2023年5月、ハーラヴニー・メストゥ・プラーハ⑤
「輝はあっさり吐いた。隠すつもりなど一切無かったのだろう。九頭龍殿だそうだ」
思わぬところから思わぬ名前が出た。将に瓢箪から駒。
「輝が人が水辺の環境を変えてしまうことに敏感なのを知っていてこんな話をしたのだろう。困った権現さまだ」
輝の関心については気になるところだが、これはまた別の話だろう。優先すべきは困った権現さまこと九頭龍の方だ。
「メイアンは既に輝の願いとは別になにを掴んだ?」
「察しがよすぎるよ、暖海さん」
「はっはっは、そこら辺の若造と同等にされてもな」
「ならその高い洞察力と深い理解力を期待して、回り持った話をするからな?景観保護区の環境回復が人の世界で行き詰まっていることは、九頭龍さんにとって多分、もうひとつの課題よりも重きがない。彼にしてみれば人の拵えたものなんて、百年くらい補修されずに放置されたら壊れてゆくから、孰れ現状回復に至るって楽観もあるのだろうし。なので輝さん経由で話を回したのは、更に別の意図がある」
面白そうに続きを促す。
「その意図とやらとは?」
「うん、輝さんはタイミングの関係で忠遠のコレクションを使って色々フレーバーのお菓子を作ると、世界の危機を手助けする働きをするって思われてるみたいだね。そのことを輝さん本人が知らないわけがない。その上でメイアンにお菓子を作ってくれたんだ。無論そこにパフォーマンスも、行き詰まって自信を失ってるアキのことも、全部含んでのお菓子作りだと思うけど、自分の名前が及ぶお菓子をぽんとくれる相手がメイアンだということを九頭龍さんは確かめたかったんだろうな。もしかしてメイアンを利用したかったのかな?それとも単純な好意?輝さんのお菓子はそれだけの重みがあるからね」
「権現さまは輝とメイアンの関係をどう読み解いたのだろうね?」
「さあね?メイアンとしては輝さんは眩しいくらい理想的な女性なんだよ。心根が優しくて、ウィットが利いて、でもあんまり完璧じゃなくて。こんな友達がいたらなって思う、そこにすぽんと綺麗に嵌まり込んだ、嬉しい存在。輝さんにとってメイアンはどうなのかな…京都に戻れば歓迎してくれるし、メイアンが結ぶ他者との関係性を温かく見守ってくれていて、期待さえしてる部分がある。それを友愛と言ってくれていたら、いいな」
「今回迷惑かもしれないが頼りたいと表したから、穏やかな友情があると判断されたかもな。今後もこのように何度も試されてしまうだろうな」
メイアンは肩を聳やかした。
「友情は不変じゃない。寧ろ最も脆い関係性のひとつだ。それを維持しようというのは、相手にそれだけ価値を見出してるって、それで尊重が続くから友情が持続するんじゃないのかな。輝さんにとって価値ある存在でいたいね」
暖海は顎を引いた。
「権現さまが輝を経由した理由は理解した」
「もうひとつの課題、だね。これはメイアンとしても、暖海さんを巻き込みたくない。暖海さんを巻き込むと、八咫烏の一族も巻き込まれちゃうんでしょ。孰れその渦が及ぶときが来るとは思うけど、暖海さんから聞いた八咫烏…先見の明があって平和な…争うより少し譲って共存を図る、そんな人たちには安寧の時間を延ばしたいの」
暖海は首を傾ける。
「置いてけぼりにされたであるとか、ことが重大になるまで秘匿されたと怒るかもしれんぞ?」
「えっとね、彼らを…貴方達を見縊ってるんじゃないんだ。今回の問題を貴方達が察知してないなんて思ってないよ。暖海さんは張々湖にいたのだし…うん、でも今回はここまでにしようよ。メイアンに全部おっ被せておくれ」
暖海は目を少し外して数回頷いた。
「でね?ウルテも似たような考えで、暖海さんを出し抜いちゃったらしいんだよ」
急に暖海は眉根を寄せた。
「全部聞いてからにして。レイヴンモッカーとしては、窓口になってくれてるのが暖海さんだって、だからそのまんま八咫烏へと話が伝播するって期待してたんだろうし、それが当然の成り行きで、当然の礼儀だと考えてたみたい。多分八咫烏もそういう覚悟でいるのだろう。でもウルテは違った。メイアンに全部持って行ってしまえば八咫烏に迷惑をかけないで済む。今度のことは取り敢えず人間同士で潰し合って…無論メイアンの勝利で終わらせたいけどね?一旦任せてしまおうって、だからウルテを今は、追及しないでやってよ」
暖海は唸った。
「むう。嫌味にもとれてしまう程の優しさであるな、ウルテの行動は」
メイアンは安堵した。やはり暖海は余計なことを発さず、きちんと理解してくれた。
「いいだろう、メイアンがここの問題を今回は解決に当たるのだな。それをひとつの課題として、見守ろう」
「ありがとう、わかってくれて嬉しいよ」
暖海は態とらしく真面目ぶった。
「メイアン?このように話されては好奇心が疼くし、衝動や苛立ちが募る。浮き足立ってこちらの精神衛生に宜しくない。それはよく考慮してほしい」
「うん。なるべく早く、覿面に終わらせるよ」
満足そうに暖海は頷いたが、空であることに気がついて残念そうにジョッキを振った。先程の店員が気づいて承ったとばかりに新たに注ぎ始める。それが届けられるまでの間に暖海は少しだけ下唇を突き出し言った。
「…意思のあるものというのは、つい己の主張や方針が優先で説明や協議なと後回しにして、成功すれば取ってつけたように言い訳がましくやっと釈明し、失敗すれば死人に口無し、誤解を受けたままになってしまうもの。物語や映画などではストーリーを盛り上げるために主人公は独善を貫くものだ」
「えぇ?先に了承を得たら駄目なの?」
メイアンはふたつジョッキを受け取った。店員に今度はシュニットという注ぎ方でこれこそタップスターにしか許されない注ぎ方であること、サーバそのもののコンディションやビールの品質を確かめる為の注ぎ方なのだと聞かされる。それを暖海に伝えてジョッキをひとつ渡し己のジョッキを呷った。
「自分は自分の人生の主人公ではあるけど、他者と交わって生きる以上疎通を図るのが当然なんじゃないの?それに現実には無駄な高揚は要らんのよ。痛いの嫌だし、心配かけるのも辛い。失敗はもっと嫌。自分が成功しなかった場合に備えて保険だってかける。どうしても坦々と、粛々とことを進める」




