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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年3月、京都②

「今度はエンデか。あれこそ創作じゃん」

「うむ。あれにも龍があるな。お前さんはバスティアンと同じ体験をしたな」

「そういう韜晦すなや」

とぼけてなどおらぬわ。異なるのはファンタージェンは心や書物の中にあるのではないということよ」

「おいおいおいおい」

「どうにか理性という形の中に戻ろうとするのはもうおめ。寒霏は龍。人の姿にも龍の姿にも齟齬を見たかね?そしてお前さんは、仙じゃ」

「だーかーらー!その仙って!」

忠遠はもう一口茶を、と湯呑みを覗き込んでもう空であることに気づき、急須の蓋を外して中を覗き込んだ。湯は残っていなかったのか、ポットから注ぎ足す。

「断っておくが、通念上の仙人、ではない。寒霏は龍として生まれたのでもない。そこから理解が必要だ」

「…わけわからん」

「まあ、聞け。化け猫とか付喪神という言葉は語彙にあるか?」

茶のおかわりを求めながらうんざりしたようにメイアンは答えた。

「あれだろ、長生きした猫とか長く使われてきた道具とかが化け物になるやつ」

いいね、という風に忠遠は口の端を上げる。

「長生きしたから化け物になる、それはそういう表現だ。ならば全ての生き物や道具やらを長く長く保存してやればそうなるのか?」

「へ?」

「だとしたら大英博物館だの正倉院だのは化け物だらけだな」

忠遠はまたしても粗雑に茶を注ぎ、湯呑みを差し出した。

「…そういう映画あったな」

「あっはっは、ナイトミュージアムだったか?ありとあらゆる展示物が動き回っていたな。だが現実は違う。全てがなるのではない。化け物、仙になるべくして生まれてきたから、長生きできる仙となったのじゃ」

メイアンは湯呑みを受け取ろうと手を伸ばした形で固まった。

「自分に当て嵌めとるな?そうだ、お前さんは仙となる体質で生まれてきた。そして仙になってもうた」

「ちょい待ち。体質?うん?」

「中には仙にならぬまま生を全うする者もおるよ」

「体質?」

「それが遺伝的なものなのか突発的な突然変異なのか、今は未だわからぬ。まだ研究段階だ、とだけ」

「遺伝って、なんでそこにいきなり現代科学」

「説明がつくなら理論立ったものを使つこうた方がわかりやすいし説明しやすかろ。大体生き物だけではなく生命ではない物にもそういう事象があるのだから、なんとも断定し難いのだよ」

メイアンは湯呑みを手放して頭を抱えた。

「穏健で無害な言葉故仙、と使うておるが、詰まるところ化け物、じゃな。恐怖の対象であるモンスター、という意味ではないから安心せい。化ける物、だから化け物」

抱えた腕の間からメイアンは細い声で絞り出す。

「お前は化け物ですと言われてハイそうですかとにこにこ答えられるかっつーの」

「…人間以外は割と素直に受け入れるのだがな」

「どゆこと」

「寒霏はある貴族の池にいた銀鯉でしかなかった。だが己が龍になれるとわかるやとっとと川を上り龍の身を得た。化け猫の伝承では飯と宿の恩義を返しておるのが多いじゃろ」

「はあ…」

「人間の仙だけじゃ、己が他者と異なることに勝手に苦悩して集団から逸脱することに恐怖するのは」

化け物であるということに苦悩し恐怖しているのか、とメイアンは合点がいった。腑に落ちるとでもいうのか。

「あぁ…うん。そうだね。戸籍とか記録とか、存在することに完全に管理が行き届いているから、確かに誰かに糾弾されるんじゃないかって、そりゃ恐怖だわ…」

「はははっ、もう逸脱しとるお前さんはそんなに抵抗なしのようだな」

「いやいや、あんた違う生き物でしたって完全にアイデンティティ崩壊でしょ」

忠遠は笑いっ放しである。

「…確かに傷の治りも他人ひとより早いし、なにより外見の成長っつーか老化っつーか、完全にストップしてるのは厳然たる事実なんだよ。この時点で面妖おかしいっていう意味でバケモノなんだよ。で?なに?仙になるとなにができるの?」

