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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟③

「メイアンは新潟というところを知っているか?」

「えぇ?豪雪地帯で、日本の穀倉。ラーメン消費量がトップクラス?カレーもよく食べるんだよな」 

「よく知ってるではないか」

「テレビばっかり見てたから。新潟港は開港五港のひとつだったっけ?探検家イザベラ・バードは阿賀野川を下り新潟を経由して蝦夷を目指したのだっのではなかったかな。太平洋戦争時長岡は爆撃されたけど、新潟の方は被害が少なくて、原爆投下候補地のひとつだった」

九頭龍はにやにやと促した。

「あと…なんかあったかな…東海道新幹線に次いで上越新幹線が開通したのは時の首相田中角栄の影響が大きかった。そうそう、その関係もあって柏崎市から刈羽村に亘って原発が作られて、七号機まで擁する巨大原発となってるよな。佐渡の金山の埋蔵量は途轍もなくて、江戸時代の貨幣経済をずっと支え続けた。十日町市だったか…火焔式土器が発掘されて国宝に指定されてる。七世紀半ばに乙巳の変の直後に渟足柵なる古代城柵が築かれていたというからその頃から飛鳥朝廷の影響はもうここまで及んでいたことになる。新発田と高田に自衛隊の駐屯地がある。新発田にはフランス式の兵舎を作ったんじゃなかったかな?折衷様式だがなかなか瀟洒な建物だと聞いている」

「時代が滅茶苦茶だな」

九頭龍は笑い通しである。

「それから、糸魚川市の姫川周辺では翡翠が海岸や川岸で拾えるんだっけ。超古代の翡翠による文化の伝播が今証明されてきてるとか。うーん、それから村上藩による鮭の母川回帰性を利用した自然孵化増殖の成功があるな?鮭の性質まで江戸の奉行所に認めさせて地元の乱獲を抑えることにも成功した」

「よいね」

九頭龍はステアリングホイールこそ握ってはいるものの、全く運転などしていないようだった。タカ任せなようだ。

「古代から現近代まで、姫川、阿賀野川、三面川まで網羅して素晴らしい」

「褒めてないでしょ」

「何故信濃川を抜かした?」

「国内最長の河川だという以外になにかあるの?」

「越後と信濃川は切っても切れぬだろう」

「平野は川が作るものだから?」

幾つか交差点を過ぎ、高架の道路の下をくぐると、急に空が開けた気がした。

「元々な、この辺りは泥沼であったのよ」

「泥沼?」

周辺にはビルが立つ程の地盤があるようだ、とメイアンは訝しげに眉根を寄せた。

「現在のこの状態は、人々の努力の上にある。全長が長いだけあって、信濃川は途方もない水量を運んでくる。川というのはだな、流れる場所を削りながら下るものなのだ」

九頭龍は、というかタカがすうっと橋の袂のコンビニの駐車場に入った。後で買い物をしてゆこう、と言いながら九頭龍は車を降り、クラを抱き上げる。メイアンは九頭龍が大股で歩くのに合わせる為小走りでついてゆく。

九頭龍は駐車場から出て横断歩道を渡って橋の歩道を進む。中程まで来たところでやっと足を止めてサングラスを外した。両岸は桜が多いのか、水面が花筏になっている。

「これが信濃川?」

「いいや、これは鳥屋野潟。嘗て信濃川が暴れた痕跡でもある」

「ここは三日月湖なの?」

九頭龍はぱっと顔を輝せた。

「答えはノーだが、よく知っておるではないか」

「小学校の理科だ。正解はなんなの?」

「うむ。信濃川が土砂を運んでくるな?それが堆積して平野になる。同時に海岸線に砂丘が形成される。ここはとても風の強いところだ」

「土地はどんどん平らになるし、河口は塞がれてくるんだね」

「左様。更に不幸だったのは、会津の方から流れてくる阿賀野川が到頭河口で合流していたことだ。阿賀野、は揚野あがので、開墾しても水田にならない小高い土地を指すともいわれている。つまり周辺は常に水っぽかったわけだ」

「え。いまは別の川じゃん。分けたの?大工事だ、最近なの?」

「十七世紀最後の方から百五十年くらいかけて行われた」

「江戸時代になる前から?ど根性だな」

「古くから米が通貨であり米の生産力がイコール国力だったのだから、稲の生産にかかる情熱は半端ないのだ。だから先ず阿賀野川の水をせめて少しでも信濃川に入れないようにという計画を立てた。が、春に融雪洪水が起きてそちらが本流となり、信濃川と阿賀野川は切り離された」

「うぉ、工事っていうより人災じゃん」

「しかし以後水害が緩和されたのは事実。塞翁が馬というところか。次に信濃川だ。この川は砂丘が連なっている為にいつになっても海に注げず、海岸線に平行にいつまでも北上し続けて阿賀野川河口へと近づいてしまっていた。そこで今度はこの川から一部先に日本海へ水を出してしまおうという計画を立てた。これは近代以降に行われた工事だから、松ヶ崎開削のような失敗はしない。斯くして信濃川は流量を減らしながら河口へ向かうようになった」

「でもまだ水っぽいんでしょう?」

「然り。大体、この長い川が運んでくる土砂がどんどん沈殿して川を浅くする。すると流れが遅くなるから、更に沈殿して悪循環が起こる。川の水は逃げ場を失って周辺に湿地を広げて行くわけだ。この辺りは水田とは名ばかり、胸まで漬かって根の浮いた稲を育てていたそうだ。温度も上がらない栄養も乏しい、故に収量も低かった」

「…昔から米が穫れたんじゃないんだ…」

「当初言ったろう。人の努力でできていると。これがまた近代的な発想でな。浅くなった川は浚渫。湿地からは排水する。堤防は高く頑丈に。するとどうだろう、何百年も悩ませていた水っぽい環境がみるみる改善されたのだ」

「湿地から水を抜くのってどうするの」

「言葉にすれば簡単なことだ。湿地の周りに水路を作り、それをポンプで汲み上げて信濃川に送り込む」

「浚渫って川底の泥や砂を浚うことだよね?」

「毎日行っておるぞ。だから信濃川の水は濁っている」

「は〜っ、凄いね!この鳥屋野潟はそうやって水が溢れ返っていた頃の名残なんだね。ここも排水しようとしなかったのかな」

「景観保持の意味もあるだろう。排水路の一部でもある」

九頭龍は説明をしながら楽しそうである。

「周辺に桜が沢山植えられているだろう。見頃はとても美しかった。初夏になれば柳絮が飛ぶ。幻想的な光景だ」

「柳絮?」

「柳の種子についた綿毛のことだ。柳、という字は枝垂れの柳を指すから、河柳や立柳は楊と言うべきか」

綿毛の飛ぶ光景を想像してみる。初夏の光に煌めく、確かに幻想的な風景になりそうだ。

「新潟の広報は街の売り出し文句に柳都だなんてつけていたがな、枝垂れ柳を人為的に植えた古町の方を見てつけたものだろう。だが柳都の名が相応しいのは、こんな風に湿地と戦ってきた場所だ」

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