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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟⑦

「その漢字はまさかまんま黄砂と読むのではないのではないよね?」

この質問は九頭龍の心を擽ったらしい。急に明るい表情になった。

「先に音訓を求めるか。音からゆこうか。バイ、或いはマイと読む」

「バイ、マイ…梅と同じ読みだなぁ。あ、拼音ピンインでは違うかもしんない、そこまで詰めてないからな!」

「お主辞書でも作る気か」

九頭龍は腹でも打ちそうな程げらげら笑い出した。

「もー揶揄わないでよ」

「いやいや、梅、という訓が思いの外近くて驚いたのだ」

「音読みがバイやマイで、訓読みがうめ?」

「訓義にうずむ、というものがある」

周辺は住宅街になっていた。稍古ぼったいのは否めない。空は腫れ上がっていたが、真っ青というには白く濁って低かった。

「黄砂を表す漢字、一文字。音読みはバイ、マイ。埋めるという意味も含んでいる…ん?その漢字の一部に埋が含まれてる?」

「おっ。そうだな、古字なので形は少々異なるが、入っておるよ」

「黄砂…埋の字が音を担っているなら、意味を表す部首があるんだな?土偏でも石偏でもない。風構でもない。…あ。そうか」

「なんだなんだ?」

クラまで興味津々な目を向けてくる。

「ちょっとぉ、ちゃんと運転してる振りくらいしてよう」

「どんな字かわかったか?」

「いや、まだ。でも、この字は国字じゃないんだよね。中国で生まれた字なら、風がどうのとかより先に考えなきゃなんないことがあるでしょ?」

「それはなんだ」

「黄砂に対して『埋まる』というイメージを持ってるんだ。これは飛んできた砂が付着するなんて生優しい印象じゃない。中国では黄砂は…ざばーって降ってくるものなんじゃん?」

「続けて」

「降る…雨冠かな?雨冠に埋。どうだ」

九頭龍は満足そうにくっと笑った。

「霾という字だ。よい考察だった。つちぐもり、或いは送り仮名をつけてつちふると読む」

「あっは、随分とおとなしい訳をつけたでないの」

「ここでは埋まる程には黄砂は降り積もらなかったのだろう…。古代中国の天気を表す言葉は連続的な変化を表すものが多い。形容的な天気の表現ではなく」

「晴、曇、雨?」

「晴という字は、紀元後3世紀に作られたらしい。漢字が初めてできた紀元前1300年頃には見つからず、その頃は霽を使っていた」

「それが、晴れ?」

「霽れ、と読むがな。これは晴れている状態を意味しない」

「うん?わかんないよ?」

「霽は雨や雪がやむ、という意味だ」

「やんだから、晴れてる…当然だけど、極論じゃない?」

「原初の漢字を発見したのは亀の甲羅や動物の骨からだ」

「ああ、甲骨文字」

「ならばわかるだろう」

「へ?甲骨はうらないをしたんだよね?ん?なんで文字を刻んだんだ?」

「それはな、卜の結果を刻んだのさ」

「焼いて入った罅を読み解いたのだっけ。結果を後々覆さない為に記録しちゃうのね。あ。そゆこと」

九頭龍は満足そうだが、クラはわからない、という風に首を傾げた。

「どういうことですか、メイアン」

「だって卜じゃん」

クラは犬の姿ながら眉根を寄せたように見えた。

「ねぇクラさん?クラさんも卜で未来を知りたくなることない?」

「なくもないですね。この後お天気が急変しないと良いなと思うこともありますし」

「それだよ。いつだって人が知りたいのは未来の出来事だ。そして今現在の現状が芳しくないから、未来に改善されていることを冀うのさ」

「例えば…今の土砂降りは明日やみますか、と卜と、明日は晴と結果が出るのではなくて、明日はこの雨がやみます、と出るのですね?」

「凄いよね、古代人。雨はいきなりばっつーんと止まるのではなくて、雲が流れたり散ったりして漸次的に降らなくなってくるって知ってたんだ。一日の間にまた雲が蟠って降り始めるかもしれない」

メイアンは窓枠に肘をかけて掌に顎を載せた。周辺の宅地は減り、上りになる。

「ここは信濃川の行く手を阻む砂丘の一部さ」

上り切ると向こう側は海だった。土瀝青アスファルトの端には淡く白味を帯びた砂が溜まっている。道路は海と平行だった。

「ここが目的地?」

「馬鹿言うな。海を見てなにが面白い?」

「うーん…なんか海ってレア感ない?水辺ってちょっと心躍る」

タカは右側にある駐車場に車を入れた。

「ちょっと休憩。体を伸ばしたらいい」

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