忠遠はぴしゃりと言った。

「わからぬ」

「えぇー、なにそれ」

「仙、というのは生き物も無機物もなり得るもの、実に多様なんじゃ。本然の姿を維持するためなのか疾病傷害に対する耐性が強く、老化も略ない。これは大体共通しとる。なにができるのか。龍なら先例が多い。水を集める、雨を降らせる、いかづち稲妻いなづまを発する、嵐を呼ぶ…雹だ霰だなどというものもあるようだが、千年生きとる寒霏は不器用での、なにひとつものになっとらん。獣の場合、大概人の姿に化け人の世に混ざって暮らすなどだな。だが人から仙になると、もう既に人の姿をしておる故人の姿に化ける必要がない、だから化けるかどうかから躓いておるわけよ」

「恵まれた結果努力なしってことか?」

「そうかもしれん。もっと悪いことに、人の世はどんどん進んで、人間の力の先を努力で求めなくともITだの機関エンジンだのの力で解決できるようになってしもた。よって怪力だの千里眼なども獲得を目指さぬ。今人間が欲しくてたまらぬものはお前さんが仙になった、その丈夫な身体と常若くらいなもんなのじゃ」

「確かに…って、じゃあこれから怠惰にただ生きてるだけってことになるんじゃん!」

忠遠は溜息を吐いた。

「そこなのだよな。だから彼の方も気をかけておられたのやもしれぬ…人というものは直ぐに模倣を試みるし、とことん利用し尽くそうとする。仮に解明できて人間がこれより全て仙になったら地球は爆発してしまうわ。…ウクライナへ行っとったお前さんなら、ようわかるだろう?」

漸く話が戻ってきたことをメイアンは悟った。ウクライナ脱出の際の貸しひとつ、あれは助けてやったぞなどという廉い貸しなどではないのだ。メイアンひとりを連れ出す、これが恐るべき重さを持つのだという、質草。

「ドンバスで二番目のドローンに気づかなかったことにして同国人を人道的に迎えにきたというスタンスを貫き通すってのもアリだったが、それでは収まり切らぬのをわかっていたのは確かだがな」

「これ、かなり見えてるんじゃないの?クレイウォーターかなんかがこの体質にどっかで気づいたから、あのタイミングでいい実験体にするつもりだったんだろう!」

「だろうな」

「クレイウォーターはウクライナに傭兵を送っておきながら、ロシアの非人道試験にも情報送ってたんじゃん!」

「そこだな」

「クレイウォーターとロシアは被験体さえあれば何度でもやるし、そのために戦争を長引かせる可能性だってある。領土の取り合いじゃなかったのかよ!」

忠遠は長く息を吐き出した。

「戦争には星の数以上の思惑が存在する」

「ああ。そのひとつに喧嘩ふっかけてきちまったと、そういうわけだな?」

「クレムリンがもう少し機能していたらとも考えたのだが、もう駄目だな。さて、どうする?」

腕組みして首を傾ける。

「順序は置いといて…クレイウォーターのデータの抹消、関わってるやつの洗い出し、ロシア側の配備先もできれば潰したい」

「ふむ。それで終わるかな」

「どういうこと?」

「そういう兵器があるのは誰もが知るところだが、化学兵器禁止条約(CWC)で規制されてある程度は踏み留まっている筈のロシアが、お前さんがのこのこウクライナにやってくるからというだけで毒ガス兵器を短兵急に配備するか?大体、右から左へ用意できるのかね、そして、試してみて、適量を割り出したら即実戦投入という流れではないかな?だとしたらそれを用意するプラントがどこかにあるか、売りつけた者がおるな?」

「そこまで潰していいなら、やるよ」

「まあ待て。プラント建設にしても兵器の売買にしても、化学兵器禁止条約(CWC)で腰の引けてる国家が発案企画するとは考え難い。つまり、この話自体を持ちかけたやつもおるのだろう。まあ、クレイウォーターの方からお前さんの派兵と抱き合わせ(バーター)やもしれぬがな」

