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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟⑩

想像を絶するが、十日間も爆発を伴う火災だなんて、将に火の海としか言いようがなかっただろう。九頭龍は珍しく悲痛な面持ちである。

「地震だ、などと軽い気持ちで見に行ったのだ。後悔した」

「何故?」

「地震の度、人に限らず皆苦しむ。小屋に取り残された家畜が生きたまま火災に遭い、人は眠りの裡に圧死する。倒れる橋梁、波打つ道路。土煙を上げて折れる家屋、雪崩れ落ちる瓦、倒れる塀。脱線する鉄道、絡まった電線。そして津波がくる。三陸の地震の津波は黒くて、地上を一列に侵食するかのようだった。だがこれらは結局自然災害というやつで、可哀想だな、気の毒だな、とは思うが、いずれ誰かにどこかで降りかかるものだ。だが、コンビナート火災は違う。なにを過信したのか、想像が足らぬのか。福島の原発も、後悔するとわかっていたが見に行った。そして後悔した」

冷たいようなことを言うが、人の暮らしには手出しをしないのが大前提なのだろう。その上で後悔を抱くのか。

「…九頭龍さんがコンビナートや原発の建設を促したんじゃないでしょうよ」

「関東大震災の火災旋風辺りから、後悔が立つ」

「被服廠跡地のことかな?…九頭龍さんは、だって、」

九頭龍はメイアンの言葉を遮った。

「容喙や干渉をしなかったと後悔しとるのではない。まあ、雨くらい降らせてもよかったかなと思ったこともなくはないが」

一旦言葉を切り、空を見上げた。空港が近いからか、旅客機がぐんぐんと降りてくる。

「後悔した、と言ったが、過去にした或いはしなかった行動について、時間が経過したのちになって悔しくなったり慚愧に堪えないわけではない。無念と言うべきなのだろうか。いや、でもやはり悔恨だけが残るのだ」

九頭龍の気持ちを簡単に呑み込んではいけない気がした。できる限り平穏な日常を九頭龍はきっと望んでいるのだろう。そして時折輝かしい成果が花のように開く、それを楽しみにしているようだ。それだけでよいのに、時折誰の意図でもない現象がそんな平穏を壊滅に追い込む。気楽に、と九頭龍は言ったが、大事件に心を痛め、心配で見に行ったに違いない。そしてそうやって大規模に失われるなにかを、いつも残念に思うのだろう。

「…全く、勿体無いことしよって、って言えばいいんじゃん?」

「なんだそれは」

「貯蔵してた石油みんな燃やしちゃって。折角綺麗な海だったのに放射性物質なんか垂れ流しちゃって。皆んながやっとこさ家財担いで逃げてきたのに燃やしちゃって。努力とか、労力とか、そういうのも皆んなパー。全くもう、勿体無いったらありゃしない。こういうことに今はしとかない?」

「簡単に言う…」

「九頭龍さんの深い知見にはどうやったって追いつけないよ。でも取り敢えず、失われた有象無象を惜しんだっていいじゃん?」

クラの口がぽかんと開いている。クラさん口閉じよう?と言いながらマズルを閉じさせてやっていると、九頭龍はくっくっくと滲ませるように笑い出した。

「そうだな、近年のことばかりなのだ、そんなになにもかも拾い上げていたら脳が沸騰して融ける。今はメイアン案でいこう」

腹を痙攣させるように笑い続ける九頭龍は全く運転しているように見えないぞ、と内心非難しながらやめてほしいと前脚で抵抗を始めたクラに謝って手を離す。

「ねぇ、九頭龍さん!空港、近くにあるでしょう!折角だから見に行かない?」

「新潟空港なら直ぐそこだ。タカ、行けるか」

アバルトは了解した、というように左折灯を点滅させ始めた。見上げると、交差点名は『空港入口』だった。



空港ターミナル前のロータリーをぐるりと回ったのに降りもせず、元来た道を少しだけ戻ってスーパーマーケットに寄った。

「クラ、待っておれ」

タカはなにも言わず幌を出し始める。九頭龍はメイアンを伴ってずんずん進む。

「買い物するの?」

慌ててカートに籠を載せてついてゆく。

「魚にするか?肉にするか?」

「えぇ?ちょ、なに?どこで料理すんの」

「浜辺でバーベキューはどうだ?」

「う、う、嘘ーん!待ってさっきみなとトンネル入る前に入った駐車場、物凄い風だったよ!そんなところで火なんか焚かないでよ!」

すると九頭龍は呆れたような顔つきになる。

「風くらいなんだというのだ」

「だって風強い浜辺でだなんて、直ぐ炭燃え尽きちゃうじゃん、砂ばしばし飛んでく…あ。あぁ。失念。なんとかできちゃうんだね、貴方達」

眉間を揉んでメイアンはふうと息を吐いた。

「…で?道具はあるの?」

「スノーピークで大体揃えてきたが?」

スノーピークってなんだと訊ねると、三条の山奥にあるキャンプ全般を扱う会社だが、と何故知らぬと呆気に取られたように言われてしまった。

「近年のキャンプブームとか、知らないもんよ」

「儂も知らん。燕三条にキャンプ用品メーカーが乱立しておってな」

「スノーピーク以外にもあるの?」

「キャプテンスタッグは?」

「聞いたことある」

鹿のロゴのでしょ、と言うと九頭龍は頷いた。

「パール金属のアウトドアブランドだぞ」

「えぇ?卸金作ってんじゃないの?」

「おいおい、金属加工ならなんでもやってるぞ。キッチン用品が多いのは確かだが。ユニフレームや村の鍛冶屋なんてのも雨後の筍のように湧いて出てきたキャンパー達に大人気だ」

「なんで?三条燕の人そんなにキャンプ好きなの?」

「ははは。元々昔から金属加工で栄えておったのさ。さて、このサーロインにでもするか?」


これだけ喋っていたら、空港行こうと言い出す前にもう着いてる距離です。すみません。

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