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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟⑪

「ねぇ、九頭龍さん達って、食べることって、必須?」

「いいや?」

「そっか。じゃ、忠遠達もそうなのかな?」

「四条や亥の入道らは元々生き物だから、必須ではないにしても食事という形を失うと気分的に飢えを覚えてしまうのだろう。その辺りは四条の方が詳しいぞ。何故訊かなんだ」

メイアンは耳の後ろをぽりぽりと音を立てて掻いた。

「なんか忠遠ん家って普通に食事の支度するんだよ。熊や菫がおやつや夜食まで凄んごくナチュラルに用意するんだもん。入道さんとこは、拉麺屋さんじゃん」

「あの共喰い。我々は食わなくてもいいが、旨いものはハッピーになれる」

薄っぺらい表現が出たな、とメイアンは苦笑いした。そういう理由で九頭龍は一月二十日の巡視船えちごの入港以来地域を楽しんでいるらしい。それが温泉とスキーとグルメというのがとても俗っぽいが。

「じゃあさ、サーロインなんてどこでもあるようなものじゃなくて、この辺のものにしようよ。米!ある?」

九頭龍は新しい閃きでも得たように目に明るい光が宿った。

「新潟に来たら米を買わない馬鹿はおるまい?魚沼産と岩舟産だ。どちらもコシヒカリ」

「うわーっ、カレーじゃ勿体無いじゃん!」

「なにを言う。カレーが更に旨くなるのだ」

「でも春っぽくない」

「ならば筍はどうだ?昨日田上で筍を買って湯掻いておいたぞ」

「筍!ならもう筍ご飯で決まりじゃん!それと若竹煮」

「佐渡産の生和布があるぞ!」

「凄い!そんなの普通手に入んないよ」

パックには包装のラップフィルムがはち切れそうな程大量に入っている。

「じゃあさ、鰤しゃぶもしようよ。クラさんとタカさんも食べるよね!」

鰤を二柵、大根の上半分、椪酢は迷いに迷ってちょっとお高めのを、油揚げ、鶏肉はやっぱり腿だよね!と言いながらパックを籠に入れた。

「鍋のつゆはどうするんだ?」

昆布くらいはあるが、と九頭龍が言いかけたが、途中で言い淀んだ。メイアンが考え込んでいたからだ。

「どうした?」

「九頭龍さん、さっき生き物の仙である忠遠達には食事は必須じゃないって言った」

「言った。面倒臭いから先に言ってやる。メイアン、お主もじゃ」

メイアンはぺし、と音を立てて額の中央に指を当てた。

「…まじか」

「大真面目な話だ」

まるで額に皺を刻むまいとしているかのように押さえているように見える。

「問題が?」

「や、なんだろ。ウクライナの塹壕で半分野垂れ死にみたいになっていたの、なんだったんだ」

「言ったろう。元生き物、動物なのだ。気持ちが、身体を、支配する。湿って冷たく泥っぽい塹壕で、充分に食べず動けず、人間らしい尊厳とやらも失われ、絶望的な状況を受け入れたら、そりゃあ死にたくもなるさ。あぁ、メイアン本人は死ぬまいと思ったとしても…だ…これ死ぬやつじゃん、そう身体が勝手に信じれば、細胞が諦めて死に始める。そういう状態だった」

メイアンは煩わしそうに髪を大きく掻き上げた。

「…俄かには、信じ難い」

「そうだな。だが、そうやって命を終わらせた仙を幾つも見てきた」

「…物は、永遠なの?」

「どうかな。儂は、川だ。最早川ではないのかもしれぬ。たが九頭龍としてなりを得た」

「…」

スーパーマーケットの中では心を躍らせるようにテンポのいい高音の音楽が鳴り響いている。しかしメイアンの心は如何いっかな弾まなかった。

「実体を失って、終わった仙も見た。元から実体の無いものも、ある。わからない。仙なるは、どういう存在なのか」

九頭龍はメイアンの背中をそっと押した。メイアンは促されて冷蔵ケースの前をゆっくりと歩き出す。

「寒霏のようにあまり拘らぬ方が心易くいられるのやもしれん。どんなものが由来であれ、生態系から外れ、永劫を生きる可能性を持つ、これだけは揺るがぬ事実だ」

九頭龍は黙って卵のパックを籠に入れる。葱が要るな、と方向を変える。

「…葱は刻んであるやつでいいよ」

メイアンは刻み葱のパックを冷蔵ケースの棚から取り入れた。

「うん、わかった。忠遠が研究してるのは、そこんとこだったわけだ。ウクライナで固定観念に縛られていなかったら、いや、あのときは自分が仙だなんて知らなかったのだから縛られるなったって土台無理な話なんだけど、そういうところから解放されていればくたばりかけるだなんて無様な姿を晒すことは無かったってわけだ」

立ち直りの早さに九頭龍はくすりと笑った。

「あ、苺!大粒だね!やや、とちおとめじゃないぞ。えちごひめ?」

「下越、特に新潟市近辺特産の苺だ。掛け値なしに旨いぞ」

「食べてみたい!」

九頭龍はくすくす笑って二パックも籠に入れた。

「クラとタカが気に入っていてな。取り合いになる程なのだ」

「そんなに?」

「そんなに、なのだ。さて、基本の調味料は揃っておる、行くか」

「あ、九頭龍さん、ちょっと待って」

メイアンは果物の売場を速足でぐるりと一周してぽいぽいぽいと幾つか入れて戻った。

「買い物袋は持ってる?エコの基本だよ!」



会計を済ませ、アバルトに戻ると、丁度幌を畳んでいるところだった。タカは九頭龍達が戻るのを待ち構えていて、姿が見えるや見計らって幌を畳み始めたらしい。

エコバッグはメイアンに熊と菫がひとつずつ持たせてくれました。熊がくれたのは保冷できるタイプで、畳むと四角く平たくなります。菫は丸めて仕舞える軽いもので、仕舞って紐を引くと林檎の形になります。

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