「うへぇ、売り出し中のアイドルじゃねぇっつの」

忠遠は大真面目な顔で言う。

「最早アイドル同然ではあるまいか?我々が物々しく連れ出したと知っているとしたら、お前さんの価値は鰻上りじゃろ」

「おい忠遠っ、カンピーのあのデカい龍の姿、ドローンとかで残っているんじゃあるまいな?」

座卓に手を突いて身を乗り出したメイアンに忠遠は苦笑いした。

「これがのう、面白いことに残らぬのよ。写真にも…仙が転じ化けた姿は見たい見せたいと思う者の間にてのみ在る光の加減なのだろうかね」

ひゅう、とメイアンは口笛を吹いて乗り出した身を戻した。

「…思うんだけどさ、忠遠ってなんなの?」

「うん?なんなの、とは?」

忠遠はにやにやと笑い始めた。

「仙という存在がどういうものなのかとかさ、どう電子機器と関係し合っているかとか…ジュネーブ条約だのCWCとか、あれカンピーが自分で学んで発した言葉とは思えない、絶対忠遠が教えたんだろ。遺伝だ文学だ映画みたいなサブカルだ…研究してんの?忠遠も仙?じゃなきゃカンピーをたかだか千年とか言わないよな、千年以上生きてるってことだよな?」

「その柔軟な考察力、寒霏にも分け与えたいものだ。理由や根拠の揃え方も大変よい。ぼんやり何年も地球上を彷徨い適当に傭兵稼業に勤しんでいたのではないのだな」

「仙になった前例がどれだけゆとりな生き方をしてきたのか知らないけどさぁ…二十世紀からこっちって時代はさ、なにかしら追い立てられてるようなもんなのさ。福祉が行き届いている分、時期が来れば学校に通わされ、そこから逸脱すると大変な害悪のように扱われる。挙句に学歴が無いことを責められる。だからってその風潮に乗らなきゃならないってこともないんだけど」

「メイアンはどうしたのだね?」

「若い外見を最大限に活用してきたよ。学生のふりして講義に紛れ込む。ゼミとかは流石にね、けど、大講堂くらいならちょっくら気配消してさ、半年通えばいい感じに知識はつく」

「学費泥棒め。ふふ、メイアンが推察した通りこの賀茂忠遠も仙なり。寒霏よりも勿論先に仙となった。仙が他の仙に興味を持つことは稀らしいが、仙とはなんぞやというところに疑問を発してな、あまり精力的ではないが解き明かそうという努力はしておる」

「へぇ〜、哲学的ぃ」

「否、違うな。人間とはなんぞ、という疑問は存在意義レゾンデートルを探すものだが仙とはなんぞ、とは先ずなにでできているのかという、いや、それ以前の構成しているのはなんなのか、理学的なところから探らねばならぬ」

「えぇ〜、蛋白質とかでできてないの?」

目の前で手をグーパーと握っては開いてみる。

「今解っているのは、お前さんの今の姿は普通の人間となんら変わらぬ。寒霏の人の姿はぶっちゃけ映像でしかない。触れるがな」

「そこな、確かに謎だ。解き明かさないといずれ弱点になる」

「だろう?人間が発展させてきた科学だけでは説明しきれぬ。たからとて人間に引き渡すわけにもゆかぬ。なにせ圧倒的少数派だがなんとも有利な体質を有しておる。得てしてこういう立場は、弱い」

「忠遠は仲間思いなの?」

そうは思えないのだけれど、と言外に匂わせる。

「誰ぞのために、などという大義名分は持っとらん。危機感があるだけじゃ」

「…で、忠遠って、なに?」

忠遠はまたにやにや顔に戻り、盆に急須や湯呑を集め始めた。

「使った湯呑は洗っておけよ。他人のことは根掘り葉掘り訊かない。己の身の振り方を先ず考えることだな」

盆を持って立ち上がり、部屋から出ていった。

逸らかされた、と気がついたときには台所にすら忠遠の姿はもうなかった。

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