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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟④

九頭龍は悪戯っぽい笑みを浮かべ問う。

「何故柳と桜だと思う?」

「桜は花見客を集めて歩き踏ませることで地盤を知らず知らずの裡に固めさせるのが目的で…柳は湿った土環境を好むから?」

九頭龍は欄干に腕をかけて水面を見詰めた。

「そうさな、人の思惑はそれだ。だがな、柳と桜が揃うことには別の意味がある」

「風流だとかそういのじゃあるまいよね?」

「風流、か。そういうものの根底になっているものとも言えるかもしれぬな。ここにある柳は楊、枝垂れではないが、所謂枝垂れ柳と言えば幽霊がつきもの…ではないか?」

「まあ、江戸時代の幽霊画といえば柳の枝に幽霊が薄っすら、なんてのが多いね?」

「そう。枝垂れ柳は風で動く。この世ならざるものが動かしているから、という誤認から端を発している。幽霊は言わずもがな陰の気で、動く柳は陽の性質を持っていると考えられた、つまり互いに補完または相殺し合っている」

「柳は陽なのか」

「花見というのは得てして陽気なものだな?」

「とすると桜は陰気なの?」

「そうだ。幽霊を出さず、花のあるときにしか陽気を補えない不釣り合いを、桜と柳を同時に植栽することで平衡化させることができるわけだ。桜は大島桜が混ざっているが殆どが園芸品種の染井吉野だ。対して柳は自生している、つまり勝手に生えてきた。誰かが陰陽を感じ取って植栽を決めたのかもしれぬが、ここはそうやって調和しておる」

メイアンは今呼吸を止めていたことにやっと気づいた。肺に溜まっていた息をぶはぁっと音を立てて吐き、改めて吸い込んだ。

「…もしかして」

メイアンは周辺の景色という景色が、不思議な勢いを持って、しかし全く動いてもいないのに駆け抜けては駆け戻ってくるような気がして、言葉を何度も練り直す。

「…世界中、陰と陽とが平衡を取り合っているの?」

ちっちっち、と態とらしく口で言って九頭龍は人差し指を立ててメイアンの前で振った。

「惜しい」

「どういうこと?」

「陰陽思想の概念は黒と白の勾玉が円の中で組み合わさったような図形で表されるな?」

メイアンはこんなやつ?と太極図を宙に指で描いてみせる。九頭龍は頷いた。

「その図は陰陽ががっちり組み合わさっていることを示しているのではなく、陰が陽を追い、陽が陰を追い、…と動き、回転することを表している。ここの桜と柳は平衡を保って、おいそれとは水害が起きない」

「陰と陽のバランスが拮抗してるから?」

「そうだ。だが全ての場所、全ての場合において互いにイーブンではない。というより、全て釣り合っていたら、風すら起こらん」

「うん?え?」

「太極図が示しているではないか。黒い部分、陰が小さくなれば陽はそれを飲み込むのではなく、円が陰に合わせて小さくなるから陽も小さくなる。陰が高まれば陽も高まってくる。陽が縮小すれば陰も小さくなる。そうやって季節が動き、生物が活動する」

メイアンの周辺が陽で陰でと主張し始めた気がした。そんな都合のいいことがあるものか、とメイアンは眉間を摘んだ。

「…それは思想とかじゃなくて、世界の基本?」

九頭龍はにや、と笑った。

「そういう理屈ででも世界はできている」

忠遠が似たようなことを言っていなかったか?

「…温度による気圧変化で空気が動いて風が吹く、その原理と同時に陰陽の動きも作用してるってこと?」

「僅か、違う」

「僅か?」

「風が吹く、は確かに物質に視点を置くと気圧の変化が原因となる。気圧の下がった部分が陰で、気圧が高い部分が陽。熱エネルギーの影響を陰と陽は受けない」

「うーん…二つ口がついてて、片方は英語で、片方は日本語で説明しながら体や手がひとつのことをしてる、って感じ?」

「おお、それはなんとなく近いニュアンスだな」

「だから物質主義な人間の目からは桜で踏み固めて柳で水を吸い上げる、だけど陰陽の視点では釣り合いを取っている、ということなんだね。そして人間の目線では陰陽なんか捉えられないから、魔法に見えるんだ」

九頭龍はくくっと笑ってサングラスをかけ直した。

「この太った薩摩芋型の潟から魔法が魔法たる所以を読み解いたな。駆け出しの仙にしては理解が早いぞ」

クラを渡してタカのところで待っておれ、と九頭龍はコンビニへ入っていった。店舗に犬は連れて行けないもんな、と思いながらアバルトに歩みを進めようとしてぎょっとして思わず立ち止まった。アバルトが整備工のようなツナギを着た学生達に囲まれていたからだった。皆手にコンビニ袋を提げている。

「な…なんの集団?」

すると、耳許にテノールが響いた。

「あれじゃないですかね」

「うぉっ。吃驚した!クラさん?敬語はやめてよ」

そう小声で言いながらクラが目で示した方を見上げる。道を挟んで向かいに自動車整備士の専門学校が建っていた。

クラも声を低めて言う。

「この方が慣れているので。貴女はどうぞ気楽にお話しください」

「どうぞって…クラさんもできれば、気安く。…で、どうしよっか、あれ。タカさんもきっと困ってるよね?」

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