2023年5月、ハーラヴニー・メストゥ・プラーハ②
「兎と同じことを俺も問う。何故プラハまで来た?」
セントラルブルディは中心地プラハよりも西へ370㎞以上ある。西から来たからには途中下車した方が合理的と考えるのは当然だ。
「プラハから列車で五時間かかるよって言ったら、わかる?」
ミュンヘンからプラハまで五時間半。暖海はその意味を直ぐさま理解したらしく、頷いた。
「チェコ語もまだちょっと怪しいんだ。暖海さんは呑める口?」
「それなりに」
「んじゃ、つき合ってもらお。列車の中はチェコ語よりドイツ語が多くて」
よくわからない、と暖海は首を傾げる。
「輝さんから聞いてない?」
「はて」
「うーん、チェコ語は今までに話者が二人以上いる環境になかったから、全然話せないんだよ。何時間か聞き取っていたら適度に話せるようになるから、居酒屋とかバーとかでだらだら酒でも舐めていればいいんだ」
暖海は目を丸くした。
「それで他言語を習得しておったのか?」
「うーん、最初にフランス語を教わったときは、普通に人間だったからかなあ、すっごい苦労したよ?スペイン語のときはそこそこ…欧州の言葉だったからかなぁ?それ以降は仙になっていたからだと思う、聞いていれば大概話せるようになる。読む書くに至るにはもう少し時間が要るけどね」
二十分程歩いただろうか。結構大きめのホテルをグレーゴルは予約していた。
「今度こそ四部屋取ったから」
「わかったわかった。ならグレーゴルは飯食ったらふらふら出かけず休めよな?」
プラムは酒飲まないんだったな、と言うとプラムはすみません子供で、と口籠もりながら俯く。プラムの見た目は髪が不自然な紫なのを除けば稍大人びて見えるほんの高校生くらいでしかない。真面目に未成年であるという縛りを守っているのだから、プラムの実年齢がそのくらいなのであろう。
…それじゃあ尚更恋っぽいものを仕掛けちゃ駄目なんじゃないのグレーゴルさんよ、と内心呟きながら各人部屋に散って夕飯までの時間を過ごすことにした。
メイアンは取り敢えず顔が埃っぽい気がして洗面台で軽く顔を濯いでいると、部屋の呼び鈴が鳴った。ベルボーイを呼びつけたりしてないんだけどな、今の時刻にハウスキーパーということもない筈だが、と訝しみながらドアを細く開く。
「ᏏᏲ♡」
「ウルテ…」
入れるべきか、否か。拒絶して騒ぎになるのは困るが、直接ここの呼び鈴を押しているということは、フロントを通っていない。それも宜しくない。
取り敢えず部屋に通すも歓迎できない顔でいると、ウルテは勝手にソファを見つけて身を沈めた。
「メイアンは忙しいね。今朝までミュンヘンだったのに」
「ウルテこそ、ストーカーかい?」
「いやいや違うと言いたいけど、今日はメイアンを追ってきた。チェコは最近危ないから」
「危ない、ねぇ…まあ元共産圏の国ってのは未だ不安定なものではあるけれど?」
「うん。ロシアが資金調達なのか混乱を招きたいだけなのか、最近ちょくちょく放火っぽいテロっぽいのを起こしてるんだ。隣のスロバキアは来年六月に現職の大統領ズザナ・チャプトヴァーが退任する。次の大統領はチャプトヴァーの改革を首相と共に全部引っ繰り返しかねないんで、国内がざわついている…面妖な話だよねぇ、自分達で元首を選んでおきながらそいつが気に食わないって言い出すの」
「それが民主主義の限界なんだよ。そういうのはレイヴンモッカーの中にだってあるでしょう」
「レイヴンモッカーは頭目を選ぶんじゃないもん」
ウルテは子供っぽい言い回しでつんと横を向いた。選ぶにせよ後継指名にせよ頭を執っている者と意見が合致し続けるというのは無理な話なのだ。メイジー・イニスの行動にメイアンが対処すべしと決めたことに不満のあるウルテが最もわかっている。
「気をつけるよ。…で、ウルテ?人間の世界の情勢なんか放っとけばいいよね?実際のところチェコでなにが危ないの?」
ウルテは大きく脚を組んで頰を抱えるように頰杖になった。
「察しが良すぎて泣きそう」
「褒められた」
「なんでそうなるの」
「人と人の間で起きてることなんか、レイヴンモッカーには関係ないんでしょ。暖海さんも直ぐ隣にいるのに、メイアンがひとりになるのを狙ってやってきたって、なに?」
「…暖海には関わってほしくないんだよ」
それは暖海を、そして八咫烏を関わらせたくないという意味だろうか。
抑ウルテはイニスの件から暖海を外そうとしていたのではないだろうか…イニスはメイアンだけに話を持ち込もうとしていた…?
メイジー・イニス。軍事会社クレイウォーターの事務員だった女。ディズマル訓練場封鎖の憂き目に遭って職を失い、ハーバーDに踊らされてサン⹀トゥアンまで毒ガスを運び、それを撒く…撒くには撒いたが被害を蒙ったのはイニス自身だけ。
「暖海さんは駄目だけど、メイアンならいいってか?」
「結果的にそう言ってるのと同じになってしまったのは、申し訳ないと思っている。でも、これ以上奴らに仙の存在を知らしめるのは危険でしょ」
奴ら。やはり。
「…チェコにグレイシャ計画の、なにがあるの?」




