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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㉓

「解析。九頭龍の爺さまがそう言ったの?」

一初が真正面からメイアンを見据えていた。頬が鴇色だ、と思ったが、これは口には出さない方がいい。

「…頼ってもいいかな」

「できないこともあるから、過剰に期待されたら困る」

「ごめん、凄っごく期待してる」

冗談を混ぜて笑いかけると、一初はすっくと立ち上がった。

「爺さま一体どういう説明したの?ああもう、クラさまタカさまぁ!お茶出しますから、上がってくださいよう!ただいまくらい言ってください!」

大きく玄関を開いて四人を迎え入れる。靴箱の上には皐月の盆栽が飾られており、やはり花は鴇色だった。ぷふ、と小さく笑ったメイアンの横でクラがし、と口の前に指を立てる。タカは後ろから二人を押し込みながら言った。

「いっちー!村上茶だよな!」

「紅茶もありますよう!」

「えっ村上って紅茶採れるの?」

「茶葉をどのくらい醗酵させるかで緑茶か紅茶かが決まるんじゃん。同じチャノキがあれば作れる。昔からロシアに輸出してたんだよ〜」

「まじか。凄いな村上。この寒いのに栽培しちゃうし、輸出ってインターナショナル。江戸時代の鮭の回帰性の件だって、ちゃんと幕府にかけ合うし、納得させてる。これだけ距離があったらなあなあにしそうなのに」

クラは靴を脱いで向きを直して立ち上がった。

「単純に幕府の統制が行き届いていたからでは?」

「そういうのは確かにあると思うけど、それでも島津とかは目を盗んで琉球やその先の明や清と貿易してたじゃん?」

「ロシアと貿易してたのは明治になってからですよ」

「うん、開港してからだね?うふふ、凄いところに来ちゃったな」

タカは九頭龍の靴も直して立ち上がる。三和土でもぞもそと靴を脱ぎながらタカが笑う。

「メイアン、褒め過ぎ」

「そう?」

クラは声に出さずにくすっと笑う。

「…お菓子、持ってくるべきでしたね」

一初は明るいリビングダイニングに全員を通した。

「手ぶらで来るなんて、…あぁそうだ、あるよお菓子」

九頭龍は既にどっかりと二人がけのソファに身を沈めている。

「京都から持ってきたんだ。方陣の中に閉じ込めてあるから傷んでないと思う」

空間を開いて手を突っ込む。取り出したのはピンクの濃淡だけを詰めた琥珀糖の小壜だった。口のところにピンクのギンガムチェックリボンが蝶結びにされている。

「買ったお菓子でなくて申し訳ない。でもこれ、輝さん…輝媛さんが作ってくれたんだ」

午後の陽射しを浴びて白く糖分を吹いた琥珀糖が硝子の中で輝く。

「色が違うと味が違うんだ〜えっ、あれっ?どうしたの?」

差し出して、受け取ろうとしていた一初が固まっていた。一初だけでなく、クラもタカも、離れてソファにいた九頭龍までも表情まで止まっている。

「ちょっとー?なんか確りー?えっ。琥珀糖、駄目だった?」

四人が揃って横に首を振る。

「他の色のもあるよ。お皿貸してくれるかな、なんかどさっと重箱に詰めてきちゃったからさ」

「…大量にあるのか」

「うん、忠遠の蒐集品コレクションと熊の漬けたのとか色々使っちゃって、なんていうか、もう」

一初は震える手で壜を受け取ると、食器棚から白い平皿を取り出し手渡した。メイアンは空間の中に仕舞ってある重箱の蓋を中で開いて、一緒に収めてあるトングで拾い集めて皿に盛った。なるべく同じ色味のものを集めて盛った所為か、白い皿の上は虹のようだった。タカが溜息を吐く。

「…はわ〜、輝媛さまのお菓子…」

九頭龍も立ち上がってテーブルに置いた皿を覗き込む。

「これを、全て輝が?」

「あ、輝さんが陣頭指揮に立って、熊と菫とアキが作ってくれたんだ。アルコール分は飛んでるから、誰でも食べられると思う」

するとすっとクラが息を呑む。

「…あの、輝媛さまは何故お作りに?」

輝はクラ・タカ以下には畏敬の対象であるようだ。

「うん?なんかしょんないことでちょっとどよ〜んとしちゃったらさ、作ってくれたの。元気出してって言われた気持ち」

二人の若い龍は九頭龍の顔色を読むように顔をそちらに向ける。

「こ…これ、我々いただいて宜しいのでしょうか」

「輝がメイアンに持たせたのだから構わないと思うが」

嫌に慎重な物言いだな、とメイアンは不審に思ったが、あまり突つくべきでもない気がした。

一初は壜を握り締め、まだ震えている。

「…家宝にしよう」

「やだな、食べてよ。輝さんも食べてって言ってたよ」

すると一初は鋭い目つきをメイアンに向けた。

「おまえな!輝媛さまのお菓子がどういうものかわかってない!」

眼前に指され小さくうっと呻いて微かに仰け反ったが、メイアンはなんとか押し隠して一初の指を横に往なすように軽く押しやった。

…そういえばドンバスの塹壕で忠遠がAK74の照星フロントサイトをこうやったんだっけな。

「優しい気持ちで作ってくれた、可愛くて綺麗な、美味しいお菓子だ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

一初はぎゅうと小壜を抱え込み口を尖らせている。初放鳥は十五年前だから、一初は高校生くらいの年頃の筈だが、それにしてはいちいち言動を含めて幼いような気がする。

「やめい、一初」

「でも爺さま」

クラは音もなく一初の背後に回り、肩に手を置く。

「おやめ、一初」

一初は半泣きで言い放つ。

「でもでもクラさまぁ!輝媛さまの獺祭菓子です!これは世界を救うお菓子です!」

また出た、獺祭。世界を救う?なんだそりゃ。

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