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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟⑤

「お任せあれ」

どうする気だ、と思った瞬間、クラはメイアンの腕から身を乗り出して一声甲高く、わん!と吠えたのだ。

「わぁっ、クラさん!」

落としてしまいそうな気がして思わずメイアンの声も高くなる。わん!で一斉にこちらに向いた青年達は犬が抱かれている意味を瞬間的に悟ったらしい。わっと将に蜘蛛の子を散らすが如くアバルトから離れ、あっという間にいなくなった。

「凄い。やるね、クラさん」

押し隠してはいるようだが得意気なのが避けて見えてメイアンはくすりと笑えてきてしまった。

「ねぇ、もしかしてタカさんもこのまま喋れたりする?」

「可能ですよ」

ドアを開けながら言うと、クラがぴょいとシートに降り振り返って答えた。

「でもタカは車の時は車に徹したいようで、殆ど言葉を発しません。聞いているだけ、というのはなかなか悪趣味ですよね」

「聞こえてるんだね。じゃあ車オタクの学生さん達が集まっちゃう程格好いいタカさん、宜しくね」

乗り込んだメイアンに呼応するようにエンジンがかかる。2ℓのペットボトルとコンビニ袋を持ってきた九頭龍は目を丸くした。

「珍しい」

「なにが?」

「クラとタカが友好的だ」

荷物を受け取らせ、九頭龍は運転席に乗り込む。クラは預けられたとはいえ九頭龍以外の腕に抱かれたくなく、タカは九頭龍以外を乗せたくないのだろう。

「二人共九頭龍さんのことが好きなんだねぇ。面倒見がいいんだ?」

「暇だからな」

平静を装ったのか頰と鼻に朱がさす。

「カンピーだって使い物にならないとか言いながら千年近く見守って、あいつ九頭龍さんに甘え過ぎだよ」

「あれで可愛いところもある」

アバルトは駐車場を出て駅の方へと走り出した。途中で折れて、軈て広い道に出る交差点で信号に引っかかった。

「あそこは紫竹山I(インター)C(チェンジ)。そこまでが北陸道を元にしている新潟パイパス(R8)。右に折れると亀田パイパス(R49)、いわきまで行ける。直進は羽越浜街道、羽越街道として青森まで続く新潟パイパス(R7)

「ん?新潟バイパスってR8?R7?」

九頭龍はにま、と笑う。

「北陸道はここが終点で、R8は終わり。羽越浜街道はここが起点で、ここからR7。そして左に折れてもR7だ」

「うん?つまりR7はここでぐいっと九十度折れていて、その角のところで別の二路線と接続してるってこかな?」

「左様。京都から繋がる北陸道がここで終わりというのは律令制の時代に整備された五畿七道がここまでしか及んでいなかったことを示している。出羽はまだアイヌの土地だった」

「改めて出羽が交流を持ったりアイヌを追いやったりしたことでここから道が開けていったってことか。北陸道の延伸、ではなかったんだ?」

「五畿七道は行政区分だ。道を伸ばすことで地域が広がってしまっては区分にならない。しかし道というのは繋がっているもの。近代に五畿七道の区分は不必要になり、国が置かれ、藩が置かれ、県が置かれた。そうなってくると、道路は県内をスムーズに移動する手段と、他県とを効率よく結ぶ役目を担ってくる。そこで新潟東西道路という構想が生まれたのだな。新潟市西区から聖籠町に至る延長約40kmの地域高規格道路なるを整備することにしたのだ。要は地図の上で新潟市の上にぎゅーんとっとい線を引いたんだな。新潟西道路(R116)新潟西バイパス(R116)新潟バイパス(R8・R7)新新バイパス(R7)の四路線の裡聖籠新発田IC以西の区間だな。しかし我々は左に折れる」

「R7?」

「栗ノ木バイパス。ここは右に流れる栗ノ木川を暗渠にし、更に高架化する」

言われてみれば道路は変な風に曲がりくねって、アスファルトが直線的に新しく継いである。

「あ、左側はもう新潟駅?」

「左様。駅も高架化」

「干渉しちゃわないの?」

「それは数年後の出来上がりをごろうじろ、ってところだな」

線路の高架をくぐると直ぐ左に巨大な鳥居が道路に面して立っていた。

「蒲原神社だな。元々別の場所にあって、戦に巻き込まれて解体の危機に遭ったり存続したりなかなか波乱に富んだ社歴を持つ」

メイアンは首を傾げた。

「九頭龍さん、神社って、その…九頭龍さん達祀られたりしてないの?」

「色々だな。儂の場合は儂の名前を祭神にしてるところもある。そういう場合は勝手に別荘として使わせてもらう」

「別荘」

ぶっと吹き出しそうになってメイアンは口を押さえた。

「神だとかなんてのは、正直曖昧な言葉であると思う。一神教においてはなにもかもを創造し司り善悪までも判断する絶対的なものを表すし、アニミズムでは生けるものも単なる物体にも神という名の精神が宿っているともいう。多神教では神が感情を持って怒ったり恋愛したりする。まあ、大概が民族併合時の宗教的な対立を避けるためなのだろうが。いてもいいが、いなくてもいい。ひとつ言えることは、なにか絶対的なものが世界を作り出したのではない」

「そうなの?」

「盤面に作った世界?億単位で種類のある生物、それ以上ある無生物、突発的な未知の現象、これらを一元的なものが全て対処できるかって」

「物凄いコンピュータみたいなものかもよ?」

九頭龍はむっつりと答えた。

「そんなの神ではない。装置だ」

「まあ神さまなるものがいるとは信じちゃないさ。だって日本人だも〜ん」

頭の後ろで手を組み合わせてヘッドレストに預ける。所謂気楽そうなポーズでメイアンは目だけを回して面白気に見遣ると、九頭龍は気が抜けたようにふっと息を吐いた。

「外見無茶苦茶なのに、のう」

「多様性の時代」

「あぁ言えば上祐」

手に持った板状のものを後ろに放る仕草をしてみせる。

「古い!」

ぶははははは、と二人して笑い出す。

「六月三十日から七月二日にかけて蒲原まつりが行われる」

「日程固定なの?」

御神籤おたくせんが七月一日に行われるからな」

「おたくせん?」

「稲作の豊凶を占う。もう八百年以上続けておる」

「う…鎌倉時代くらいから?凄いな」

メイアンはこの地域の鎌倉時代の風景を思い浮かべようとしたが、上手くいかなかった。こんな超近代的工事をしてる真横ではな、と自嘲する。

「このまつり、大概毎年雨になる」

「興醒めじゃん」

「それがな、雨が降る中、勿論傘もさすのだが、このまつりに集まる人々は濡れて尚楽しそうなのだ」

「夏のまつりなんでしょ?女の子とか、浴衣とかで着飾ってくるんじゃないの?」

「それでも。元々田植えが終わった慰労を兼ねたまつりだからな。ふふ、集まる人々の大半は農業になど従事しておらなんだがな」

そう言って九頭龍はサングラスの奥で目を細めた。

「不思議だね、記憶の奥底に稲が実りに向かうのが残っているのかな、それともDNAに刷り込まれてる?」

「自分で確かめるがいい」

九頭龍は、というかタカが、車線をどんどんと左へ左へと移りながら、そして到頭左折した。

「この向こうはもう信濃川だ」

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