよ落ち込んでる場合じゃなくなる。食べたら味で驚くし、もうひとつどんな味なのか気になっちゃう。形も可愛くて、でもちょっとデフォルメされててこれは一体なんの形?なんて考えていたらもやもやなんか…まあ、無くなりはしないけど、一時的になら忘れていられる。あっちに追い遣っているうちにどうでもよくなっちゃうかも。解決されるかも。楽しい時間稼ぎだ」

席にあぶれたクラが一初の肩越しにもうひとつ、と手を伸ばす。

「美しいですね、紫水晶のようです。メイアン、貴女はずっとそうなのですか?」

「そう、って?」

他人ひとの気持ちや考えを持てる知識と考察で汲み上げる。温情厚く風雅でたわやかな解釈を示します。確かに誰でも貴女が好きになる」

「うわっ、うわっ、クラさんやめてよ。いつもじゃないよ、こん畜生ちきしょうと思うこともあるしI will muss you!!!ってじたばたすることだって少なくない」

「あいうぃるますゆー?」

一初は眉を寄せる。

「ぎったんぎったんにしてやる!って感じかな?そう吠えてる時点で手出しができなくて悶々としてるんだけどね」

タカが笑い出す。

「うっひゃ、理性で抑えつけときながら内心むかむかするんだ。メイアンは基本友好的だよね」

「集団の中で目立たずやってくにはいちいちとんがっていたら駄目だろ」

「だ、そうですよ、一初?」

「尖ってないやい!」

頬を到頭真っ赤に膨らませた一初をクラとタカは意地を突きいじっている。その様子を九頭龍は頬杖をついて見ながら呟いた。

「三条少将も、斯様な御仁であったそうよ」

「えぇ?だって仙じゃなかったんでしょ?」

「いやいや、他人の心にすっと入り込む。嫌なものは確かに嫌と宣うが、なにごとにも比較的寛容だった、と」

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