2023年5月、フライシュタート・バイヤン⑱
ニュルンベルク中央駅からREで約一時間、シュヴァンドルフ駅で今度はalexに乗り換えて、メイアンは長い溜息を吐いた。
「鉄道旅は苦痛かね?」
「ううん、違うんだ。暖海さんが虐め抜いた兎ちゃんを連れてあれこれ調べたくなくて、検索サイトで一番に出てきたルートを選んだら乗り継ぎ二回のこのルートなんだけど、よく考えたらチェコ鉄道がミュンヘン中央駅からプラハ中央駅までECとして、今乗ってるレンダーバーンがalexとして、直通運転してたんだよなって」
「謎語が出てきた。その前にそんなに嘆く理由を問うても?」
「alexで直通が52€、ČDのECならたった30€だった!」
「22€、差があるな」
「この乗り継ぎ旅はもっとかかってる。ICE使ったから。そこはもう諦めたけど、やっぱ22€はでかい。いや22€以上だったと思うと更に馬鹿にならない。糞ぅ、阿呆兎め!…とまあこんな感じの、は〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎あ、なの」
笑いながら言ってつけ加える。
「八つ当たりだ。鉄道旅って、より安価をだったり、同じ価格でより長く乗りたいだったり、よりスピーディーに、或いは乗りたい列車を選んだりって、選択肢が多いものじゃん?なのになぁんにも選ばずプラハ行きで一番上に出てきたからってはいこれー!って決めちゃったことに後悔してるの」
「それも割高で乗り継ぎの多いパターン」
「乗り換え二回だから少ない方だけどね。でもそれはそれで楽しい…なんか悔しいじゃないの」
「行き当たりばったりなのが不満かね?」
「もやもやしてる」
「五時間以上列車に乗っていれば考える時間になるものだ」
「そうだね。笑えることにまだバイエルンを出ていないってことにも大笑いだ」
「この列車はレンダーバーンのalexといったな」
「Länderbahn GmbH。レンダーバーン有限会社っていう意味」
「有限会社?」
日本ではとんと聞かなくなった呼称に暖海は首を捻る。
「日本じゃ2006年に施行された会社法で有限会社は設立できなくなったし、もうその呼称も当然使われなくなったよね、屋号として残ってるのが精々だ」
「この場合の有限とは、なにが有限なのかね?」
「会社に出資した資金に対する責任だよ。ぶっちゃけちゃえば、会社が損害を出して倒産しても有限社員の出資金が十万だったら十万払ってそれ以上の債務を負う必要がない。…というけど、そう簡単にはいかないよね。社債が発行できない、広く資金を集められないって弱みと、有限会社が小資金で設立できたことから企業としての信用力が弱いってことでいろんなことを引っ括めて有限会社はなしーってことにしたって次第だよ」
「ドイツでは違うのだな」
「うーん。会社法が根本的に違うから同じ解釈はできないんだけど、仮に会社が倒産しても出資した分だけの責任で、個人の資産は差し押さえられないメリットがある。ドイツって中小企業の国だしね」
「ミッテルシュタンド?」
「職人技、技術力で小さい企業でも高い利益を生むことができるんだよ。なぁんとなく続けて段々零細になる日本の中小企業とは違うの。株式会社を設立するには倍の資金も要るし手続きも凄く面倒、会社の意思決定も時間がかかる。少人数の技術者集団が新技術を獲得したら即判断、ってGmbHがとても合っているんだ。GmbHってGesellschaft mit beschränkter Haftungの略なんだけど、Gesellshaftって会社ってだけじゃなくて組合って意味もある。流石マイスターの国の企業形態ってとこじゃない?」
全てに納得したようではなかったが暖海は取り敢えず一旦追い遣ることにしたらしい。
「でも結局レンダバーンはレーゲンタール鉄道株式会社の子会社なんだけどね」
おやおやと暖海は呟いて疑問を思い出したように言う。
「alexとは?」
「これきたか…alexはArriva-Länderbahn-Expressから作られたブランドなんだけど、このアリバってその昔イギリスの片田舎でオートバイ修理工場から出発して、買収や事業転換を繰り返して徐々に自動車分野に拡大、路線バス事業にと展開してきたんだな。路線バスと路面電車はこっちじゃ同じ分野だからそっち方面にも拡大していく裡にイギリスだけじゃなく欧州全体に事業を拡げるようになって、到頭ドイツ鉄道に買収されるに至ったわけ。当時はアリバはポーランド、チェコ、スロバキアに事業を展開していて、更にクロアチア、スロベニア、セルビアにも進出、マルタにまで事業所を置いていたんだ。だけど従業員数が五桁にのぼり年金負債がじわじわ積み上がってきちゃってね。スウェーデンの事業はフィンランドの会社に売却、デンマーク、ポーランド、セルビアも続けて売却することになったんだ。結局ドイツ鉄道がアリバを買収したのは、さっき話した数段階のピラミッド構造のドイツ国内の鉄道網を完成させる為と、EUとして欧州を自由に行き来できる交通網の整備っていう狙い、それから現在よりもずっと乗合移動手段…バスや鉄道に勢いがあったからなんだよね。けれど段々と個人主義っていうかな、自動車が普及して、更に宅配も整備されて、減収傾向で会社が段々と切り売りされていったのね。ドイツ鉄道は当初の目的は果たせたし、重い負債を抱え続けるのも辛いから、ドイツ国内事業に関連する部分だけ残して投資会社に売却する予定だよ」
「よく知っておるな」
「あははっ、新聞に出てた。秋頃には契約締結するじゃないかって。アリバの力あってのチェコとの接続で、そのお蔭でECとして走らせられてEUに対する責任も果たせたから、alexのブランドが残ってるんじゃないかな」
「鉄道には歴史が詰まっておるな」
アリバは現在イギリス、イタリア、スペイン、チェコなどでバス事業を展開しています。
ドイツではネティネラ・ドイツ有限会社として、トレニタリアというイタリア国鉄の子会社として運営されています。




