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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟⑯

「古代の人々が、ってことだよね?この中に柄杓みたいの突っ込んで掬うのは嫌だし、水も一緒に汲めちゃうよね。どうしたんだろ」

黒い油面は人の手を拒んでいる。九頭龍は掌で中空を撫でるように油面の上方で動かした。

「ここにシダの束を油面だけ撫でるように浸し、絞る。絞るといってもこれまたあまり触りたいものではない。逆さに吊るしてぽたぽたと滴るのを待ったのであろうな」

メイアンはそしてクラもタカもその様子を想像しようとした。

「…欲がないね」

「ふ。そうかもな。その頃の石油とは、臭くて、黒くて、どろりとした粘液だ。火を点ければ、燃える、というだけの珍しいものでしかなかったからだ。しかしシンクルトンが掘削した頃の英国は石油に大いに将来性を見出していた。アラブを蹂躙し始めたのも、この頃だ。二十世紀に入るや自動車はガソリンエンジンを搭載し、飛行機も飛べるようになる。ここにチャーチルが目をつけた。石油…ガソリンで飛ぶ飛行機は、いずれ戦争で重要な位置を占めることになる、とな」

クラが記憶を必死で辿る。

「あっ、あの、チャーチルってシンクルトンがここで原油の汲み上げを始めた翌年の生まれです…っ」

「左様。世界の覇者であった英国が油井を次々と開削し、流通を一手に握るそのタイミングで石油の利用が発展したのをチャーチルは目の当たりにした。それまでずっと戦争に明け暮れてきたチャーチルの頭の中は如何に圧倒的な兵力を持つか、それが大英帝国を維持する方策だという帰結に至ったのだろう」

なんとも嫌なタイミングだ。産業革命が次々と革新されてゆく中、石炭より液体の石油へ、外燃機関でロスの多い蒸気機関から内燃機関エンジンへ…たが軍事転用という加速度がなければ、現在の便利な社会は、ない。

「おいおい、靉靆あいたい重苦しい顔をするでない。歴史には負の部分はつきものだ」

「でもいいもんじゃないじゃん…」

「戦争を礼賛する気はないぞ。だが人に限らずどんな存在も、今あるものをなにかしら破壊しながら存続する。牛の噯気ゲップ排ガス()などメタンだ、もろに温室効果ガスではないか」

「や、それは人が牛を矢鱈飼うから…」

「今ある環境は、驚きに満ちていて、美しい。だがそれとて人が、全ての存在が刻んできた結果ではないのかな」

川が流れ、風が砂を積む。そうやってできた湿地もまた人の手で、飛んできた柳絮が芽吹いて排水され水田を広げ宅地になった。勝手に噴出した原油が川を黒く澱ませる。風で回る白い巨大な風車。

「変化を全て拒んだ結果を見たことはあるかね」

「アメリカだと…ターシャ・テューダーとか、…アーミッシュなんかはちょっとカルトっぽくて怖い」

「ターシャ・テューダーは亡くなった後相続で揉めておったな。自給自足くらいならよいのだろう。だが一定の時代の風俗のままでいられるか?着るものひとつとっても、昔とはどの時代を指してそこで止める?十二単の時代がいいとか言い始めたら、それを世話する者が必要となる。それらは半分は人扱いされておらなんだ。時代の変遷は悪習だと思われたものを切り捨て、そのことによって生活様式も変化したのだ。明治時代に入って洋装にすっかり切り替わってしまったと嘆く者も多いが、それは諸外国と対等であろうとした結果であり、もう国内で綿も絹も麻も自給できなくなったからだ。儂にはどれをとっても変化してゆくものはとても魅力的だ」

「九頭龍さま、草木一本も生えないような荒野は嫌です」

クラがおそるおそる言う。

「うむ。ぺんぺん草も生えなくなるような変化は儂も歓迎しない。それを自覚していれば、問題はない」

メイアンは深く頷き顎を引いたが、途中で小さく眉を寄せた。

「ごめん九頭龍さん。なんか追っかけてきちゃったみたい」

「もてるのう」

九頭龍はクラとタカを伴い、シンクルトン記念館の裏手をぐるりと回った。

彼らは弾が飛んでこようが刃物を突き立てられようが傷を負うことなんてないんだろうけどな、と思いながらそろりと樹木に陰に移動し、気配を殺した。メイアン達が臭水くそうず油坪あぶらつぼへと辿ったルートの草を踏み分けてくる。三人。あまり訓練された足取りではないな、とCz75を取り出すのをやめた。

三人が油坪の前に開けた場所へ辿り着いた。きょろきょろと見回しているところを鑑みるに、やはりメイアンを探しにきたのか。

得物は…今時バタフライナイフ?そんなのどこに売ってるんだよ、と呆れ返りながら近づいてくるのを待つ。

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